東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、ヨゼフ・シゲティが弾くバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータを収録したアルバムをご紹介します。
シゲティはハンガリー出身のヴァイオリニストです。今70台や80台のクラシック・ファンの方だと、懐かしい名前だと思いますし、今でも根強いファンがいます。
私はと言えば、基本現代の演奏家を好んで聴きますのであまり聞いたことがない演奏家でした。しかし、今もって聴きますと、根強いファンがいることはわかるなあと思います。
バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータは、BWV番号は連続していますが、そもそもは一つ一つ独立した作品でもありますヴァイオリニストによってはソナタだけ、パルティータだけを収録する人もいます。それだとCD一枚で済むからです。このアルバムはソナタもパルティータも全曲収録していますので2枚組です。今回はその2枚組を一つとして扱って述べたいと思います。
シゲティのヴァイオリンは決して流麗ではないと言われますが、かといってそれで何かご不満でも?と言うのが私の率直な感想です。多少ギシギシいう音がむしろこの作品が持つ魂を表現しているように聴こえるのです。
勿論、流麗でもそれは構わないと思いますし、そういった演奏も可だと思います。ただ、無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータという曲を考えるとき、作曲した時はちょうどアンナ・マグダレーナと再婚しようかという時期です。それは前の奥様と死別したからで、バッハはかなり打ちひしがれていた状況でした。バッハが教会カンタータにその制作の多くに傾け始めるのはこの時期以降です。
そういった背景を考えますと、この無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータという曲は単なる世俗曲、器楽曲と捉えるのはいかがなものかという気がします。1720年という、最初の妻が逝去した年にかかれたこと、そのうえでソナタ第2番、パルティータ第2番まですべて短調ということを踏まえますと、バッハの嘆きもどこか聞こえてきそうな雰囲気すらあります。
シゲティが演奏で表現したかったのは、そのバッハの内面だったとすれば、ギシギシ言うヴァイオリンも理解できます。そのシゲティのヴァイオリン奏法が、この無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータという曲にぴったりであったとも言えます。実は、私が若い頃にはこのシゲティの録音は結構もてはやされた録音です。今Tune Browserで192kHz/34bitでリサンプリング再生して聴いてみると、まるでシゲティがそばにいるかのよう。そして、シゲティの秘めた情熱すら、感じられるかのように聴こえます。なるほど、これはもてはやされて当然でしょう。
シゲティ以上に美しくエネギッシュに弾けるヴァイオリニストは今では数多いますが、その精神性、魂まだ掬い取って演奏できる人はいったいどれだけいるかと考えるとき、なかなかすっと名前は出てこないです。デジタル時代であるからこそ、技術でブレークスルーされたデッキを持って改めてシゲティの演奏は聴かれるべきではないかと思います。何十万もかけて高級なデッキを揃えなくても。PCを持っている人であれば2~3万円程度お金を出すだけで何十万のデッキやオーディオシステムに匹敵するサウンドを手に入れることが出来ます。その技術で持って、古い録音に温故知新を感じるような時代になってほしいですし、その手助けができるのが図書館であると私は信じています。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティ―タ
ソナタ第1番ト短調BWV1001
パルティ―タ第1番ロ短調BWV1002
ソナタ第2番イ短調BWV1003
パルティ―タ第2番ニ短調BWV1004
ソナタ第3番ハ長調BWV1005
パルティ―タ第3番ホ長調BWV1006
ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。