東京の図書館から、今回と次回の2回にわたりまして、小金井市立図書館のライブラリである、リストのハンガリー狂詩曲のアルバムを取り上げます。演奏するのは、ジョルジ・シフラです。
ハンガリー狂詩曲は、フランツ・リストが作曲したピアノ曲集です。19曲からなる作品ですが、2枚組であり今回はその第1集を取り上げます。第1集には第1番から第8番までが収録されています。第2番は特に有名な曲でしょう。
そもそも、このハンガリー狂詩曲はハンガリー民謡を題材にとされていますが、実際にはハンガリーのロマ(ジプシー)の音楽です。それをリストはハンガリー民謡だと勘違いしたのです。たまたまハンガリーにいたロマの音楽を聴いただけであり、今日ではロマの音楽がハンガリー民謡そのものではないことは証明されています。しかし実際はロマの音楽がハンガリーに於いて好まれていることも確かです。
演奏するジョルジ・シフラはハンガリーのピアニストですが、実は首都ブタペストのロマの家に生まれたのです。その点においては、まさにこのハンガリー狂詩曲を弾くのに適したピアニストだとも言えます。
ウィキペディアではヴィルトォーゾとして書かれており、実際にそうだと思います。一方でこのアルバムでは、ロマだからこそのリズム感も感じます。リストが超絶技巧で表現したかったものを掬い取るロマゆえの能力に、自身のヴィルトォーゾが組み合わさった時、単なる超絶技巧ではなく、そこに肥沃な世界が広がっていることに気が付かされます。雄弁に歌い、踊り、狂い、さ迷い、喜ぶ・・・それが混然一体となって、私達聴衆に語り掛けてきます。
ハンガリー狂詩曲は、リストの超絶技巧の代表作と言われることも多いですが、実際にはリストの民族意識のほうが創作の原動力になっています。そしてその音楽にリスト自身が惹かれたということも創作の原動力になっています。そこにリスト自身のピアニズムが合わさった作品です。そのため、個人的には私はこの曲集を弾くにおいては、単に技巧をひけらかすだけでは表現しきれないだろうと思っています。ロマの音楽をどれだけ楽しめるかが根本であり、そのために必要なのが技巧という意識がないと難しいと思います。技巧は表現するための道具にすぎないわけですから。
それが技巧だけを追い求めてしまうと、その技巧に飲み込まれ、挙句の果ては音楽として成立しない、あるいは弾けないということにつながるでしょう。単なるすごい曲で終わってしまうということもあるでしょう。特にシフラのこのハンガリー狂詩曲を聴きますと、技巧は道具に過ぎないことを痛感させられます。自分は何を表現したいのか?そのためにはどんな表現をすればいいのかと追及した結果、超絶技巧にたどり着いたと判断するほうが適切だということです。
シフラのピアノは、リストの芸術の核心を私たちに提示しているように聴こえるのです。
なお、第1番はウィキペディアやピティナでは嬰ハ短調という表記になっていますが、このCDではホ長調という表記になっています。これは序奏の後の主調がホ長調だからで、嬰ハ短調はその序奏の調性です。どちらを採用するかは意見がわかれるところだと思いますが、一応ここではCDの表記に従っていることを付言しておきます。詳しくはピティナのページを参照ください。
聴いている音源
フランツ・リスト作曲
ハンガリー狂詩曲
第1番ホ長調
第2番嬰ハ短調
第3番変ロ長調
第4番変ホ長調
第5番ホ短調
第6番変ニ長調
第7番ニ短調
第8番嬰ヘ短調「カプリチオ」
ジョルジ・シフラ(ピアノ)
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