かんちゃん 音楽のある日常

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コンサート雑感:府中市民交響楽団第91回定期演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和7(2025)年5月25日に聴きに行きました、府中市交響楽団第91回定期演奏会のレビューです。

府中市交響楽団さんは東京のアマチュアオーケストラで、府中市を拠点して活動されている市民オーケストラです。本拠は府中の森芸術劇場どりーむホールですが、昨年はその府中の森芸術劇場が改修工事をしていた関係で、第89回は調布市グリーンホールで、第90回はひの煉瓦ホールでの開催でした。

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今回はようやく本拠地の府中の森芸術劇場に戻ってきました。さらに、今回指揮者が女性ということもあって、足を運びました。とはいえ、実は最後まで府中市交響楽団さんの演奏会に行くか迷っていました・・・同じ日に、長野県は岡谷市で、日本で最も古いアマチュアオーケストラの一つである諏訪交響楽団さん(諏訪市を中心に活動する市民オーケストラ)が創立100周年を記念してマーラーの「復活」を演奏することになっていたからで、それを関西万博に行く途中に組み込む予定だったからです。しかも、合唱団は昨年第九を聴いたゲイツ・オンさん。ただ、5月25日というタイミングでは資金的に無理だということになり、岡谷に往復するだけでも無理であるということになったため、それなら悩んでいた府中市交響楽団さんでということになりました。次の定期演奏会の情報も知りたかったので、まあ資金的に難しくなったのも与えられたものだと思っております。

さて、今回の指揮者は喜古恵理香さん。今売り出し中の指揮者ですが、実は1月にこの方の指揮するアマチュアオーケストラを狙っていたのです。ただ予算的及び日程的に厳しかったので見送ったのですが、そこに府中市交響楽団で振られるということを知ったため、諏訪交響楽団さんと悩んだという事だったのです。

それと、喜古さんは東京音楽大学卒業。となると、実は私が入っていたアマチュア合唱団である宮前フィルハーモニー合唱団「飛翔」の音楽監督であった、守谷弘の後輩にあたります。実際、守谷先生も付言した指揮者の名前が師事された人としてパンフレットにはずらりと並んでいます。その中には広上淳一下野竜也と言った名前もあります。そして、東京音楽大学なので、実は指揮法が4つ振りではなく2つ振り。これが今回演奏にかなりいい影響を及ぼしていたように見受けられました。

今回のプログラムは以下の通りです。

グラズノフ 演奏会用ワルツ第1番
チャイコフスキー バレエ組曲くるみ割り人形
チャイコフスキー 交響曲第4番

特に、交響曲第4番は、2月に聴きに行きました、合奏団ZEROさんの指揮者である松岡究さんが「第5番よりも難しい曲」とパンフレットで述べておられた作品。その後にも1回第4番の演奏を聴いていますが、その時もその松岡先生のコメントを念頭に置いて聴きましたが今回もまたその「難しさ」という所に注目をし、喜古さんがどのように府中市交響楽団さんで料理されるのかが楽しみでもありました。

グラズノフ 演奏会用ワルツ第1番
グラズノフはロシア後期ロマン派の作曲家で、国民楽派にも分類される作曲家です。ロシアのふたつの潮流である民族主義(ペテルブルク楽派)と国際主義(モスクワ楽派)を融合させた作品を書いたことで有名です。

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その彼が書いた演奏会用ワルツ第1番は、1893年の作品で、そのあたりで今日グラズノフの作品で有名なものはほとんど書き上げられてしまっています。それだけの才能があったと言えます。またシンフォニストとしてチャイコフスキーの後を引き継いだ格好になっており、この演奏会用ワルツ第1番もそんなロマンティシズムと民族主義、そして汎ヨーロッパ的な要素も兼ね備えた音楽となっています。

つまり、このグラズノフを1プロに持ってきたのは、明らかにその後のチャイコフスキーと関連させているということになります。ロシアものでそろえたとは言え、この辺りはやはりアマチュアオーケストラならではです。

さて、喜古さんは2つ振りでさらにジェスチャーも大きいのが特徴。このグラズノフでも豊潤なアンサンブルと表現力を聴かせてくれます。弦に痩せた音はほとんど聴こえてこないです。多分なんですが、喜古さんの2つ振りがオーケストラにとっては息がしやすいのではと思います。守谷弘も生前4つ振りよりは2つ振りの方がフレージングを感じやすいと言っていたことを思い出します。東京音楽大学の指揮科の教育がそのようになっているとのことで、喜古さんもその教育がすでに自分のものとなっていることを伺わせます。オーケストラが生き生きと演奏していますし、何よりも団員さんたちが幾人か体を揺らして演奏されているんです。これは音楽を楽しんでいたり共感していたりしている証拠で、喜古さんの指揮がいい方向に影響を明らかに及ぼしていると言えましょう。

チャイコフスキー バレエ組曲くるみ割り人形
チャイコフスキーはシンフォニストとしてだけでなく、バレエ音楽を書いたことでも有名な作曲家ですが、その中でも「くるみ割り人形」は季節演奏の定番とも言える作品ではないでしょうか。特に作品がそもそもクリスマスという時期を舞台にしていることもあり、年末に演奏されることが多いのですが、今回は何と5月に持ってきました。風薫る5月、いやすでに九州や沖縄は梅雨入りしているこの時期に持ってくるとは、なかなか挑戦的だと思います。

その「くるみ割り人形」はいくつかの曲が抜き出されてチャイコフスキー自身が組曲にしていますが、その組曲が今回演奏されたわけです。元々バレエなので、音楽はどうしても舞曲らしさが満載。ということは、演奏としてはどれだけリズム感を感じてノリノリで演奏できるかが注目点となります。

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8曲のうち、舞曲出ないのは小序曲と行進曲ですが、それもどこか踊りの要素が入っているのはバレエだからです。その感覚をどこまで演奏できるのかなんです。この点をしっかり浸透させるために、本番で喜古さんは指揮台で踊りまくります!つまり、ジェスチャーが大きいのです。それにつられてオーケストラも表現豊かですしまたリズム感満載。多少どっしりとしたテンポを採用して、組曲なのにバレリーナが目の前で踊っているかのような錯覚に陥ります。この辺り、オーケストラの能力を引き出すのが喜古さんはうまいですね~。元々府中市交響楽団さんは上手なオーケストラではありますが、さらに才能を引き出しているようにも思います。新装なった府中の森芸術劇場どりーむホールのいい音響もうまく使って、聴衆をクリスマスのファンタジーへと引き込みました。

チャイコフスキー 交響曲第4番
チャイコフスキーは番号が付いたの交響曲を6曲残していますが、その第4曲目である第4番は、チャイコフスキーLGBTとしての苦悩が投影された作品と言えます。1877年~1878年にかけて作曲された作品ですがちょうどその頃チャイコフスキーアントニーナと結婚します。ですがチャイコフスキーは同性愛者。そのためアントニ―ナに結婚はできないと返答しますが、アントニ―ナは自殺をほのめかしたためやむなく結婚。しかし結局破綻してしまいます。そんな中で内面の吐露とも言える第4番が紡ぎ出されました。

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エピソードからはチャイコフスキーの誠実さが見受けられますが、恐らくアントニ―ナはその誠実さに惚れてしまったのでしょう。そのうえ、アントニ―ナはある意味依存性が強かった人でもあったと考えられます(そもそも、これは対人関係依存あるあるですが)。そのため自殺をほのめかしてしまったと考えられます。ただ見方を変えれば男女の感情のもつれと言えます。そのあたりを如何に相対化して演奏できるかが注目点だと言えます。

そのためにリズムがかなり重要な役割を持っていることは確かです。以下に2月に聴きに行きました合奏団ZEROさんのレビューを再掲しますが、このリズムをどう演奏に生かすか、そしてリズムを演奏しきれるかも、重要な側面だと言えるでしょう。松岡先生が「難しい」というのはその点だと個人的には考えます。

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今回、喜古さんはそのリズムを生かすためにここでも徹底的に指揮台で「踊りまくり」ます。オーバーアクションで指示を出し、オーケストラを激励し続けます。その激励にオーケストラはしっかりリズムをとることで応え、ヴァイオリン属は幾人かここで体をゆすって演奏しています。それが演奏に生命力を生み出し、まるでチャイコフスキーの心臓の鼓動のような、内面のドグマを吐き出すかのような激烈さと美しさが同居する演奏に仕上がりました。

私は当日ホールの最上段から1つ前の席に座りましたが、そこまで音が強烈に届くんです!第4番で特にでしたがこれは当日すべての曲で共通しています。第2楽章の寂しさ、第3楽章の暖かくもどこか上の空と言った感じのピチカート・オスティナート。どれもチャイコフスキーの内面性が吐露されていると考えられますが、その内面に共感するかような演奏。

そして、第4楽章でついに感情が爆発。苦しんできたけれど破綻によってむしろ解放されたかのような明るさ。一方でどこか憂鬱さも所々で見受けられる音楽を、壮麗さと祝祭感をもって歌い上げます。ですがそもそも激烈な喜びの感情に支配されているその魂を掬い取り、強烈な中にも美しさを忘れない演奏は、クライマックスで頂点に。最後の残響が終わった直後、ブラヴォウ!が飛んでました。私も僭越ながら「ブラヴァ!」と叫ばせていただきました。だって、喜古さんの指揮と解釈、本当に素晴らしかったので。

ともすれば女性から見れば、なんで女を振って喜ぶのよ!このくそ男!となってもおかしくありません。ですが「好きでもない人と一緒になってそれを我慢して破綻でやっと解放された喜び」だと解釈すれば、それは男女どっちだっていい、ということになります。それがたまたまチャイコフスキーが同性愛者だったというだけのこと。喜古さんはそう相対化できる人だと感じます。自分は女声だけどそれが男声相手だったら、どう感じるか?と考えられるということですし、それが考えられるからこそ、的確に指示を出せるはずです。その結果は、しっかりと府中市交響楽団さんの素晴らしい演奏で出されています。

次回は10月に再び大井剛史さんの指揮だそうですが、喜古さんもまた府中市交響楽団さんを振ってほしいと思います。終演後舞台上のオーケストラの方々も一緒に演奏できてうれしそうでした。是非ともまた共演を望みます。特に府中市交響楽団さんには宮前フィル以上に2つ振りの指揮者のほうがあっていると個人的は思います。

っていうか、今年府中市民第九があるはずですよね?だから次は10月だと思うのですが・・・かなりタイトなスケジュールだと思います。次回も素晴らしい演奏が楽しめるといいなと思います。

 


聴いて来たコンサート
府中市交響楽団第91回定期演奏会
アレクサンドル・グラズノフ作曲
演奏会用ワルツ第1番作品47
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
バレエ組曲くるみ割り人形」作品71a
交響曲第4番ヘ短調作品36
喜古恵理香指揮
府中市交響楽団

令和7(2025)年5月25日、東京、府中、府中の森芸術劇場どりーむホール

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。