かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:アダム・フィッシャー指揮デンマーク室内管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集6

今月のお買いもの、令和4(2022)年1月に購入したものをご紹介しています。e-onkyoネットストアにて購入しました、アダム・フィッシャー指揮デンマーク室内管弦楽団によるベートーヴェン交響曲全集、今回はその第6回。交響曲第6番「田園」を取り上げます。

これもまた引き締まったうえに生命力あふれる演奏。上手に表情をつけているなあと思います。一歩間違えれば単に奇異に映るだけですから。それがないのがこの演奏のすばらしさです。

この「表情付け」は、ネット上ではネガティヴな意見も見られますが、室内オケによる演奏というものは、技量や工夫を楽しむものでもあります。まだまだ「時代」というものがわかっていない人が多いのだなあと思います。

21世紀という時代は、拡大してきたオーケストラというものが今度は収縮していく時代です。もっと言えば、室内オケも巨大なオケもどちらも両立し、聴衆が選ぶ時代です。そもそも、巨大なオーケストラが存在できるだけの資金を持つ都市がもはやヨーロッパには少なくなっていますし、それはアメリカでも同様です。いまそれに代わるのはアジアで、しかも韓国や中国、台湾という国と地域になっています。日本ですらすでにヨーロッパに近い状況になっています。

特にクラシックファンの中には、その状況がなかなか受け入れられない人も多いかと思いますが、オーケストラは金がかかる芸術です。お金があるところで巨大なオーケストラは維持されます。しかも日本のオーケストラの場合、そのほとんどが民間です。企業業績などを考えると先行きはそう簡単ではありません。となると、巨大なオーケストラがどこまで維持されるかわからない時代に突入している、ということを意味します。

幾つかのオーケストラは室内オケとして再出発、ということだって当然あり得ることです。こういう室内オケの演奏にどんどん触れておくことは、私たち自身の「耳」を育てることに寄与します。

こういう室内オケで聴くベートーヴェン交響曲は、そのどれも室内オケであってもそん色のない演奏を楽しむことができますし、また、ベートーヴェンの時代の編成とはいかに小さかったのかも、感じることができます。

もちろんこれは大編成の否定ではありません。一方で大編成への批判ではあります。でもそれは表現するオーケストラ、あるいは指揮者の立場であって、私たちは室内オケを聴いたからと言って大編成を否定する必要もないわけなので、好きな方を楽しめばいいわけです。私などは大編成も室内オケも好みますので、いい演奏であればどちらでもいいというスタンスです。

それでも、もはや21世紀においては、ベートーヴェン交響曲は室内オケでの演奏でも十分である、と言えるでしょう。その点では、この演奏はまさにベートーヴェン交響曲をさらに未来へつなげる演奏であると言えるでしょう。

 


聴いているハイレゾ
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
アダム・フィッシャー指揮
デンマーク室内管弦楽団
(Naxos 96kHz/24bit)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。