かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

バッハカンタータ全曲逐語訳142 カンタータ第139番「幸いなり、その者、神を頼りにし能うなるは」BWV139 Wohl dem, der sich auf seinen Gott BWV139

1. コラール合唱Coro
Oboe d'amore I/II, Violino I/II, Viola, Continuo    

Wohl dem, der sich auf seinen Gott
幸いなり、その者、神を
Recht kindlich kann verlassen!
真に子供の如く頼りにし能うなるは!
Den mag gleich Sünde, Welt und Tod
その者を罪、この世そして死
Und alle Teufel hassen,
そしてあらゆる悪魔が憎もうとも、
So bleibt er dennoch wohlvergnügt,
彼はいられるなりにもかかわらず十分に楽しく、
Wenn er nur Gott zum Freunde kriegt.
彼がただ神を友として得るなれば。
      
2. アリア(テノール)Aria T
Violino I concertante, Continuo    

Gott ist mein Freund; was hilft das Toben,
神はわが友なり。さすればそは助けになるなりやその猛威、
So wider mich ein Feind erhoben!
われに対抗し敵が起すなるが!
Ich bin getrost bei Neid und Hass.
われは安心すなり嫉妬と憎悪に際しても。
    Ja, redet nur die Wahrheit spärlich,
 しかり、口にすなること、ただ真実をは、控えめにせよ、
    Seid immer falsch, was tut mir das?
 常に嘘をつくとて、何をなすなりや我にそは?
    Ihr Spötter seid mir ungefährlich.
 貴様ら嘲笑すなる者らなどわれには何の脅威でもなし。
      
3. レチタティーヴォ(アルト)Recitativo A
Continuo    

Der Heiland sendet ja die Seinen
救い主は遣わしたまう、まさにその民を
Recht mitten in der Wölfe Wut.
正義としてそのただ中、狼の猛威のに。
Um ihn hat sich der Bösen Rotte
その民らを悪の群れは取り囲み
Zum Schaden und zum Spotte
損害を与えそして嘲笑すべく
Mit List gestellt;
策略をもって待ち構えるなり。
Doch da sein Mund so weisen Ausspruch tut,
しかししかりその口がさすれば賢明なる箴言がされ給うならば、
So schützt er mich auch vor der Welt.
守り給うなり神はわれをまたこの世よりも。
      
4. コラール付きアリア(バス)Aria B
Oboe d'amore II, Violino, Continuo    

Das Unglück schlägt auf allen Seiten
不幸は押しつぶすなりあらゆる方面より
Um mich ein zentnerschweres Band.
われを数ツェントナーの重き締め付けにて。
Doch plötzlich erscheinet die helfende Hand.
しかし突然現れるなり救いの手が。
Mir scheint des Trostes Licht von weiten;
われに輝くなり慰めの光が遠くより。

コラール
Da lern ich erst, dass Gott allein
さすれば学ぶなりわれは初めて、神のみが
Der Menschen bester Freund muss sein.
人間の最高の友に違いなきことを。
      
5. レチタティーヴォ(ソプラノ)Recitativo S
Violino I/II, Viola, Continuo    

Ja, trag ich gleich den größten Feind in mir,
しかり、抱えようとも最大の敵をわが内に、
Die schwere Last der Sünden,
重き重荷なる罪を、
Mein Heiland lässt mich Ruhe finden.
わが救い主はわれに安らぎを見出させ給う。
Ich gebe Gott, was Gottes ist,
われは捧ぐなり神に、神がもの、
Das Innerste der Seelen.
最も奥なるものを、魂の。
Will er sie nun erwählen,
神がそを今選び給うなれば。
So weicht der Sünden Schuld, so fällt des Satans List.
消え去り罪の責めは、打ち砕かれるなりサタンの策略は。
      
6. コラール合唱Choral
Oboe d'amore I/II e Violino I col Soprano, Violino II coll' Alto, Viola col Tenore, Continuo    

Dahero Trotz der Höllen Heer!
それゆえ反抗す、地獄の軍勢に!
Trotz auch des Todes Rachen!
反抗す、また死の口に!
Trotz aller Welt! mich kann nicht mehr
反抗す、全世界に!われを能うことなしこれ以上
Ihr Pochen traurig machen!
その打撃が悲しませることは!
Gott ist mein Schutz, mein Hilf und Rat;
神はわが守り、わが助け手なりて導きなり。
Wohl dem, der Gott zum Freunde hat!
幸いなりその者、神を友として得る者は!

 


※原語歌詞は

https://webdocs.cs.ualberta.ca/~wfb/cantatas/139.html

を使用しました。ここに感謝の念を表明いたします。

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

東京の図書館から~府中市立図書館~:クーベリックが振るシューマンの交響曲全集1

東京の図書館から、今回と次回の2回に渡りまして、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団によるシューマンの交響曲全集を取り上げます。今回は第1集で、収録曲は第1番と第2番の2つです。

ラファエル・クーベリックはチェコの指揮者ですが、共産党政権との軋轢により亡命して海外で活動、チェコ民主化の後に「プラハの春」音楽祭でチェコ・フィルを振りチェコの人達にとっては第2国歌とも言うべきスメタナの連作交響詩「わが祖国」を演奏した人です。

ja.wikipedia.org

演奏としてはどっしりとしたテンポを採用する人ですが、そのどっしりさには重厚感だけではなく生き生きとした生命力すら感じるのです。特にこのアルバムの、この第1集での第2番の演奏が該当します。第1楽章は物凄くどっしりとしたテンポで、全体で50分近くある演奏になっていますが、第4楽章ではリズム感もしっかりと感じられ「普通の」テンポに。それがとてもテンポが速く感じられ情熱的な演奏になっています。

それはクーベリックの生涯が培ったのか、物凄く魂を掬い取っているような演奏なのです。劇的と言うか、朴訥というか・・・単に重厚さだけを前面に出す形のどっしり緩ではなく、そこに苦しい人生を生き抜いている人間の鋭い目が光った演奏という印象なのです。

カラヤンの演奏が外形的と言われることがありますが、テンポがどっしりとしていたとしても外形的な演奏はありますし、何ならカラヤンの演奏だとしても内面にしっかり切り込んだ演奏もあります。なので一つを採ってこうだ!と言われてもという気がします。そもそも悪いことをしているわけではないので、それは好み、或いは各人の美意識の問題だと思うのです・・・クーベリックのタクトは「そんなことはくだらない、むしろ我ら虐げられたる者らの声を聞け!」と言わんばかりの演奏です。重厚なアンサンブルを、まさに魂の叫びのように表現しつつも外形的にはしないのがクーベリックらしさのように感じます。

どっしり系のテンポは実は私はあまり好きではないのですが、勿論演奏によります。説得力があるかないかで、その演奏が素晴らしいか否かになりますが、この演奏は素晴らしいと評価しています。本当にどっしり系も「とりあえずこうやっとけばいい」という演奏と「このメッセージを伝えたいからこのテンポなんだ!」という演奏とでは天と地ほど違います。第2番は勿論、第1番の演奏もこの演奏は後者だと私は判断しています。せっかくチェコから亡命したのに、紹介者がフルトヴェングラーだということだけで排斥される(しかも人種のるつぼたるアメリカで、まあしょうがなかったとは思いますが)という辛い経験を経ている上でのこの演奏です。

クーベリックのどっしりとした演奏に私が共感できるのはこういったクーベリックの苦難の人生が演奏にしっかりと反映されているからこそだろうと思います。「プラハの春」音楽祭に於ける「わが祖国」の演奏は私はBSでリアルタイムで経験しましたが、そのテンポはその当時の私でもそれほど好むテンポではありませんでしたが、それでもクーベリックの内面がにじみ出る演奏は私の魂を常に揺さぶりました。それは今はさらに敏感に感じます。

さて、第2集は第3番と第4番が収録されているわけですが、この2つ、内面性という言葉だけでは説明しにくい複雑さをかかえる作品たちです。果たしてどのように料理しているのか、どっしりとしたテンポを表現の中で如何に利用しているのかが楽しみです。

 


聴いている音源
ロベルト・シューマン作曲
交響曲第1番変ロ長調作品38「春」
交響曲第2番ハ長調作品61
ラフェエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

バッハカンタータ全曲逐語訳141 カンタータ第138番「なにゆえ悲しむなりやそなた、わが心よ?」BWV138 Warum betrübst du dich, mein Herz? BWV138

1. コラール合唱とレチタティーヴォ(アルト)Coro e Recitativo A
Oboe d'amore I/II, Violino I/II, Viola, Continuo    

コラール合唱(テノールによる導唱がソロと合唱テノールパートと2パターン在り)
Warum betrübst du dich, mein Herz?
なにゆえ悲しむなりやそなた、わが心よ?
Bekümmerst dich und trägest Schmerz
煩わすなりやそなたをそして抱くなりや心に痛みを
Nur um das zeitliche Gut?
ただ現世の富に対して?

レチタティーヴォ(アルト)
Ach, ich bin arm,
ああ、われは貧しく、
Mich drücken schwere Sorgen.
われを押しつぶすなり重き悩みが。
Vom Abend bis zum Morgen
夕方より朝まで
Währt meine liebe Not.
続くなりわが「愛すべき」苦悩は。
Dass Gott erbarm!
神が憐れんことを!
Wer wird mich noch erlösen
誰がわれをまさに救い給うなりや
Vom Leibe dieser bösen
身体、この悪しく
Und argen Welt?
そしてひどき世界なるより?
Wie elend ist's um mich bestellt!
如何にみじめなりやわれ、約束されたるは!
Ach! wär ich doch nur tot!
ああ!われがしかしただ死ぬがよき!

コラール合唱
Vertrau du deinem Herren Gott,
信用すなるがよき、そなたはそなたの主なる神、
Der alle Ding erschaffen hat.
全てのことを創造したまえたるを。
      
2. レチタティーヴォ(バス)Recitativo B
Continuo    

Ich bin veracht',
われは軽蔑されるなり、
Der Herr hat mich zum Leiden
主はわれを肉としたり
Am Tage seines Zorns gemacht;
怒りの日に。
Der Vorrat, hauszuhalten,
蓄え、家計を維持するためのは、
Ist ziemlich klein;
かなり少なき。
Man schenkt mir vor den Wein der Freuden
贈られたりわれに葡萄酒、喜びのに代り
Den bittern Kelch der Tränen ein.
苦き杯、涙のが。
Wie kann ich nun mein Amt mit Ruh verwalten,
如何に能うなりやわれはいまわが職務を安らぎを伴いてつかさどることを、
Wenn Seufzer meine Speise und Tränen das Getränke sein?
溜め息がわが糧なりて涙が飲み物なる時に?
      
3. コラール合唱とレチタティーヴォ(ソプラノとアルト)Coro e Recitativo S A
Oboe d'amore I/II, Violino I/II, Viola, Continuo    

Er kann und will dich lassen nicht, Er weiß gar wohl, was dir gebricht,
主はそなたを見捨てる事能わず望むこともなし、主は知り給うなりまさに十分に、そなたに欠けたる事を、
Himmel und Erd ist sein!
天と地は主のものなり!

ソプラノSopran
Ach, wie?
ああ如何に?
Gott sorget freilich für das Vieh,
神は世話したまい確かに家畜を、
Er gibt den Vögeln seine Speise,
神は与え給まい鳥たちに餌を、
Er sättiget die jungen Raben,
神は満腹にし給いたり若き烏(からす)を、
Nur ich, ich weiß nicht, auf was Weise
ただわれ、われは知らぬなり、方法、
Ich armes Kind
わがまずしき子供が
Mein bisschen Brot soll haben;
わがわずかなパンを求めるなるを。
Wo ist jemand, der sich zu meiner Rettung findt?
いずこにい給うなりやその人、わが救いを見いだすなるは?

コラール合唱
Dein Vater und dein Herre Gott,
そなたの父とそなたの主なる神が、
Der dir beisteht in aller Not.
そなたに味方する方なりあらゆる苦悩に於いて。

アルトAlt
Ich bin verlassen,
われは見捨てられたり、
Es scheint,
そは見えるなり、
Als wollte mich auch Gott bei meiner Armut hassen,
望むかのようにわれをまた神がわが貧困ゆえに嫌うことを、
Da er's doch immer gut mit mir gemeint.
主はしかし常に良きとわれを思い給いし。
Ach Sorgen,
ああ悩みよ、
Werdet ihr denn alle Morgen
そなたらは毎朝
Und alle Tage wieder neu?
そして毎日再び新たになるなりや?
So klag ich immerfort;
さすれば嘆くなりわれは永遠に。
Ach! Armut, hartes Wort,
ああ!貧困よ、厳しき言葉よ、
Wer steht mir denn in meinem Kummer bei?
誰が立つなりやわがそばに一体わが心痛に於いて?

コラール合唱
Dein Vater und dein Herre Gott,
そなたの父とそなたの主なる神が、
Der steht dir bei in aller Not.
そなたに味方する方なりあらゆる苦悩に於いて。
      
4. レチタティーヴォ(テノール)Recitativo T
Continuo    

Ach süßer Trost! Wenn Gott mich nicht verlassen
ああ甘き慰めよ!神がわれを見捨てたまわず
Und nicht versäumen will,
そしてなおざりにしたまわぬとせんなれば、
So kann ich in der Still
能うなりわれは静寂
Und in Geduld mich fassen.
そして忍耐にてわれを落ち着かせることが。
Die Welt mag immerhin mich hassen,
世界がたとえわれを嫌おうとも、
So werf ich meine Sorgen
委ねるなりわれはわが苦悩を
Mit Freuden auf den Herrn,
喜びにて主に、
Und hilft er heute nicht, so hilft er mir doch morgen.
そして助け給わぬとて主が今日、助け給うなりわれをしかし明日には。
Nun leg ich herzlich gern
いざしまい込むなりわれは心より喜んで
Die Sorgen unters Kissen
苦悩を枕の下に
Und mag nichts mehr als dies zu meinem Troste wissen:
そしてこれ以上せぬなりわが慰めとして知ろうとすることを。
      
5. アリア(バス)Aria B
Violino I/II, Viola, Continuo    

Auf Gott steht meine Zuversicht,
神に置くなりわが確信を、
Mein Glaube lässt ihn walten.
わが信仰が御業を実現させるなり。
    Nun kann mich keine Sorge nagen,
 いまや能うことなくわれを如何なる心配も齧ることが、
    Nun kann mich auch kein Armut plagen.
 いまや能うことなしわれをまた如何なる貧困も悩ますことが。
    Auch mitten in dem größten Leide
 なお最大の苦しみの最中にても
    Bleibt er mein Vater, meine Freude,
 あり続くなり主はわが父、わが喜びとして
    Er will mich wunderlich erhalten.
 主は望み給うなりわれを不思議なほど守ることを。
      
6. レチタティーヴォ(アルト)Recitativo A
Continuo    

Ei nun!
いざいざ!
So will ich auch recht sanfte ruhn.
さすれば望むなりわれはなお真に穏やかに憩うことを。
Euch, Sorgen, sei der Scheidebrief gegeben!
そなたら、悩みよ、離縁状を突き付けたり!
Nun kann ich wie im Himmel leben.
今能うなりわれは天にあるかの如く生きる事が。
      
7. コラール合唱Choral
Oboe d'amore I/II, Violino I/II, Viola, Continuo    

Weil du mein Gott und Vater bist,
なぜならば汝はわが神そして父なるが故、
Dein Kind wirst du verlassen nicht,
汝の子供を汝は見捨てたまわぬなり、
Du väterliches Herz!
そなた父なる心よ!
Ich bin ein armer Erdenkloß,
われは貧しき土くれなりて、
Auf Erden weiß ich keinen Trost.
地に於いて知ることはわれは無きなり慰めを。

※7楽章あり、1~3、4と5はほぼ連続して演奏されるため、トラックの分け方が異なる場合がありますが基本7つなので7つで掲載しています。

 

 

 

 

 

※原語歌詞は

https://webdocs.cs.ualberta.ca/~wfb/cantatas/138.html

を使用しました。ここに感謝の念を表明いたします。

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東京の図書館から~府中市立図書館~:小澤征爾と水戸室内管弦楽団によるモーツァルトの交響曲第35番と第39番

東京の図書館から、今回は府中市立図書館のライブラリである、モーツァルトの交響曲第35番と第39番を収録したアルバムをご紹介します。小澤征爾指揮、水戸室内管弦楽団の演奏です。

これも私の中では小澤征爾追悼で借りてきています。2つとも水戸室内管弦楽団の定期演奏会による音源で、第35番は2012年1月19日の第83回、第39番は2009年11月25~27日の第78回定期演奏会です。どちらも演奏会のメインとして演奏されています。ちなみに第78回は水戸芸術館開館20周年、水戸市制120周年、水戸藩開藩400年記念の演奏会でした。そのためなのか、第39番が選択されたのかもしれません。とにかく明るく祝祭感もある作品ですので。

ja.wikipedia.org

第35番は「普通の明るい」曲ですが、「ハフナー」とも言われるこの曲はその名が示すように、親交のあったハフナー家のために書かれたセレナーデを交響曲に改作したもので、成立理由がお祝いなのでこれもまた祝祭感があります。

ja.wikipedia.org

二つの祝祭感あふれる曲を、小澤征爾が振る、しかも、水戸室内管弦楽団で・・・ちょっとイメージがわかない人もいるかもしれませんが、小澤征爾とすればボストンやウィーンで散々演奏してきたはずです。そしてその小澤征爾だからこそ、「ミトシツ」なら適切だと判断した可能性は極めて高いと私は考えます。なぜなら、モーツァルトの時代のオーケストラは現在よりも規模がずっと小さく、下手すれば水戸室内管弦楽団の大きさですら大きいくらいだから、です。なら他のオーケストラよりより初演に近い編成でモーツァルトの作品が楽しめるはずであると考えるのは欧州で学んだり演奏を経験したことがある人であれば共通認識かと思います。

実際、どちらも演奏は軽快で楽しく、そのうえで生命力あふれる楽しいものなのです。モーツァルトの作品は美しいですが、その美しさには精神性が宿っています。それは単に可憐だとかだけではなく、人間の「俗な」喜びや楽しみまで含まれています。テンポもそのため決してどっしり一辺倒ではなくむしろレガートさせつつ音を立たせてもおり、人間の鼓動が楽しいと自然と激しくなるかのような感覚を覚えます。

特にその楽しさが演奏に自然とにじみ出ているのが第39番。やはり水戸芸術館開館20周年、水戸市制120周年、水戸藩開藩400年記念という祝祭感がなせる業のように思います。楽しさというものを引き出すための「アイテム」として・・・そしてそれがまさに水戸室内管弦楽団であれば、そのオリジナリティもありますがそもそも室内オーケストラという「大きさ」が、モダンオーケストラであればモーツァルトの時代の編成に限りなく近いことで楽しめるはずだという確信が、小澤征爾の中にあったのではないかと推測するわけなのです。

その結果を、団員は存分に楽しんでいるように聴こえます。もっと言えば、小澤征爾という才能と一緒に芸術を紡ぐことが出来る喜びを爆発させているというように・・・

第35番はハフナー家の祝賀のためにというがセレナードとして成立するきっかけですし、第39番はそもそも楽しい曲なのにそのうえで演奏会自体が祝賀となっていることでということもあるんですが、そのうえでやはりモーツァルトの交響曲のことを「理解している」小澤征爾と言う才能と一緒に演奏できる喜びがしっかりとにじみ出ているように聴こえるんです。

それを、2009年、2012年というタイミングで行っていることが、この演奏で注目すべき点かと思います。そのタイミングで、私はずっと、モーツァルトの交響曲は現代と編成が異なる事、室内オーケストラが適していること、ゆえに普通のオーケストラでも小さい編成を選ぶことをエントリで述べていました。小澤征爾はそれをいとも簡単に実現させてみせたことになります。勿論水戸室内管弦楽団の判断でもありますが、水戸室内管弦楽団の音楽監督は小澤征爾でしたから。そもそも小澤征爾が音楽監督になった目的が、このような演奏会を開催することであったならば、小澤征爾を音楽監督にという判断をされた人は評価されるべきです。

小澤征爾は様々な評価がされますが、欧州の常識を日本に根付かせた人という評価もしていいように思っています。そうでなければそもそもウィーン国立歌劇場の音楽監督などなれないんです、アジア人が・・・その点の評価はもっとされるべきだと思いますし、その一助にこのアルバムは確実になることでしょう。モーツァルトの交響曲の「魂」とは何ぞやと、問いを突き付ける一枚でもあります。

 


聴いている音源
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲
交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
交響曲第39番変ホ長調K.543
小澤征爾指揮
水戸室内管弦楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

コンサート雑感:カラー・フィルハーモニック・オーケストラ第30回演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和8(2026)年8月30日に聴きに行きました、カラー・フィルハーモニック・オーケストラさんの第30回定期演奏会のレビューです。

カラー・フィルハーモニック・オーケストラさんは東京のアマチュアオーケストラです。とくに注目なのはその演奏レベル。アマチュアの中ではトップクラスの演奏をするアマチュアオーケストラです。

colorphil.jimdofree.com

このオーケストラはすでにもう何度コンサートに足を運んでいることか・・・多分一番最初って、コロナ禍でのリモートコンサートだったと思うのですが、コロナが明けてリアルでコンサートに行けるようになってから、カラー・フィルハーモニック・オーケストラさんは予定の中で最も優先すべき団体の一つに格上げになっています。つまりその分、行かなくなった団体もありますが、お金は有限なので・・・

カラー・フィルハーモニック・オーケストラさんのコンサートはたいてい夜が多く、そのため今回無事足を運ぶことが出来ました。コアな読者の方ならピン!と来ていると思いますが、先週エントリを上げたミューザ川崎市民交響楽祭2026とはしごしています。実は先週のエントリで以下のように書いたのは、このコンサートのことを指すのです。

「勿論、チャイコフスキーの「白鳥の湖」は美しい作品ですが、それをしっかりと美しく演奏するのは意外と難しいのです。これ、実は当日の夜はっきりと思い知らされるのですが(ってことは?)」

ってことはつまり、はしごした、ダブルヘッダーだった、ということなんです。ミューザ川崎市民交響楽祭が昼間で助かりました・・・

さて、今回のプログラムは以下の通りです。

①シベリウス 交響曲第7番
②ブラームス 交響曲第1番

いやあ、渋い!昼間の子供向けでもあるミューザ川崎市民交響楽祭に比べてなんと渋いプログラムであることか!こういうコントラストがコンサートをはしごする魅力です。一方体力は削られますが・・・

①シベリウス 交響曲第7番
シベリウスの交響曲第7番は、1924年に完成した作品です。作曲開始は1910年とほぼ第6番と同じ時期であり、第5番~第7番まではほぼ同時に構想されたとされています。

ja.wikipedia.org

そしてこの第7番は、シベリウス最後の交響曲でもあります。シベリウスは第5番あたりから楽章の統合を考えるようになりますが、その一方でこの第7番は最初交響的幻想曲と名付けられていましたが、完成の翌年である1925年に交響曲第7番としています。集大成ではあるのですが、もしかすると交響曲から新しいスタイルを創り出そうとしていたのかもしれませんし、交響詩と交響曲の融合を考えていたのかもしれません。

単一楽章とはいえ、シベリウスの作品が持つどこか涼しさを感じる和声と旋律は健在です。そのうえで幻想性は他の交響曲以上に持っており、ゆえに最初シベリウスは幻想曲としたかったのもうなづけます。ですが個人的にはなら交響詩でいいのでは?という気もします・・・

そんな作品ですが、始まりが弱音なのでそこでもオーケストラの実力が露わになってしまうという、アマチュアオーケストラにとっては大変難しい曲だと思います。ですがそれを涼しい顔で弾いてしまうんですから・・・しかも美しい・・・そして、涼しい・・・

会場は杉並公会堂大ホール。私にとってもオーケストラにとってもなれた場所でエアコンも常に入っていて涼しいわけですが、それだけではない涼しさを演奏から感じるんです。ともすればシベリウスの作品は秘めたエネルギーを持ちこの曲にもありますが、それでも涼しさが感じられるのは間違いなくオーケストラの実力が高いからです。情熱と冷静の間という、最近使ってない言葉をここで使いたいと思いますがまさにそれ。20分ほどがあっという間に過ぎ去って行きます。まあ、後半がエネルギッシュな曲なのでまずはすずしい曲をという所でしょうか、まさに1プロ、なんです。

この第7番はある意味、シベリウスの美意識、そして精神性を象徴するかのような作品ですが、それをまず1プロで扱ってしまうという・・・いやあ、さすがアマチュアです。ですが一方で、後半とのコントラストもあるわけです。単一楽章ということは音楽史に於いてかなり先進的であるわけですから。で、一方の後半は・・・というプログラムであるわけです。いやあ、だからカラー・フィルハーモニック・オーケストラさんのコンサートは外せないんですよねえ。

②ブラームス 交響曲第1番
ブラームスの交響曲第1番は、1876年に完成した作品です。着手から20年もの年月をかけて作曲したことでも有名で、そこにはベートーヴェンの影があったとされています。確かに第九に似た旋律もあって(ゆえに時として「ブラームスによるベートーヴェンの交響曲第10番」とも言われることがあります)、ベートーヴェンへの憧れというものは十分に感じるところです。

ja.wikipedia.org

そしてなんといっても、ブラームスの交響曲は全て、後期ロマン派の匂いが十分ある、4楽章形式の保守的な作品である、ということです。この作品も渋すぎる作品ですが、そのしぶさもさることながら、シベリウスとのコントラストです。一方は交響詩とも言うべき幻想的な単一楽章ですが、一方は後期ロマン派のがちがちの4楽章形式であるわけです。でもどちらも交響曲、なのです。その差を味わうというのが裏のテーマだと思います。

今回も指揮者は金山隆夫さんですが、本当に情熱的かつステディな演奏をオーケストラに求める人です。今回も繊細かつ情熱的で力強い演奏を味わえたのですが、一方で第4楽章の最後のほうでやせた弦の音が・・・そこまでは聴こえませんでしたが最後のほうで若干出てしまいましたが、それだけ集中していたということでもあります。

特に音型的に動きがあるところでリズムも独特の部分で、お互いの音をしっかりと聴きあわないとそこでもしっかりと音を出すのは極めて難しく、ブラームスの交響曲でもむずかしさがあるものだとかんじます。しかもこの第1番にも、昼間の「白鳥の湖」同様にコンサートマスターがソロで演奏する部分がありそこはかわさき市民オーケストラ2026よりもレベルが高いのですが、さすがに疲れて来るという所がアマチュアなわけです。でも全体のなかでちょっとだけ残念って感じであるだけで他は感動的です。特に最後の残響が響き渡る部分ではもう感極まりました・・・ブラヴォウ!は昼まで疲れたのでかけませんでしたが心の中でかけさせていただきました。

次回は11月に再び杉並公会堂大ホールですが、今度は昼公演。ラヴェルのスペイン幻想曲とベルリオーズの幻想交響曲。再びバンダ隊が大活躍することになりますが、杉並公会堂大ホールでどのように行うのかはたのしみです。公会堂の施設を考えますと舞台袖を開けてということになるんだと思いますが、そのあたりのオペレーションも楽しみです。その次第で演奏が変わりますので・・・幻想交響曲だからこそ、次回は楽しみです。

 


聴いて来たコンサート
カラー・フィルハーモニック・オーケストラ第30回演奏会
ジャン・シベリウス作曲
交響曲第7番作品105
ヨハネス・ブラームス作曲
交響曲第1番ハ短調作品68
金山隆夫指揮
カラー・フィルハーモニック・オーケストラ

令和8(2026)年8月30日、東京、杉並、杉並公会堂大ホール

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。

コンサート雑感:ミューザ川崎市民交響楽祭2026を聴いて

コンサート雑感、今回は令和8(2026)年8月30日に聴きに行きました、ミューザ川崎市民交響楽祭のレビューです。

ミューザ川崎市民交響楽祭は、川崎にある4つのアマチュアオーケストラが組織する川崎市アマチュアオーケストラ連盟が主催するコンサートで、その4つのオーケストラから志願者が参加して「かわさき市民オーケストラ」を組織して開催されるものです。代表は宮前フィルハーモニー交響楽団の団長さんである土肥さん(実は知人であります)。そしてこのコンサートは参加しているアマチュアオーケストラが持ち回りで幹事オケとなり、今回の幹事は高津市民オーケストラです。

kawasakiamaoch.jimdosite.com

このところ毎年この演奏会には足を運んでいます。それはかつて横浜市民で川崎の合唱団に所属していたことで宮前フィルハーモニー交響楽団とは親しい関係でもあったからです。とはいえ、今は私は都民なので、東京のアマチュアオーケストラがあるべき姿というものもどこかで参考にしたいという点も実はあります。

そして、今年足を運んだ理由は、メインがサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」である、ということでした。実は、私がエントリで上げたもののうち、サン=サーンスの「オルガン付き」の演奏場所がミューザ川崎が多いことに気が付いておられたでしょうか?実はこれには理由があって、アマチュアオーケストラは鍵盤楽器の演奏家とあまり関係がないためオルガニストのツテを知りません。ですが「オルガン付き」には必ずオルガニストが必要なのに、自分たちにツテがない。ですがミューザ川崎ならホールオルガニストがいるため確保しやすいから、なんです。そしてそのミューザ川崎のホールオルガニストは、実は今年交代したのです。昨年までは大木麻理さんでしたが、この2026年4月から、澤菜摘さんに交代したのです。

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昨年のエントリを挙げておきますが、この時アンコールで大木さんが登場したのは、明らかにフェアウェルだった、ということになります。市内の4つのアマチュアオーケストラが、定期演奏会でサン=サーンスの「オルガン付き」を取り上げる時、自分たちのホームではなく必ずミューザ川崎なのです。それは単に自分たちが川崎のアマチュアオーケストラだというだけではなく、ミューザ川崎ならオルガニストの確保ができるから、なんです。

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そのため、川崎は勿論、東京のアマチュアオーケストラですら、サン=サーンスの「オルガン付き」を演奏する時は必ずと言っていいほどミューザ川崎を選択します。それ以外で「オルガン付き」もしくはオルガンが必要な曲を演奏しているケースは、ほぼ間違いなく自分たちでツテを持っているということだと思います。例えば私が上げたエントリの中では横浜みなとみらいホールと所沢市民文化センターミューズアークホールがありますがいずれもほぼ間違いなくオーケストラがツテを持っていることになるでしょう。

例えば、今年の5月の横浜シティ合唱団さんのケースだと、ピアニストからツテがあったと言えます。

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4月のシンフォニア・ズブロッカさんのケースだと、確認していませんが指揮者の金井さんのツテであるのは間違いないと思います。

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このように、私の例でも合唱団のようにそもそもピアニストがいるのでツテがあるなど、何らかのツテがないと難しいわけですが、音楽監督などを置いていないようなオーケストラの場合はほぼ間違いなくピアニストのツテがないので、ホールオルガニストがいるミューザ川崎を選択するということになるわけです。実際、体感的にもミューザ川崎が開館してから、サン=サーンスのオルガン付きが演奏される頻度は上がったと言えます。

そのホールオルガニストが今回顔見世という側面もあるわけです。そりゃあ、行くしかないでしょ!ええ、府中では新日本響さんが定期演奏会を行っていましたがこっちを選びますって!

ということで、プログラムは以下の通りです。

①チャイコフスキー バレエ「白鳥の湖」抜粋
②サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」

で、「白鳥の湖」は30分ほどとか思うでしょ?ところがどっこい、なんと1時間ほど!メインじゃん、という突っ込みもあろうかと思いますしそれは当然だと思いますが(w)、ですが今回のメインはあくまでも新ホールオルガニストである澤さんの顔見世公演の側面があるわけですから、サン=サーンスの「オルガン付き」がメイン、ということになります。そもそもこの「オルガン付き」もそれなりに特徴がある作品でもあるので通常でもメインですが・・・

さて、となるとまずは、「白鳥の湖」の最後は2パターンのうちどちらを選択するのか、という「演奏」のほうに興味は移ります。

①チャイコフスキー 「白鳥の湖」抜粋~フィナーレは楽譜通りを選択~
まずは1プロの「白鳥の湖」。昨年の中央大学管弦楽団第94回定期演奏会でも選択され、さらには宮前フィルハーモニー交響楽団の第54回定期演奏会でも選択されています。

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この白鳥の湖ですが、実はフィナーレにはバッドエンドとハッピーエンドの2つあります。宮前フィルハーモニー交響楽団の場合、恐らく子どもが聴衆に多いということでハッピーエンドを選択しましたが、中大オケと今回のかささき市民オーケストラ2026はバッドエンドと、チャイコフスキーの初版通りとなっています。

ja.wikipedia.org

ですが、中大とかわさき市民オーケストラ2026とでは抜粋した部分が異なります。今回選択されたのは以下の通りです。

序奏
第1曲  情景
第2曲  ワルツ
第10曲  情景(最も有名な旋律)
第13曲Ⅲ ヴァリアシオン
   Ⅳ 4羽の白鳥の踊り(これも有名な旋律)
   Ⅴ パ・ダクシオン
第17曲  花嫁候補の入場とワルツ
第20曲  ハンガリーの踊り
第27曲  小さな白鳥たちの踊り
第28曲  情景(フィナーレ)

ちなみに、中大オケはこちら。

1.シーン(第2幕第10番)
2.ヴァルセ(第1幕第2番)
3.白鳥の踊り1(第2幕第13番第1曲)
4.白鳥の踊り2(第2幕第13番第2曲)
5.パダクシオン(第2幕第13番第5曲)
6.ハンガリーの踊り(第3幕第20番)
7.スペインの踊り(第3幕第21番)
8.マズルカ(第3幕第23番)
9.フィナーレ(第4幕第28番・第29番)

中大オケも有名な部分を選択しつつ、順番は変えています。しかし今回のミューザ川崎市民交響楽祭ではほぼ番号順で演奏されています。これは確認はしていませんが、ミューザ川崎市民交響楽祭は単なる音楽祭ではなく子供にもオーケストラに触れてほしいというbう分もあるため、原曲に親しんでくれるようにということで順番を変えなかったと言えるでしょう。そもそも代表が宮前フィルハーモニー交響楽団の団長である土肥さんで、その宮前フィルハーモニー交響楽団はずっとすそ野を広げるべく子供向けに「音楽のおもちゃ箱」というコンサートを開催してきていますし、ほかの3団体も何らかの形で親しみを持ってもらえるような活動をしています。その意味では、今回学生オケ(部活動に近い)とアマチュアオーケストラ(真の意味での趣味の活動)との違いがはっきりと出たと言えます。

その上で、どちらもバッドエンドを採用。これは中大オケが部活動に近い、つまり学生が研究結果を発表するという側面と、子どものために本格的な演奏を披露したいというかわさき市民オーケストラ2026と、志向する方向は同じだったという結果だと思います。

今回は座席は昨年に近い、正面から見て左側の、後ろの座席を選択しました(なお購入は宮前フィルハーモニー交響楽団第56回定期演奏会でした。毎年担当者の方ご苦労様です)。やっぱり、オルガニストが見える位置がいいので。そのうえでオーケストラもほぼすべて見えるという、意外といい席を選択しました。この位置だと指揮者も見えますしまたオーケストラがどう反応しているのかもしっかりと見える位置です。

今回の指揮者は平石章人さん。若いですが物凄い才能を感じます。特にこの「白鳥の湖」では、豊潤かつ柔らかい響きをオーケストラに要求し、それにしっかりとオーケストラが応えているのが素晴らしいんです!力強い部分でも音がふわっと終わり、残響が響き渡ります。なんと美しい・・・

勿論、チャイコフスキーの「白鳥の湖」は美しい作品ですが、それをしっかりと美しく演奏するのは意外と難しいのです。これ、実は当日の夜はっきりと思い知らされるのですが(ってことは?)・・・いずれにしても、4つの団体から精鋭こぞりて、という感じ。特にコンサートマスターのソロやヴィオラとの2重奏もあるなど、自分の実力が露わになる中でも多少やせた音になりつつも艶のある演奏を披露したのは素晴らしいことで、それだけこのオーケストラのレベルが高いことを示していると同時に、その能力を引き出す平石さんの手腕も誉めるべきです。打点が見やすい上にタクトの「表情」も豊かなんです。その上ご本人も顔で表現するなど、相手がアマチュアであてもできる範囲で芸術を追及する姿はまさしくプロそのもの。フィナーレを聴いてつい涙すら落ちそうになるのはアマチュアはなかなかない経験で、平石さんの才能も見せつけた形です。

②サン=サーンス 交響曲第3番「オルガン付き」~澤さんのオルガン、強く美しい!~
休憩の後の後半は、サン=サーンスの「オルガン付き」。いよいよ本日の主役とも言うべき、澤さんがオルガンに登場。ですがなんと!今回ホール内でのオルガンの撮影が休憩中のみ認められ、写真が撮れました。プライバシーにかかわらない範囲の写真を挙げておきますので見ていただきたく思います。これも澤さんが新しく就任したことをきっかけに、オルガンに触れてほしいという意味を持っていると言えるでしょう。ただミューザの場合、定期的なオルガンコンサートがないということも、今回のお披露目につながっているのだと思います(ホールオルガニストが居ない横浜みなとみらいホールは定期的にオルガンコンサートを昼間に行っています)。

休憩中に撮影できたミューザ川崎シンフォニーホールのパイプオルガンの座席。いじらなければという条件付きで撮影できました。

そして、実は川崎市アマチュアオーケストラ連盟はミューザ川崎の開館を控えて結成されたという経緯もあって、実はプロである東京交響楽団以上のつながりがあるんです。そもそもこのホールを作ろうと奔走したお一人に、宮前フィルハーモニー合唱団で団友であった、さいか屋元会長の岡本氏の存在があり、その宮前フィルハーモニー合唱団は宮前フィルハーモニー交響楽団の姉妹団体ということもあり、守谷弘という共通の指揮者を通じて交友もありました。ゆえにミューザ川崎というホールは他のホール以上にアマチュアオーケストラと親しいということもあるでしょう。ミューザ川崎にいきますとどうしても東京交響楽団のプレートなどが眼に入るのですが、実は市内4つのアマチュアオーケストラとも親しい関係だということは広く知られてほしいと思います。

ゆえに、ミューザ川崎のホールオルガニストとは、恐らく今後も関係が続いていくと思いますし、4つのアマチュアオーケストラが来年こぞって定期演奏会にサン=サーンスの「オルガン付き」が採用される予感すらしています。東京交響楽団ももしかすると定期演奏会でサン=サーンスの「オルガン付き」が選択されるかもしれません。

その澤さんは第1部の後半(第2楽章相当)から参加しますが、そのなんと小さくも美しいことか・・・特に繊細さがしっかりと伝わってきて、オルガンを聴きなれている方ならば鳥肌が立ったのでは?と思います。さらに、オルガンがソロで大活躍する最終部(通常の第4楽章相当)の冒頭、なんと力強く美しいことか・・・大木さんも決して弱くはなかったですが、大木さんよりも力強い演奏のような気も・・・その意味ではさらにすばらしいオルガニストが就任したと言えます。勿論、大木さんの素晴らしさは言うに及ばずですが、それを超えて来るって、本当に若いっていいですね・・・

そこにしっかりとアンサンブルするオーケストラもすばらしい!豊かな表情、オルガンの力強くも繊細で美しいオルガン・・・ただ、できればならばメンデルスゾーンの「讃歌」も、期待してしまいます・・・せっかくホールオルガニストがいるホールなんですから。ですが合唱団も必要なのでその合唱団をどこから確保するかが問題ではありますが・・・まだ宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔(はばたき)」があれば別でしょうが今はもうないですからね・・・

そんな妄想が全開になるくらい、表現力に富み、知的な芸術をあじわう姿勢に存分に楽しめましたし、また澤さんがあまりにも素晴らしく終演後残響が終ったあとまずは「ブラヴァ!」をかけました。その後に「ブラヴィ!」。指揮者がまず澤さんを紹介したことも、今回のコンサートがどんな目的があったかを意味しています。

さて、今回は土肥さんがトロンボーンに名を連ねていないため、恐らく宮前フィルハーモニー交響楽団から参加している人は少なかったのでは?と思います。なぜなら宮前フィルハーモニー交響楽団は今年のかわさき市民第九の担当オケであるためです。ですがそれ以外が主体でも、十分高いレベルの演奏を示せることを証明しました。川崎のアマチュアオーケストラは今後さらなる素晴らしい活動をしていくことでしょう。来年は幹事オケは川崎市民交響楽団ですが、また素晴らしい演奏が期待できそうです。

翻って、東京、特に市民オーケストラが多い多摩地域(昔の三多摩)でもこういった演奏会が出来ないだろうかとかんがえてしまいます・・・詳しくはまた別途エントリを立てたいと思っております。

 


聴いて来たコンサート
ミューザ川崎市民交響楽祭2026
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
バレエ「白鳥の湖」抜粋
カミーユ・サン=サーンス作曲
交響曲第3番ハ短調作品78

澤菜摘(オルガン)
平石章人指揮
かわさき市民オーケストラ2026

令和8(2026)年8月30日、神奈川、川崎、幸、ミューザ川崎シンフォニーホール

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バッハカンタータ全曲逐語訳140 カンタータ第137番「讃美せよ主、全能なる王、栄光のを」BWV137 Lobe den Herren, den mächtigen König der Ehren BWV137

1. コラール合唱Coro
Tromba I-III, Tamburi, Oboe I/II, Violino I/II, Viola, Continuo    

Lobe den Herren, den mächtigen König der Ehren,
讃美せよ主、全能なる王、栄光のを、
Meine geliebete Seele, das ist mein Begehren.
わが愛する魂よ、そがわが熱望なり。
Kommet zu Hauf,
こぞれ群衆に、
Psalter und Harfen, wacht auf!
詩編とハープよ、目覚めよ!
Lasset die Musicam hören.
音楽を響かせよ。
      
2. コラールアリア(アルト)Aria A
Violino solo, Continuo    

Lobe den Herren, der alles so herrlich regieret,
讃美せよ主、すべてをこれほど見事に統治したまい、
Der dich auf Adelers Fittichen sicher geführet,
そなたを鷲の翼にて自身を導きたまい、
Der dich erhält,
そなたを養い給いて、
Wie es dir selber gefällt;
そをそなた自身が気に入るようにしたまうを。
Hast du nicht dieses verspüret?
そなたはこれらを感じたることなかりきなりや?

※鷲:作詞者アドラーの名の源意「鷲Adler」と内容を考慮した上の後世の意「高貴なAdeler」との掛詞
      
3. コラール二重唱アリア(ソプラノ、バス)Aria (Duetto) S B
Oboe I/II, Continuo    

Lobe den Herren, der künstlich und fein dich bereitet,
讃美せよ主、精巧かつ微細なるそなたを作り上げたまい、
Der dir Gesundheit verliehen, dich freundlich geleitet;
そなたに健康を授け給い、そなたを親切に導き給うなるを。
In wieviel Not
いかほどの苦難にあるも
Hat nicht der gnädige Gott
慈悲深き神が
Über dir Flügel gebreitet!
そなたの上に翼を広げぬことありたりや!
      
4. アリア(テノール)と器楽コラールAria T e Coro
Tromba, Continuo    

Lobe den Herren, der deinen Stand sichtbar gesegnet,
讃美せよ主、そなたの立場を明確に祝福したまい、
Der aus dem Himmel mit Strömen der Liebe geregnet;
天より愛の川なる雨を降らしたまうなるを、
Denke dran,
想い計れそを、
Was der Allmächtige kann,
全能なる者が能うこと、
Der dir mit Liebe begegnet.
その方がそなたに愛にて起こしたまうことを。
      
5. コラール合唱Choral
Tromba I-III, Tamburi, Oboe I/II e Violino I col Soprano, Violino II coll' Alto, Viola col Tenore, Continuo    

Lobe den Herren, was in mir ist, lobe den Namen!
讃美せよ主、わがうちに宿り給うを、賛美せよその御名を!
Alles, was Odem hat, lobe mit Abrahams Samen!
すべて、息吹あるものは、賛美せよアブラハムの息子らと共に!
Er ist dein Licht,
彼はそなたの光なり、
Seele, vergiss es ja nicht;
魂よ、忘れる事そを、決してなきよう。
Lobende, schließe mit Amen!
讃美すなる者らよ、締めくくれアーメンにて!

 


※原語歌詞は

https://webdocs.cs.ualberta.ca/~wfb/cantatas/137.html

を使用しました。ここに感謝の念を表明いたします。

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