コンサート雑感、今回は令和6(2024)年10月6日に聴きに行きました、市響第436回合唱の集いのレビューです。
市響って何?と思われるかと思います。これは千葉県市川市にあるアマチュアオーケストラ、市川交響楽団さんのことを指します。戦後間もない時期に決済された歴史あるオーケストラです。そのオーケストラを母体にして、市川交響楽団協会が結成されており、今回はその協会が主催となって行われました。ただし、第436回というのは市川交響楽団さんの定期演奏会の通し番号になっています。
なぜわざわざ千葉県のアマチュアオーケストラを聴きに行ったのかと言えば、演奏される曲に私が興味を持ったから、です。昨年はベートーヴェンの第九を聴きに名古屋まで行っていますし、実はまだブログを立ち上げる前のアマチュア合唱団員だった時代には奈良の大和八木までモーツァルトの戴冠ミサを聴きに行ったことすらあります。そして今回は、モーツァルトのレクイエムでした。
モーツァルトのレクイエムなら特段珍しくはないという意見もあるかと思いますしおっしゃる通りです。しかし、それが珍しい「版」によって演奏されるとなると、話は別です。モーツァルトのレクイエムにはいくつかの「版」があります。それはレクイエムという曲が管制されなかったという経緯に寄ります。このブログでも「ヴァド版」を取り上げています。また、鈴木優人氏の校訂も取り上げたことがあります。
いずれの版も、未完成であるがゆえにジュスマイヤーが補筆したものに対する批判から始まっています。今回の「版」もその延長線上で、オシュトリーガ版と呼ばれるベーレンライターから出版された楽譜です。
今回はこのオシュトリーガ版を含め、以下のプログラムでした。
第1部 希望の歌・キズナの歌
旅立ちの日に
BELIEVE
少年時代
上を向いて歩こう
見上げてごらん夜の星を
混声合唱組曲「心の四」
第2部 モーツァルト レクイエム オシュトリーガ版
このコンサートの合唱団は、行徳混声合唱団と市川混声合唱団が参加されています。2つとも市川交響楽団協会に参加する合唱団です。合唱団単独で行う定期演奏会はないようで、主に合唱祭とこの合唱の集いが発表の機会の様です。にしても、驚いたのはそのレベルの高さです。
第1部は、行徳混声合唱団さんと市川混声合唱団おのおののステージ。トップバッターは行徳混声合唱団さん。合唱曲というよりはよく知られた曲を合唱に編曲したものが並んでいます。「BELIEVE」「旅立ちの日に」は卒業式で歌われることが多い作品(特に「旅立ちの日に」は秩父市立影森中学校の校長先生であった小島登さんが卒業式で子供たちに歌ってほしいと願った詩)で、秋ですがその瞬間は卒業式のような雰囲気に。「少年時代」は井上陽水の名曲。少年時代の夏休みが歌われます。「上を向いて歩こう」「見上げてごらん夜の星を」は坂本九が歌った名曲。「上を向いて歩こう」は、私よりも上の世代の方であれば「六八コンビ」と呼ばれた中村八大と永六輔のコンビによるもの。「見上げてごらん夜の星を」は作詞は永六輔ですが作曲はいずみたく。この二つ、意外と難しい曲で、中村八大がそもそもジャズピアニストだったこともあり、「上を向いて歩こう」はリズムに乗れないとつまらなく聴こえてしまいますし、「見上げてごらん夜の星を」はミュージカル作品が元になっているだけにリズムを意識しつつも情景を歌いあげることが重要な作品です。ですが行徳混声合唱団さん、ハーモニーとアンサンブルが秀逸なうえ、しっかりリズムに乗りスウィングすらしてる!平均年齢は決して若いとは言えないのに、それができるだけのレベルの高さなんです。マヂでロクハチコンビの曲は難しいのに・・・特に、この2曲は坂本九が個性的に歌っている曲なのでその歌唱に引っ張られがちになるのですが、そこをあくまでも混声合唱として歌うことを貫きつつ、原曲が持つリズム感が表現できているのには驚きました。
続く市川混声合唱団さんのステージは、合唱をやった経験がある方なら知らない人はいないと思われる髙田三郎「心の四季」。アンサンブルも素晴らしいですしハーモニーもレベル高いのですが、生命力という点では行徳混声合唱団さんに比べるとなかったかなと思います。決して暗い曲ばかりではないので明るい曲は明るく歌ってもいいとは思うのですが・・・髙田三郎の「精神性」に引っ張られすぎてしまったかなと思います。とはいえ、ここも平均年齢が決して若いとは言えない中で、しっかりと音楽を作ったと思いますとやはりレベルの高さを感じました。
そうなると、後半の「レクイエム」がものすごく楽しみになります。むしろ、サポートする市川交響楽団さんの演奏のほうが気になるところです。その市川交響楽団さんですが、アマチュアとは思えないレベルの高さなんです。市民オーケストラでここまでうまいのか!と驚くばかりです。やせた音なし、アインザッツの乱れ無し、金管の安定、挙げればきりがありません。そして、古楽的な演奏の自然さ。東京に近いせいなのか、実にアマチュアとは思えない演奏でした。しかも、このオシュトリーガ版は、かなり「モーツァルトらしさ」にこだわった校訂がなされています。もう一度どのような改訂なのか、パナムジカさんの頁を挙げておきましょう。
ポイントは以下の3点。
①サンクトゥス冒頭 バスのオクターヴ
②ラクリモーサ
③サンクトゥスの調性
このうち、①は聴いていて自然に聴こえました。そのため、演奏する側も違和感なく演奏していたと思います。おそらく聴いていても聴き取りにくい部分ではないでしょうか。
焦点になるのは、②と③です。これは判断が分かれるところです。今回の演奏は実は千葉初演で日本初演ではありません。実は私の合唱団時代の友人がミューザ川崎でオシュトリーガ版を聞いたとのコメントをSNSでいただいています。その方はやりすぎという印象を持たれたとのことでした。その点においては実は私も同じ印象を持ちました。ですが一方で聴いていてモーツァルトの時代らしさ、あるいはほかのモーツァルトの作品らしさを感じもするのです。この辺りは、他の補筆あるいは校訂に比べますと、私自身は評価している点です。特に唸ったのは、③。ジュスマイヤー版では長調ですがこのオシュトリーガ版では短調。しかしながら、その調性は長調を裏返したような構造。確かにこれはありうると思います。ですが、モーツァルトの時代においてサンクトゥスが短調というのは私自身は聴いたことがないので、これはジュスマイヤー版のままでも良かったかなと思います。そのほか、歌詞が変わっていたり・・・詳しいことは別にエントリを立てたいと思っています。
それだけ癖のある版を、実に自然に演奏していたのが印象的です。オーケストラは勿論、合唱団も違和感なく演奏しているのです。この校訂に対してある程度の経緯と共感を持って演奏しているのがわかりました。その点もまた、レベルの高さを感じました。こんな演奏ができる団体が市川に存在したのかと、驚きを禁じ得ません。
実は、市川交響楽団さんのお名前自体は随分前から存じ上げておりましたが、これほど高いレベルを持つとは思いませんでした。通常とは異なる版を用いても一定の高いレベルをたたき出すという、アマチュアとは思えない演奏・・・市川に住んでいらっしゃる方は幸せですね~。実はこの演奏会、チラシをいただいたのは浦安で聴いたICOLA Remote Choirさんのメサイアに行った時です。その時に参加されていた方もお見受けしました。なるほど、あの演奏にはそれだけ高いレベルの方も参加されていたのか!と思いますと、あの演奏も比較的高いレベルの演奏であったことも納得です。千葉県のアマチュアもレベルが高いことを証明してくださいました。まだまだ自分が知らない団体があり、多くのアマチュアが音楽を楽しんでおり、そのレベルは高いのだと教えてもらったことは、驚きと共に喜びです。今後、市川交響楽団さん単独の演奏会にも足を運びたくなりました。最後の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」も静謐な音楽。来年もこの演奏が聴きたいと思わせてくれました。東京からわざわざ足を運ぶ価値があった演奏でした!
聴いて来たコンサート
市響第436回合唱の集い
曲集「届けこのメッセージ」(希望の歌キズナの歌)より行徳混声合唱団ヴァージョン
BELIEV(作詞作曲:松本竜一 編曲:川西保朗)
旅立ちの日に(作詞:小島登 作曲:坂本浩美 編曲:松井孝夫)
少年時代(作詞:井上陽水 作詞:井上陽水・平井夏美 編曲:今村康)
上を向いて歩こう(作詞:永六輔 作曲:中村八大 編曲:今村康)
見上げてごらん夜の星を(作詞:永六輔 作曲:中村八大 編曲:牧戸太郎)
髙田三郎作曲
混声合唱組曲「心の四季」(作詞:吉野弘)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲
レクイエム ニ短調K626(ミヒャエル・オシュトリーガ補筆版)
アヴェ・ヴェルム・コルプス ニ長調K618(アンコール)
中須美喜(ソプラノ)
富本泰成(アルト・カウンターテナー)
佐藤拓(テノール)
松井永太郎(バス)
渡辺研一郎(ピアノ、行徳混声合唱団)
鈴木珠美(ピアノ、市川混声合唱団)
木村理佐(オルガン)
大津康平指揮
市川交響楽団
令和6(2024)年10月6日、千葉、市川、市川市文化会館大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。