かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:フランク 3つのコラールと3つの曲

東京の図書館から、今回は府中市立図書館のライブラリである、フランクの3つのコラールと3つの曲を収録したアルバムをご紹介します。

フランクが作曲した「3つのコラール」と「3つの曲」という2作品が収録されたこのアルバム、そもそもフランクの作品が日本ではあまり演奏されない傾向があるので、こういった資料を持っていることは府中市立図書館が図書館としての役割りをしっかり果たしている証拠だと言えます。

「3つのコラール」はフランクが最後に作曲した作品で、オルガン曲です。そもそも、フランクは当時オルガン奏者としてのほうが名声があって、作曲はそれほどでもありませんでした。ですがこの作品だけは死後から熱烈な評価があった作品です。

ja.wikipedia.org

聴いてみると、バッハかとおもわんばかりの音に包み込まれます。確かに熱狂する人がいてもおかしくはないかなと思います。ただ私は結構落ち着いて聴いていますけれど・・・・・とはいえ、この作品の3つを聴けば、やはり熱いものがこみ上げてきます。

「3つの曲」はそれ以前の1878年に開催された万国博覧会で設置されたオルガンのために書かれた曲。これも壮麗かつのびやかで、音に包み込まれつつも、強迫的ではない、美しくも情熱的な作品です。

この二つの曲を簡便に説明しているのが以下のサイトで、実は私は同じ演奏を聴いています。

blog.livedoor.jp

ヨーロッパは、周辺に古いオルガンが残されていることが多く、フランクが生きた時代のオルガンとかを探すには実はフランス国内以外も視野に入れる必要があります。まあ、それだけ社会で痛みを持っているということでもあるのですが・・・・・戦争という痛み、を。

フランクは当時、事故による後遺症を持ち、さらには戦争で多くの知古を失っています。その意味では、バッハがオルガン曲をたくさん書いたり、あるいはカンタータを集中的にかいた時代にそっくりだとは言えるわけです。ですからバッハに似た構成になってしまうのは無理もないかなとは思いますが、それでもバッハと同じようなものではありません。少なくとも、フランクが生きた後期ロマン派という時代を反映した作品です。

その時代のオルガン作品としては、壮麗かつ壮大、そして饒舌な作品であり、まさに「歌って」います。そんな作品をこれまたポコルナは過度にロマンティックにもならず、しかし機械的にもならずに、絶妙なバランスを保って、作品の「いのち」に迫っているように思います。私がつい泣いてしまったり、感情がわきあがってしまって困ってしまうような場合もあったりして、まるでフランクの魂が私とリンケージしているかのよう。いや、エンゲージしたという法が適切かも。

それでいて、癒されもするのです。こういった作品がもつ多様性をしっかりと表現できるプロの仕事に触れることは、私にとってこの上ない幸せな瞬間です。

 


聴いている音源
セザール・フランク作曲
3つのコラール
3つの曲
イルジナ・ポコルナ(オルガン)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~府中市立図書館~:イギリスの弦楽作品集

東京の図書館から、今回は府中市立図書館のライブラリである、イギリスの弦楽作品集のアルバムをご紹介します。

イギリスと言えば、管弦楽作品でも優れた作曲家を輩出していますが、ここに収録された作曲家たちも本当にどの作品を聴いても素敵です。

とはいえ、実はここに収録されている作品のいくつかは、編曲されています。ディーリアスのは弟子のフェンビーが合唱曲二つを一つとして弦楽合奏へと編曲したもの。エルガー組曲「スペインの貴婦人」ももともとはオペラとして書かれたものをヤングが組曲としたものです。

numabe.exblog.jp

elgar.o-oku.jp

後はすべて作曲家自身の手によるものです。それにしても、弦楽だけだと、静謐というか、音が鳴っているのに静寂さすら感じるのが不思議です。とくにイギリスものに関してはその傾向が顕著です。

それはイギリスという社会の保守性なのかもしれませんが、いずれにしてもさわやかさとどこか静寂さも感じるのです。ともすれば寂しさすら・・・・・ちょっと感傷的になっているときだと、泣いてしまうかも。

これはこれで優れた表現だと思います。いや、精神的ではない!とかいう声が聴こえてきそうですが・・・・・いえいえ、寂しいことを寂しい、と表現してどこがいけないのでしょうか?それのどこが精神性がないんでしょうか?自分の魂に向き合って、寂しさを弦楽合奏という手法で表現することは、むしろ高い精神性だと私は思います。

演奏を聞いていますと、静かな感じを受けつつも、実にヴァイオリンに感情がこもって段々強く演奏していたりして、十分感情が入っています。つまりは共感です。それゆえに、おそらく聴き手のこちらにもなにか静寂さだとかさみしさ、そして同居するやさしさや温かさをビンビン感じるのだと思います。

人間、生きていればこの手を作品を聴きたい時だってありますよ、いくらでも・・・・・

 


聴いている音源
グスターヴ・ホルスト作曲
セントポール組曲
フレデリック・ディーリアス作曲
二つの水彩画(エリック・フェンビー編曲)
ジョン・アイランド作曲
ミヌエット(「牧草地組曲」より)
ジェラルド・フィンジ作曲
前奏曲 作品25
ロマンス 作品11
ウィリアム・ウォルトン作曲
映画「ヘンリー五世」の劇音楽より
 パッサカリア-フォルスタッフの死
 女のやさしい唇にふれて別れなん
エドワード・エルガー作曲
組曲「スペインの貴婦人」(パーシ―・ヤング編曲)
ピーター・ウォーロック作曲
ガブリオル組曲
ギルドホール弦楽アンサンブル
(リーダー:ロバート・ソルター)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

コンサート雑感:Regenbogen Orchestra 2021年演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和3(2021)年6月6日に行われました、Regenbogen Orchestra(レーゲンボーゲン・オーケストラ)の2021年公演を取り上げます。

レーゲンボーゲンとは、ドイツ語で虹を意味するそうで、人々の架け橋になりたいという想いがあるそうです。その意味では、しゃれてるなという感じがします。センスがいいというか。

regenbogen-orche.jimdofree.com

いやあ、虹になっているんじゃないか、って気がしています。こんなオケ、存在したのかという・・・・・なんでかって?うまいから、です。もちろん、演奏が。

プレ演奏は聴けなかったのですが、1プロには滑り込みセーフ。体が疲れていて思うように動かないことも最近はしょっちゅうですが、今回もその傾向が・・・・・乗換駅で何とか1本前の電車に駆け込めば楽に間に合ったのですが、朝ごはんを食べていなかったので、どうしても車内で食べておきたくて、今回なんと!JRのグリーン車に乗るために1本遅い列車に。と言っても湘南新宿ラインの普通車グリーン席ですけどね。ロケーションは初めて行く、大船にある鎌倉芸術館。駅からそれほど迷うことはないんですが、グーグルさんが変な案内をしてくれたので、なんとホールをぐるりと1周・・・・・大船駅にはぜひとも周辺地図を掲示していただきたいと思います。そのほうがむしろわかりやすいと思います。大船中央病院の前にはしっかり→がついているので、そこまでたどり着ければさほぼ迷うことはないと思います(ということで、なんと私のアホだったことか!)。

さて、今回のプログラムは以下の通りです。

ブラームス 悲劇的序曲
ボロディン 交響曲第3番
ドヴォルザーク 交響曲第6番

これだけ見ると、交響曲が二つなのでおなか一杯です。とはいえ、ボロディン交響曲第3番をやるオケなど、アマオケですらそうそうないので、はるばる中央線沿線から大船という、鎌倉市北部まで出かけて行った、というわけです。

実は、略称虹オケさんは、以前から聴きに行きたいと思っていたアマチュアオケの一つです。ですがほぼ神奈川県内の会場が多いこともあり、なかなか行けなかったことも事実です。同じ神奈川であっても、たとえばみなとみらいだったり、ミューザ川崎だったりなら、まだ足を運びやすいのですが、さすがにその先となると、私も躊躇します。以前平塚まで聴きに行きましたが、あの時確か1プロは間に合わなかったような記憶が・・・・・その時も、湘南新宿ラインの普通車で昼ご飯を食べていったのでした。あの時はまだコロナでもありませんでしたので、ボックスシートならまあ、あまりとがめられることもない時代でした・・・・・・

それにしても、滑り込みセーフでブラームスの悲劇的序曲が鳴った瞬間、なんだこのオケは!うますぎる!と驚きを隠せませんでした。一気に彼らの世界、地平へと連れていかれました。ただ演奏がうまいだけではなく、その演奏に魂が込められているのが伝わってくるんです。鎌倉芸術館が持つ響きも素晴らしい!鎌倉は京都にも匹敵する古都で、鎌倉幕府がおかれ、室町時代には幕府の探題がおかれた場所でもあり、武家政権時代初期における政治的な重要拠点でしたが、そんな都市に、京都に匹敵するホールがあるとは、本当に驚きです。ただ、さすがに京都と違って幕府の「城下町」には作る場所がなくて、かつて撮影所があった大船に作られたのでした。

www.kamakura-arts.jp

しっかりと自分たちの歌を紡いでいるんですよ。それが本当に素晴らしい!それを聴衆もわかっているのか、残響までしっかりと聴き終えて、拍手が!これだけでも素晴らしい前菜をいただいたという感じですが・・・・・

2プロが、ボロディン交響曲第3番。この曲はボロディンの遺作で、グラズノフが補筆完成させています。以前ナクソス盤を取り上げたときにご紹介しています。

ykanchan.hatenablog.com

ja.wikipedia.org

今、上げたエントリの音源を聴きながら書いていますが、確かにプロのうまい演奏を楽しむことができます。けれども断言します、虹オケさんのほうが断然素晴らしかった、と。少なくともここまでも演奏に関しては、チェコスロヴァキア放送交響楽団(ブラティスラヴァ)を超えたと言っていいです。そんなアマチュアオーケストラがこの国にはあるんです。どうして誇りを持てないことがありましょうや!生き生きとしたみずみずしい演奏。それによる絶妙なリズム感。結果として素晴らしいグルーヴ感。どれをとっても非の打ちどころがありません。

今回改めて自分のエントリ、そしてウィキの解説を読んでもいますが、聴いているとき、この曲は第2楽章をスケルツォにするつもりだったのだろうと思っていたのですが、実際にはボロディンは第2楽章を緩徐楽章とし、スケルツォは第3楽章にするつもりだったのだなと知って、驚いています。実際、第2楽章がスケルツォでも違和感ないから、です。もちろん、そこで終わっているのでその点は違和感ありありなのですが、それでも納得させる虹オケさんの説得力。もうセミプロと言っていいと思います。宮前フィルとコラボしても面白いかも・・・・・

なーんて思っていると、さらに度肝を抜かしてくれるのがメインのドヴォルザーク。さすがに痩せた音も出だして、疲れてきているなとは思いますが全く気になりません。そんなのアマチュアオケなら当たり前ですから。しかし、壮大な物語をしっかりと歌い、紡ぐ演奏にこれまた酔いしれます。第4楽章はドヴォルザーク得意の鉄ネタですが、しっかりと自分たちの歌を歌うことで「鉄分」を抜かしており、しかもそれがまた素晴らしいんです。アマチュアの演奏でそんな説得力を見せられると、もうブラヴォウ!しか出てきません。もちろん、ウィズ・コロナですからそれはしませんが・・・・・

本当に素晴らしすぎる演奏です。そのうえでしっかりとメッセージ性もあるコンサートになっていると感じました。前半は、新型コロナウイルスに倒れた人たちを念頭に置いていると思いました。ブラームスが辛い思いをしたことを、芸術へと昇華して前を向いた作品である悲劇的序曲、そして突然の死により無念の未完成となったボロディンの第2番。それは新型コロナウイルスによって倒れた人たちを想起するのに十分です。そのなかで生き抜いた自分たちが、その感謝と喜びを表現するドヴォルザーク。いいオケだなあと思います。

1年に一回の演奏会なので、次は来年だそうで、今度は横須賀芸術劇場!またこれも遠いなあと思いますが、来年はワクチン接種が進んで人の移動制限が緩むことを期待したいと思います。メインはマーラー交響曲第1番「巨人」。これまた、素晴らしい演奏が期待できそうです。遠くまで足を運ぶ意義は十二分にあると思います。京急の駅にしっかりと地図があることを祈ります(確か駅前だったはずなので今回のように迷うことはないとは思いますが)。

 


聴いて来たコンサート
Regenbogen Orchestra 虹オケ Concert 2021 延期公演
ヨハネス・ブラームス作曲
悲劇的序曲作品81
アレクサンドル・ボロディン作曲(アレクサンドル・グラズノフ補筆)
交響曲第3番イ短調
アントニン・ドヴォルザーク作曲
交響曲第6番ニ長調作品60(B.112)
田尻 真高指揮
Regenbogen Orchestra

令和3(2021)年6月6日、神奈川鎌倉、鎌倉芸術館大ホール

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

神奈川県立図書館所蔵CD:19~20世紀の声楽曲集

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回は19~20世紀の声楽曲を集めたアルバムをご紹介します。

19~20世紀という時代は、単に世紀をまたぐというだけではなく、時代がまさに移り変わっていった時代でもありました。音楽もその例外ではありませんでした。

ですが、声楽曲に関しては、それほど音楽が変わるということはなかったように思います。もちろん、不協和音を使った作品もありますが・・・・・

ここに収録された作品は、そういった調性としてははっきりしている作品だと言っていいものが並んでいます。作曲者も後期ロマン派~新古典主義音楽と、調性を重視する作曲家たちがずらり。

マーラーの「さすらう若人の歌」はすでに管弦楽版で聴いているものですが、室内アンサンブル程度でも十分な感じです。シェーンベルクの編曲ですが、それはシェーンベルクだからこその自然さなのかもしれません。

シュレーカーとブゾーニは私自身ほとんど聞いたことのない作曲家ですが、実にロマンティック。まさにマーラーと並んで収録するにふさわしいだけの雰囲気を持っています。

演奏者はわたしも知らない指揮者、オケ、ソリストばかり。ですが、のびやかで豊かなソプラノ、シャープなのに豊潤なオケ。そして録音のすばらしさ。DSEE HXを動作させますと、なんと臨場感のあることか!特にマーラーは本当にその場に居合わせたような感じです。レーベルは必ずしも私が知らないところですが、この音質の良さは素晴らしい!

こういった資料を持つことも、図書館の大事な役割だと思います。

 


聴いている音源
グスタフ・マーラー作曲
さすらう若人の歌室内楽版、アーノルト・シェーンベルク編曲)
アーノルド・シェーンベルク作曲
クリスマスの音楽
フランツ・シュレーカー作曲
5つの歌曲(ゲスタ・ノイヴォルト編曲)
フェルッチョ・ブゾーニ作曲
恋愛風子守歌 作品49 ~母の棺に寄せる男の子守歌(アーノルト・シェーンベルク編曲)
アンナ・ホルロイド(メゾ・ソプラノ)
アムリー・デュ・クローゼル指揮
カメラータ・ドゥ・ヴェルサイユ

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

神奈川県立図書館所蔵CD:ストラヴィンスキーとプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回はストラヴィンスキープロコフィエフのヴァイオリン協奏曲を収録したアルバムをご紹介します。

この二人、同じようにみられる傾向にありますが、プロコフィエフはそれほど前衛的な作品へと傾倒したわけではなかったため、結構仲がよくなかったりもします。ただ、のちには和解しています。そのことで同じようにみられるのかもしれません。

ここに収録されているストラヴィンスキープロコフィエフそれぞれの作品は成立年代が近く、ストラヴィンスキーのが1931年、プロコフィエフのが1935年です(第2番)。

ja.wikipedia.org

ja.wikipedia.org

ストラヴィンスキーはヴァイオリンという楽器に対してネガティヴな側面があったためか1曲しか作曲しませんでしたが、プロコフィエフは2曲作曲しています。このアルバムにはそのうち後の方である第2番が収録され、ストラヴィンスキーと並んでいます。

それならば、プロコフィエフの作品二つを並べてしまってもいいように思いますし、私もそんなアルバムがあったらぜひとも買うか借りてきたいところですが、このアルバムではあえてストラヴィンスキープロコフィエフです。その理由が、それぞれの作曲家と交流があったヴァイオリニスト、サミュエル・ドゥシュキンの存在です。彼はストラヴィンスキーのでは初演のヴァイオリニストを担当し、プロコフィエフは「2つのヴァイオリンのためのソナタ作品56」で初演をしたことで彼を尊敬していました。

ja.wikipedia.org

こういう側面から、ある意味ドゥシュキンは二人をつなぐ「鎹」であったとも言えるでしょう。のちに名ヴァイオリニストとして名をはせるドゥシュキンですが、そのキャリアの中で外せない作曲家がこの二人であったことは間違いないでしょう。

となれば、演奏するソリストもそれなりの人が求められるところです。このアルバムではコパチンスカヤ。ムジカ・エテルナのコンサートマスターとしても最近は有名ですが、直近のウィキでは触れられていません。

ja.wikipedia.org

私自身、コパチンスカヤのヴァイオリンが嫌いではありませんし、のびやかで艶のある音色も好きな部類です。ですが、以前「今月のお買いもの」でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を取り上げていますが、あのとき実はクルレンツィス指揮ムジカ・エテルナの音源も視聴したうえではじいています。その時のソリストコパチンスカヤ。ではなぜはじいたのかと言えば、どこかわざとらしさを感じたからです。その点、あの時のソリストであるバティアシュヴィリは自然な「歌」であると感じたのです。

この演奏を聴いていて、わざとらしさを感じないのです。むしろこのほうが自然なコパチンスカヤなのではないか?と思います。ひと呼吸おいて、自分の世界とは何か?をしっかりと思考して、表現しているように感じられます。その分、とても好印象です。クルレンツィスはかなり英雄視されていますけれど、本当にそこまでの価値があるのかって私自身は思っています。この演奏はユロフスキ指揮ロンドン・フィル。それでなんの不満もありません。むしろこういう現代もので、クルレンツィスがどこまで体全体を使ったパフォーマンスをオケやソリストとともに追求していくかのほうがよほど興味があります。少なくとも、ベートーヴェンの「運命」ではあまりいい印象がなく、第7番では可能性を考えていますが現在食指が伸びません。

ですが、コパチンスカヤ単独なら、おそらく選ぶ可能性はあると思います。齢40半ばを迎えるコパチンスカヤ。そんな年代的に近いところで、おそらく私と波長が合う部分はあるんだと思いますので・・・・・

 


聴いている音源
イゴール・ストラヴィンスキー作曲
ヴァイオリン協奏曲
ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲用のカデンツ
セルゲイ・プロコフィエフ作曲
ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調作品63
パトリシア・コバチンスカヤ(ヴァイオリン)
ウラディーミル・ユロフスキ指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:戦いと嵐~ビーバー&ロック作品集

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、ビーバーとロックの二人が作曲した作品を収録したアルバムをご紹介します。

小金井市立図書館にこんなのがあったのか!と目からうろこなのがこのアルバムです。我が国に置いてバロック音楽と言えばまだまだバッハだけのようなところへ、図書館の資料にこんなCDがあったなんて!ということで借りてきたのでした。

ビーバーもロックも、私自身名前しか知らない作曲家でした。聴いてみればなんとも魅力的な作品を書く作曲家です。ビーバーはオーストリアの作曲家で、そもそもはチェコ出身の作曲家。其れゆえか、収録されている「戦闘」やソナタなどは意外と新しい感じがします。

ja.wikipedia.org

一方のロックは、イギリスバロックの作曲家で、王政復古以降のイギリスで重要な役割を果たした作曲家です。王に取り入った後は自分の音楽を作り続けたようで、収録されている「テンペスト」も、荘厳というよりはむしろ洒脱な感じがします。

ja.wikipedia.org

その合間に、たとえばこのアルバムの第1曲目はゼレンカだったりするのですが、それらが実にまるでビーバーやロックが作曲した曲もために書かれたかのような感覚に陥ります。もちろん別人の作品なのですが、バロック期においては、別人の作品を「序曲」として自分の音楽を演奏するということもありました。このアルバムではロックの「テンペスト」は実は機会音楽で、小オペラという位置づけの、1667年に完成した作品です。

ビーバーの「戦闘」もそんな位置づけにあるようです。なるほど、ゼレンカのファンファーレとやけに親和性があるなあという感じがします。ゼレンカチェコ出身のバロック期の作曲家ですしね。

ja.wikipedia.org

しかし、奇異に思われる方もいらっしゃると思います。ビーバーとロックでは、活躍した場所が同じヨーロッパとはいえ違いすぎるのでは?と。戦いと嵐、共通するようでそうでもないこの二つで実は結び合わせているのは、おそらくこのアルバムの影の主人公であろう、イギリススチュワート朝のチャールズ2世です。ロックが仕えた王様ですが、この人一時期、オランダへ亡命していたのです。

ja.wikipedia.org

オランダだけではなく、最終的にはドイツのケルンに亡命王朝をたてています。となると、そこにはドイツ・バロックとの接点があり、そこでビーバーということになるのだろうと思います。もちろん、ビーバーで検索してもチャールズ2世との関係は出てきませんが・・・・・しかも、ビーバーはザルツブルクの宮廷音楽家であり、英国国教会であるチャールズ2世とはどう考えても接点が見いだせないからです。ただ、チャールズ2世が中欧まで亡命したことで、ドイツとフランスの「先進的音楽」に触れる機会は膨大にあったはずです。

そこで知った音楽を、王政復古後、イギリスへと導入しようとしたのがチャールズ2世でした。それにこたえようとしたがロック。ですが、チャールズ2世の先進的な意識は、市民が力を持つようになったとはいえ、意識の上ではまだまだ保守的だったイギリスにおいて否定されるようになります。おそらくその過程でロックも保守的な意識を持つようになったのでしょう。必ずしも王が求めるような作品を造ってはいないようです。

実は年齢的にはビーバーのほうが若く、ロックのほうが年配という部分もあるんでしょう。実際二人もその後の音楽史に影響を与えた人物であることは確かなのですが、その活動環境が二人のスタンスに差をつけてしまったように思います。

演奏するのは、イル・ジャルディーノ・アルモニコ。この二人の作品を取り上げているアルバムとしてはアーノンクールウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが有名ですが、この二人の作品の再評価が進んできた現代という時代において、のびのびかつ生き生きとした、生命の発露を感じる演奏をしています。作品を慈しみ、楽しんでいる様子が演奏から伝わってくるのは聴いていてとても楽しいです。特に二つとも王だとかからは全く外れた作品であることも、その演奏へとつながっている要因の一つかもしれません。じっくり味わうというよりは、とにかくノッテしまえる演奏で、バロック期の音楽の深さを「体験」できる名演だと思います。

 


聴いている音源
ヤン・ゼレンカ作曲
ファンファーレ ニ長調
ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー作曲
戦闘(バッターリア)ニ長調
パッサカリア ハ短調
作曲者不詳
ウッドラック・チューン(鳥類愛好家の喜び)(ロンドン 1717 から)
ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー作曲
描写的ヴァイオリン・ソナタ イ長調
リチェルカーレ(E.オノフリ作)
ハインリッヒ・イグナーツ・フランツ・フォン・ビーバー作曲
パルティ―タ第7番ハ短調
マシュー・ロック作曲
二重カノン~ヘレフォードのウィリアム・プロード氏による旋律に基づく 1654)
テンペスト」のための音楽
ジョヴァンニ・アントニーニ音楽監督
イル・ジャルディーノ・アルモニコ

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:サン=サーンス 6つの練習曲他

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、サン=サーンスが作曲した6つの練習曲二つを含んだアルバムをご紹介します。

サン=サーンスと言えば、我が国では管弦楽曲が有名だと思いますが、実はピアニストとしても優れた人でした。それゆえにピアノ曲も素晴らしいものを残していますし、管弦楽曲のカテゴリになるとはいえ、5つのピアノ協奏曲はおそらくサン=サーンスが残した楽曲の中では特に有名なものではないでしょうか。そもそも、交響曲でも最も有名なのが「オルガン付き」と、これもピアノ同様鍵盤楽器ですが。

そうみてくると、サン=サーンスピアノ曲を聴いてみたい!という願望はわたしの中でずっとあったのです。借りてきた理由としてはそんな願望があったのは間違いありません。

さて、練習曲、つまりはエチュードですが、これがサン=サーンスの時代だと、超絶技巧なども出ている時代なので、様々な要素がごった煮なって、ひとつの「おいしさ」を作り上げているという感じです。単なる練習曲を超えて、普通にコンサートピースとして扱っても差し支えないくらいのクオリティ。

enc.piano.or.jp

enc.piano.or.jp

特に晩年に作曲した作品111は圧巻。解説の方がかかれている「ファンの皆様の声にお応えして、ピアノ《協奏曲》第5番(エジプト風)の終楽章を一人で演奏できる、超絶技巧のコンサート用ピースとして編曲しました」という類のもの」というのも納得です。ピティナの解説の方はそれをサン=サーンスの成功の証としていますが、それだけではなく、ピアノという楽器が一つの頂点を極めた証でもあると私は思っています。

この作品が成立する70年ほど前、つまりベートーヴェンらの古典派の時代、まだフォルテピアノと呼ばれた楽器は貧弱で、それでもベートーヴェンは未来を見据えて作曲したのですが、サン=サーンスはむしろ未来のために現在と過去を見据えた、ということになります。それだけ、ピアノという楽器が成熟した証だからです。

それをさらに印象付けるのが、2つのエチュードの間に挟まる4つの小品たち。ロマン派的でありつつ、技巧的なものもあればそうでもないものあって様々ですが、いずれも魅力的な作品ばかり。そういう作品がどんな歴史を踏まえて出来上がっているのか・・・・・このアルバムを聞けば一目瞭然です。それは単に編集者が意図したことではなく、むしろサン=サーンスが意図したことだったと言えるでしょう。それに編集者が共感した、という感じかもしれません。

演奏しているデュシャーブルもそんな共感をしている一人ではないでしょうか。のびのびとしたピアニズムは、作品に宿る生命を引き出し、私たちに歌として呈示しています。まさに生き生きとという表現がぴったりで、聴いていてつい体をゆすってしまいます。私にとってはこういう生き生きとした演奏は「ノれる」演奏で、思わずノリノリ。それはピアニストもノッテいる証拠であると言えるでしょう。ではなぜノッテいるのかと言えば、それだけ作品に対してリスペクトしていたり、共感していないと難しいでしょう。

こういう演奏や作品に巡り合えることが、図書館で資料を借りる醍醐味なんですよね~

 


聴いている音源
カミーユ・サン=サーンス作曲
6つの練習曲 作品52
かわいいワルツ 作品104
愉快なワルツ 作品139
6つの練習曲 作品111
アレグロ・アパショナート 作品70
マズルカ第3番ロ短調 作品66
フランソワ・デュシャーブル(ピアノ)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。