コンサート雑感、今回は令和7(2025)年3月2日に聴きに行きました、東京楽友協会交響楽団の第118回定期演奏会のレビューです。
東京楽友協会交響楽団さんは東京のアマチュアオーケストラです。創立は1961年と古く、息の長い活動をされている団体です。
www.tokyo-musikverein-symphoniker.org
昨年の第116回を聴きに行ったことから、ご招待をいただき今回も足を運んだ次第です。なお、前回第117回は他の団体とバッティングしたため足を運べなかったのは残念です。
今回は時間的に余裕をもって出かけたため、無事1プロから聴けました。今回の曲目は以下の通りです。
オール・プロコフィエフ・プログラム
①バレエ組曲「ロメオとジュリエット」から
②交響曲第5番
プロコフィエフだけというプログラムは珍しいですし、アマチュアらしいと思い、せっかくのご招待を受けることにしました。この場を借りて団員の方々に御礼申し上げます。
まず、息の長い歴史のある団体ですが、実力も非常に高いオーケストラです。今回もその実力の高さを存分に楽しめたのが良かったです。本当に最近のアマチュアオーケストラは実力が高いので、正直プロオケに足を運ぶインセンティヴは低下しています。もう少しお金があればプロまで余力があるのですが、それは他の方にお願いしたいと思っています。ただ、プロオケも視野に入れていないわけではなく、そのあたりは5月あたりに実現できればなあと考えています(と言えば何を狙っているのかはもうほとんどバレバレだとは思いますが、それはまた実現した時に)。
①バレエ組曲「ロメオとジュリエット」より
プロコフィエフと言えばこの曲というほど有名なのが、バレエ音楽「ロメオとジュリエット」だろうと思います。今回もそれが1プロだったわけですが、ただそれと交響曲第5番だけというのはコンサートの時間は短かったのですか?と思われるかもしれません。実は当日は休憩時間20分を含め2時間ちょっとでした。つまり普通のコンサートと何ら変わらないんです。つまり、1プロだけで1時間近くがかかっています。当日もほぼ50分程度の演奏時間でした。冊子にはご丁寧に演奏時間の記載もあってとても親切です。
「ロメオとジュリエット」はプロコフィエフの代表的作品で日本ではCMにもなっている曲ですが、初演時はかなり評判が悪く演奏拒否という事態も発生したため、プロコフィエフは周知という意味を込めて組曲を発表しています。
通常はその組曲を演奏することが多いのですが、今回は3つある組曲から抜粋されて東京楽友協会交響楽団さんが再構成された内容となっています。具体的には以下の通りです。
1.モンタギュー家とキャピレット家(第2組曲第1曲)※某携帯電話会社のCMでも使われたのがこれです。
2.少女ジュリエット(第2組曲第2曲)
3.メヌエット(第1組曲第4曲)
4.ロメオとジュリエット(第1組曲第6曲)
5.ティボルトの死(第1組曲第7曲)
6.別れの前のロメオとジュリエット(第2組曲第5曲)
7.ジュリエットの墓の前のロメオ(第2組曲第7曲)
8.ジュリエットの死(第3組曲第6曲)
これ、実は原曲のバレエの順番になっているんですね。そもそも組曲は原曲の順番になっていないことの方が多く、この「ロメオとジュリエット」でも同様です。しかしそれをそのまま演奏してしまうと、原曲である「ロメオとジュリエット」という作品の本質から離れてしまいかねないと感じるのは、クラシック音楽を聴きなれて来ると誰しも思うことなのではないでしょうか。おそらく東京楽友協会交響楽団さんも同様に考えたのだと思います。そのため原曲を組曲から抜粋して再構成するという手法を取られました。その効果は、悲劇の普遍性が想起されることだと思います。実際私は聴いていて、この手の物語は枚挙にいとまないなあと感じました。例えば、同日NHKEテレ「クラシック音楽館」ではNHK交響楽団の第2025回定期公演が放送されましたが、そのメインはシェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」。ドビュッシーもオペラで取り上げた物語ですが、これはほぼ「ロメオとジュリエット」と同じと考えていいわけです。違いは家族の対立の中の悲恋が「ロメオとジュリエット」ですが、「ペレアスとメリザンド」はいわば「不倫」。しかし共通するのは「許されざる恋」です。そういう恋愛は燃えるのですよね。そしてロマンティックであるため聴き手などには憧れもあります。そのうえ、二つの作品が生み出された時代はそれぞれ社会情勢は異なるにせよ男女の自由恋愛がまだメジャーではない時代であるわけで、感情移入も激しかったと言えます。そのため、需要がものすごくあったとも言えます。
プロコフィエフが「ロメオとジュリエット」を書いた時代はソ連が成立して本来ならば自由恋愛ができるはずなのでテクストとしては受け入れられやすいはずなのですが、その音楽がやり玉に挙げられてしまったのです。この点も普遍性があると個人的には感じるところで、「許されざる恋」というのは甘美なものだけでなく悲痛さや苦しみもあるはずなので甘い音楽だけで表現しきれるものではありません。なのに音楽は保守的なものが求められてしまったため、プロコフィエフはまず組曲にしてその魅力を宣伝せねばならなかったわけです。音楽もテクストもすっと受け入れれらた欧米とは全く異なるわけです。ですがそれを「共産主義だから」と笑ってはなりません。右傾化が激しい現代日本に合ってもその傾向があることから目を背けると、この作品が持つ真の普遍性に目をつぶることになるでしょう。おそらくプロコフィエフが作曲した動機も単にボリショイから要請を受けたことだけではく、シェークスピアの原作に普遍性があると思ったからこそ、それにふさわしい不協和音をと考えたからにほからないはずだと個人的には考えるところです。
その「普遍性」への共感が、演奏からしっかり感じ取れるのです。不協和音がある作品のほうがアマチュアとしては粗が出にくいものではありますが、とはいえプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」が全て不協和音だけかと言えばそうではありません。調性音楽的な部分もあるわけで、そのコントラストがひいては登場人物の内面性を物語るわけですが、そのコントラストが見事な演奏です。弦楽器に痩せた音は全く見受けられませんし、金管も強いだけではく美しい。もうプロ並みなんですが、ゆえに登場人物の内面に迫る音楽で、それは団員さんたちがいかに作品に共感しているかを物語ります。若い人が多いとはいえ歴史の古さ故年齢の行った方も散見されるオーケストラに於いて、やはりそれぞれの年代で感じる作品の普遍性への共感が一つになっていたように思われます。管弦楽作品を聴く魅力はこういった「異なる人が一つの者に対する共感」の表現だと個人的には思うところで、その共感にあふれた演奏でした。
②交響曲第5番
プロコフィエフの交響曲第5番は、1944年に作曲された作品です。ちょうど第2次世界大戦で独ソ戦が勃発したことで祖国愛に目覚めたプロコフィエフが、祖国に何か貢献できることはないかと探していたところで完成させた作品です。
なにより特徴的なのは、4楽章形式なのに、その第1楽章はアンダンテであることです。本来なら第1楽章は急楽章であるはずですが、ここで緩徐楽章のアンダンテが採用されているということなのです。では緩徐楽章はないのかと言えば第3楽章にしっかりとあるんです。そのうえで終楽章はアレグロで急楽章。
第1楽章はアンダンテですが、しっかりとソナタ形式。一方最終楽章は急楽章なのにロンド形式。古典的な4楽章なのに、その規制が取っ払われています。プロコフィエフは「わたしの第5交響曲は自由で幸せな人間、その強大な力、その純粋で高貴な魂への讃美歌の意味を持っている。」と1951年に述べていますが、三楽章というフランス風ではない、自由というものを表現したと言えます。それは単なるドイツ批判ではなく、むしろドイツのソ連への侵攻を「残念だ」と考えているということでもあるように、個人的には思います。ある意味、プロコフィエフは「境界線を引いた」と考えてよさそうです。
実は臨床心理学に於いて、境界線を引くというのは平和構築にとって非常に大事な考え方だと言われています。たいてい怒りにかられると「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」となり、完全排除ということが多いのですが、それが戦争へとつながることはよくあります。プロコフィエフはちょうどロシア革命からソ連成立、そして第2次世界大戦という時代を生き、一度はアメリカに亡命しソ連に戻ったという人です。その時代を見て、プロコフィエフは「境界線を引く」ことこそが重要だという考えに至っていた可能性は極めて高いと個人的には考えます。
演奏を聴いていても、どこかその「境界線を引く」ようになるまでのプロコフィエフの苦悩に寄り添っているような印象を受けました。特に第1楽章アンダンテは特徴的な楽章ですが強烈なだけでなくどこか暖かいんです。全体的に美しく力強くしなやかな演奏が貫き通されていましたし、指揮者の解釈もあるとは思うのですが、旧ソ連の作曲家だからとか色眼鏡で見るのではなく、ひとりの人間の表現として捉え、その表現に自分たちがどこまで共感できるのかに彩られていました。日本でも例えばNHK交響楽団の首席指揮者であるルイージの解釈をする人が増えてきましたが、その波はアマチュアにも確実に広がっていると感じます。というか、個人的にはアマチュアがそれを始めてようやくプロまで波及してきたという印象のほうが強いですが・・・
いずれにしても、アマチュアの演奏に於いて高いレベルの演奏と解釈、そして表現が楽しめることはとても楽しく有意義でした。特に東京のアマチュアオーケストラではこういう素晴らしい演奏が楽しめるのが魅力です。このオーケストラも継続的に足を運ぼうと思う素晴らしいオーケストラです。次回も足を運びたいなあと思っております。
聴いて来たコンサート
東京楽友協会交響楽団第118回定期演奏会
セルゲイ・プロコフィエフ作曲
バレエ組曲「ロメオとジュリエット」より
交響曲第5番変ロ長調作品100
マドリガル(「ロメオとジュリエット」第1組曲第3曲、アンコール)
田部井剛指揮
東京楽友協会交響楽団
令和7(2025)年3月2日、東京、文京、文京シビックホール大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。