コンサート雑感、今回は令和6(2024)年7月15日に聴きに行きました、オーケストラ・チェルカトーリの第3回演奏会のレビューです。
オーケストラ・チェルカトーリさんは東京のアマチュアオーケストラです。昨年第1回を開催したまだうぶな団体ですが、常に新しい音楽、視点を提供する意欲的な団体です。ホームページは存在せず、広報活動はX(旧ツィッター)とインスタグラムなので、URLを出すことは控えさせていただきます。スマートフォンをお持ちの方だと、情報収集はしやすいのかなと思います。その点でも、若い団体だと思います。
このチェルカトーリさんは、昨年の第1回を聴きに行っています。この時もメインはドヴォルザークの交響曲第8番であるにも関わらず、意欲的なプログラムでした。この演奏会のすばらしさがあったため、今回も足を運んだ次第です。
しかも今回のプログラムは、さらに意欲的。実は第2回は聴きそびれたため、このプログラムなら絶対に足を運ぶ!と決めていました。
①ハルヴォルセン ノルウェー狂詩曲第1番
②グリーグ 劇音楽「ペール・ギュント」より抜粋
③ハルヴォルセン 交響曲第1番
テーマは「ノルウェー音楽の名匠 ヨハン・ハルヴォルセン」。え?ハルヴォルセンって誰?って思いますよね?しかし、チェルカトーリさんが取り上げる作曲家ですから、それなりの作曲家であることは間違いないと判断し、足を運んだ次第です。そして結果は・・・やはり、チェルカトーリさんは素晴らしい団体だとしか言えない演奏会でした!
まず、ハルヴォルセンのご紹介。ノルウェーのヴァイオリニストであり指揮者、そして作曲家です。グリーグと親交があり、奥様はグリーグの兄の娘であるアニー・グリーグ。ブックレットに拠れば、プロポーズのセリフは「僕の全財産はこのヴァイオリンだけ。もしついてきたいならついてきて!」だそうです。いやあ、そう簡単には言えないセリフです・・・かっこよすぎる!それだけ人生の前半生は苦しみの連続だったようで、若くして両親を失いましたが、それでも音楽への情熱を捨てず独学で学び、ステイタスを築いた人です。
生きた時代からして、国民楽派の時代であり、実際ハルヴォルセンのキャリアも、国際的なヴァイオリン奏者としてではなく、祖国での活動を選びました。同時代の作曲家として、ドビュッシー、シベリウス、リヒャルト・シュトラウス、ニールセンなどがいます。そんな彼らと同じ時代を生きたのが、ハルヴォルセンなのです。グリーグ、スヴェンセンらが興した「ノルウェー独自の民族音楽と西欧音楽の融合」に共感して作品を作り続けたのが、ハルヴォルセンでした。
当日は上記の前に、プレコンサートとして、グリーグの「3つのノルウェーの旋律(金管五重奏版)」とハルヴォルセンの「ヴァイオリンとヴィオラのためのヘンデルの主題によるパッサカリア」が演奏されました。ウィキペディアのハルヴォルセンのページにもあった有名な曲ですが、それをプレ・コンサートでやってしまうと言う・・・
この2曲の演奏からして、もう素晴らしいの一言なのです。グリーグは金管が安定していますし、ハルヴォルセンのも、全くやせた音がなく素晴らしいアンサンブルです。グリーグはノルウェーと聴くほどは西欧的な音楽ですし、ハルヴォルセンもヘンデルの主題を使っているせいか、ノルウェー感があまりしません。しかし、2曲とも美しい作品であり、実直な演奏は作品が持つ美しさをしっかり伝える惑割を持っています。
そして、まずは1プロのハルヴォルセン「ノルウェー狂詩曲第1番」。1919~20年にかけて作曲され、1920年にベルゲンにて作曲者自身の指揮で初演されました。キャリアを祖国ノルウェーでの活動に費やしたハルヴォルセンは、ノルウェーの民謡や音楽を愛した人でもあります。そのため随所にノルウェーの民謡や音楽が反映されています。まさに「ラプソディー」。曲は3つの部分から成り、急~緩~急で構成され、それぞれに民謡からインスピレーションされた音楽が反映されています。1つ目は「ベルゲンの春」。2つ目が「夜をこめて眠りにつきぬ」、そして3つ目が「ハリング~スプリンガル」です。民族音楽が基になっているせいか、生命力ある作品であり、その魂を存分に掬い取った演奏もこれまた素晴らしい!今回も指揮は中央大学管弦楽団音楽監督である佐藤寿一さんですが、こういった作品を振らせますと本当にオーケストラが生き生きと演奏するんですよね!特に弦各部はノリノリ!こちらもつい楽しくなってしまいます。ホールはデッドな調布市グリーンホールなのに、全くそのハンデを感じないのも好印象です。
2プロは、グリーグの「ペール・ギュント」。通常は2つの組曲が演奏されることが多いですが、実際は劇音楽です。今回もその劇音楽らしく第1幕から順に抜粋で演奏されました。そのため、いきなり「ソルヴェイグの音楽」が聴こえてくるのはあれ?と思いますがそれは私が組曲を耳タコで聴いているからであり、それが本当のペール・ギュントにおける順番なのですよね。
ちなみに、このペール・ギュントはハルヴォルセンが編曲した曲が挿入されていまして、今回はテーマがハルヴォルセンなので、その曲も演奏されました。グリーグはそもそもがピアニストでありピアノ曲を多く書いた人なので、オーケストレーションは苦手とする人ですが、ペール・ギュントを聞いた限りではそんな印象を持ちません。しかし、やはり専門家に頼んだということもあったのだと思います。そしてその相手が、親戚になっていたハルヴォルセンだということだと思います。実際聴いていても違和感ないです。
今回抜粋されたのは以下の通り。
1.第1曲「婚礼の場で」(第1幕への前奏曲)
2.第2曲「花嫁の行列の通過」(追加曲。ピアノ曲集『人々の暮らしの情景』作品19第2曲をハルヴォルセンが編曲)
3.第4曲「花嫁の略奪とイングリッドの嘆き」(第2幕への前奏曲)
4.第6曲「ペール・ギュント『育ちの良さは馬具見ればわかる』」(第2幕)
5.第7曲「ドヴレ山の魔王の広間にて」(第2幕)※いわゆる「山の魔王の宮殿にて」
6.第12曲「オーセの死」(第3幕)
7.第13曲「朝のすがすがしさ」(第4幕への前奏曲)※第1組曲の第1曲
8.第15曲「アラビアの踊り」※第1組曲第3曲「アニトラの踊り」
9.第23曲「ソルヴェイの子守唄」(第5幕)
実は以前、SNSであるmixiのコミュニティ「クラシック同時鑑賞会」でもこの全曲版が取り上げられたことがあります。その時の印象もあって、今回この抜粋版を演奏すると言うのも、チェルカトーリ(探究者)に相応しいプログラムだと思っていました。
聴きなれた作品であることもありますが、そもそもこの曲順こそがオリジナルということもあって、まるでオーケストラも私達聴衆と共に物語を楽しんでいる様子がありありと見えたのも楽しかったです。最後の第23曲は物語の最後の曲ですが、とても平安に終わるのです。つい男は冒険しがちですが、その陰にはその冒険に理解を示してくれる女性がいて初めて許されるのであり、そうでなければ好きだと言っても飽きて置いて行かれた女性が優しく包んでくれるなんてことはあり得ません。こうでありたいなあと思いますがしかしそこにはかなりお互いの愛がないと無理。原作がイプセンであるということを考えますと、少しペール・ギュントの物語の意味は私たちが想像するものとは違ったものに見えてきませんでしょうか。男のほうが女性に許しを請うて初めて優しく包んでくれる、ということが・・・
つまり、男性が好き勝手にやって女性はそれについていくべき、という思想ではその安らぎは得られないということを、イプセンは物語に示しているわけで、そのイプセンが選んだ作曲家がグリーグだったこと、そしてそのグリーグが追加曲のオーケストレーションをハルヴォルセンに頼んだということは、現代を生きる私達日本人にとっても、非常に大切なメッセージであると思います。
最後の3プロ、ハルヴォルセンの交響曲第1番。栄えある第1番の交響曲で、ハルヴォルセンもいろんな作品を作曲しつつもやはり交響曲を書くことにこだわったようです。1923年、ハルヴォルセン59歳の時の作品で、ちょうど劇場音楽監督の職を辞したタイミングでもあり、時間に余裕が取れるようになったことも、作曲への動機につながったようです。ハルヴォルセンにしては珍しいソナタ形式の作品とのことですが、確かに聴いているとあまりソナタ形式をはっきりと聴き取れません。とはいえ、作品の生命力は確かに存在していますし、喜びに満ちた旋律も多く、西欧的な雰囲気とまでは言えない、民族的雰囲気が漂う作品であることも確かです。満を持して作曲したハルヴォルセンの喜びを爆発させるかのようなオーケストラの演奏は、生き生きを超えてノリノリであり、作品への共感に満ちています。前回もそうでしたが、オーケストラのレベルが高い!賛助出演がハープのみというのも、このオーケストラの各員の音楽への情熱の深さを感じるところです。
鳴りやまない拍手のなか演奏されたアンコールがハルヴォルセンの「ボヤール人(ロシア貴族)の行進」。これもまた全員ノリノリで演奏するのです!ハルヴォルセンという作曲家の作品の魅力、楽しさ、そしてペール・ギュントという物語の真の意味。どれをとっても素晴らしい演奏会でした。次回はティアラこうとうでの演奏会だそうですが、どこかとバッティングしなければいいなと今から思っているところです。
聴いて来たコンサート
オーケストラ・チェルカトーリ 第3回演奏会
エドゥアルド・グリーグ作曲
3つのノルウェーの旋律(金管五重奏版)
ヨハン・ハルヴォルセン作曲
ヘンデルの旋律によるパッサカリア
ノルウェー狂詩曲第1番
エドゥアルド・グリーグ作曲
劇付随音楽「ペール・ギュント」抜粋
ヨハン・ハルヴォルセン作曲
交響曲第1番
ボヤール人(ロシア貴族)の行進(アンコール)
佐藤寿一指揮
オーケストラ・チェルカトーリ
令和6(2024)年7月15日、東京、調布、調布市グリーンホール大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。