東京の図書館から、2回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、パブロ・エラス=カサド指揮フライブルク・バロック・オーケストラ他によるベートーヴェンの第九と合唱幻想曲、今回は2枚目の合唱幻想曲を取り上げます。
合唱幻想曲と言えば、合唱だけではなくピアノも入る作品としても知られています。
第九とのカップリングとして合唱幻想曲が選択されたのは、明らかにこの曲が第九につながる作品だという視点でしょう。ただ、合唱幻想曲自体は単に第九につながる作品というだけではなく、ベートーヴェンが作曲した主なジャンルである、ピアノ曲、ピアノ協奏曲、弦楽四重奏曲の3つも様式として仕込まれていると言える作品でもあります。まず、冒頭がピアノ・ソナタ、その後はピアノ協奏曲そして弦楽四重奏曲。それを経て、合唱が入ってくるという構造です。
この構造を、当時はフォルテピアノで演奏したということはかなり画期的だったと思います。その画期的な部分を、実際に古楽演奏で体験してみるというのが、このアルバムンの隠されたテーマではないかと個人的には感じます。1枚目の第九で、私は第3楽章が第2楽章よりもテンポが速いと書きましたが、それもまた第九という作品の革新性だと言えます。つまり、緩徐楽章がスケルツォよりもテンポが速いという・・・カサドが二つの作品に見たのはベートーヴェンの革新性だったとすれば、2枚の演奏ははっきりと共通していると言えます。
さて、フォルテピアノを弾いているのは、クリスティアン・ベザイデンホウト。南アメリカ出身で後にオーストラリアに移住、そこでピアノに触れ、音楽院はアメリカのイーストマン音楽学校。そこでフォルテピアノを専門にして現在に至っているというピアニストです。
そのピアノフォルテを、ベザインホウトは多少ゆったりとしたテンポで弾き始めます。フォルテピアノとしては多少物足りない印象を受けますが、オーケストラが入ってきて一転、テンポは上がってきます。これはまた思い切った表現だと思います。性能が貧弱だからこそテンポが速いとも言えるわけなんですが、あえてゆったりとしたテンポでやってしまうという・・・しかも、わざとなのか多少たどたどしく聴こえるように弾くのです。はじめおや?と思いますが、いつの間にか聴き入っている自分がいます。なるほど、それで音をしっかり耳をそばだたせるかのようにして注目させるのか!と気が付きますと、あっぱれとしか言いようがありません。当時そう演奏した可能性はあるなあと納得してしまいます。オーケストラが入ってくると、今度はテンポがあがってくるのは、良く聞けばそれでもピアノが埋没しないように音符が書かれているからだと気付くのです。これはちょうど、先日NHK「クラシック音楽館」で藤田真央さんが選曲で述べていたことなのですが、その時選択された曲がドホナーニの「童謡の主題による変奏曲」(きらきら星を主題とする)。ドホナーニは実は指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニの祖父ですが、その祖父は指揮者で作曲家である他にそもそもピアニストだった人です。ゆえにピアノは弾きやすいと述べていました。弾きにくい例として、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を挙げていましたが、確かにチャイコフスキーはピアニストではありません。聴衆としては好きな曲ですが・・・
その視点で言えば、確かにベートーヴェンはピアニストで出発したわけです。となれば、ピアノ独奏とオーケストラと協奏するとで、かき分けるくらい朝飯前だと言えます。それをベザインホウトが分かったうえで弾いているとすれば、納得の演奏であるわけなんです。これがプロの仕事ですね!
オーケストラが入った後の疾走感は絶品!それは合唱がソロそして合唱が入った後も続き、最後まで疾走します。それがまた、歌詞が歌い上げる芸術の美しさを彩ります。その視点で言えば、この演奏もまたロマン派ではなく合唱幻想曲も古典派の作品という観点で捉えていると言えます。ベザインホウトをピアニストとして選択したのはカサドだったのか他者だったのかはわかりませんが、少なくともベザインホウトがピアニストだということをしっかり考慮して、最大限の効果を上げた演奏だと言えるでしょう。こういう所も、カサドの芸術性の高さだと個人的に感じるところです。
合唱団も第九と同じチューリヒ・ジング・アカデミーで、美しくも力強い合唱を聴かせてくれます。ホールも第九と同じテルデックス・スタジオで響きもいいです。最初はあれ?と思うかもしれませんが我慢して聴いていると次第に引き込まれていきます。カサドが引っ張りだこな理由がわかる演奏です。
聴いている音源
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ピアノ、合唱、管弦楽のための幻想曲ハ短調作品80「合唱幻想曲」
クリスティアン・ベザイデンホウト(フォルテピアノ)
クリスティアーネ・カルク(ソプラノ)
ゾフィー・ハルムセン(アルト)
ヴェルナー・ギューラ(テノール)
フロリアン・ベッシュ(バス)
チューリヒ・ジング・アカデミー
パブロ・エラス=カサド指揮
フライブルク・バロック・オーケストラ
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