かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ 作品集10

今月のお買いもの、平成28年1月に購入したものをご紹介しています。シリーズでディスクユニオン新宿クラシック館にて購入しました、カール・フィリップエマヌエル・バッハの作品集を取り上げていますが、今回はその第10集を取り上げます。

このボックスの最後を飾る作品が、受難カンタータ「救世主の最後の受難」Wq233であることは前回語りました。この第10集はその後半部分が収録されています。

後半である第2部では、バロック的な音楽も散見されますが、最後は多感様式でバシッと占めてくれます。ただ、全体を通じてドラマティックではないんです。救世主であるキリストの受難を、淡々と語っていきます。

ですが、通底しているのは前回も述べていますが、所謂「かっこいいイエス」です。人類の原罪のために死んで行くイエス。それがテーマとなっています。それが重々しくなく、むしろ明るい曲で占められているのが最大の特徴であると言えるでしょう。

つまり、キリスト教徒からすれば、それは喜びであるわけですね。ですからことさらドラマティックにするのではなく、淡々と明るい曲で語っていくという構成を採るわけです。ここを理解しないと、この曲何?となってしまいます。

演奏面を今回は中心に語りますが、そんな淡々と救世主の受難を語っていくという構成である訳なのですが、実際にはソリストは以外にも感情が入っていたりします。オケは淡々と演奏しており、この作品の特徴を見事に表現していますが、声楽は言葉があることから、実際には感情がこもっているアリアが散見されます。

合唱はそれほど感情がこもっているわけではありませんが、のびやかな発声は時として若干感情的になっている部分もあり、「情熱と冷静の間」を採ろうと必死なのが分かります。言葉というものにはそういう力があるのですね。

日本語で、「言霊」という言葉があるように、歌詞には隠されたエネルギーがあります。こういった淡々と語る作品でも、ソリストや合唱団がつい感情が入ってしまう(それはいけないことではないんですが)ものなのです。いわんや、第九をや、なのです。

こういった宗教作品、とくにこのような淡々とした作品を聴くのが避けられる昨今なのですが、なぜ第九は演奏が難しいのかを、この演奏は見事に教えてくれます。第九なんて簡単だろ、第九なんて構成があれだからなあ・・・・・まあ、どんな評価をしても自由なのですが、ではなぜアマチュアは第九がへたくそなのでしょうか。特に、合唱はなぜ感情に引きずられるのでしょうか。それはこういった宗教作品を聴きますと、その理由の一端が理解できるのです。

そこから演奏者への理解だったり、共感だったりが始まり、なるほど〜、だからここで躓くんだな、だとかが分かってきますと、評論家がダメという演奏は本当に駄目なのか?と自分で考え始めます。この表現にはこういったメッセージが込められていないのか、などと考えれば、ただ有名な評論家が言ったからというい理由だけで聴くことは少なくなり、自分なりのぶれない基準ができるので、様々なメッセージを受け取ることができるようになるのです。

さすがこの評論家は素晴らしいと感じることもあれば、いや、それは違うでしょと感じる、判断する部分だって出てくるはずです。例えば、わたしもこのブログでは宇野功芳さんを評価もし、批判もしています。また、その御弟子さんを、宇野さんのメッセージを受け取ったからこそ批判したこと(今月のお買いもの:宇野功芳が振る「第九」http://yaplog.jp/yk6974/archive/897)もあります。それはこういった宗教作品を私が聴いてきたからにほかなりませんし、その上で、自分が実際に歌ってきた経験があるからなのです。

この演奏はオケがラ・プティット・バンドですし、ですから指揮はシギスヴァルト・クイケンで、合唱はコレギウム・ヴォカーレ・ヘント。ソリスト古楽演奏では名の知れたベテランぞろい。下手な演奏になる訳がありません。一見すると退屈とも見える作品が生き生きと演奏されているのは爽快です。また、時代をはっきりと感じさせてもくれます。モーツァルトの初期のミサ曲のようでもあり、ヨハン・セバスティアン・バッハのようでもあるこの作品はゆえにともすれば中途半端な作品と受け取られかねないのですが、それをはっきりと「これはカール・フィリップの作品である」と高らかに宣言しているように聞き取れるのです。

それは多感様式とバロック的な部分のみごとな融合です。まねではなく新しい時代の様式を念頭に置きながら、古きを融合させていくその手法は見事ですが、その点を曇りなくはっきりと表現しているところにその宣言を感じます。さすがオーソリティクイケンであると思います。ただ、それはクイケンだけではなく、オケ、そして合唱団も同じであると言えるでしょう。

盛りあがりがないからつまらん・・・・・まあ、そういわないで、一度聴いてみて下さいませ。クイケンのみごとな指揮に、唸るはずです。特に音楽史を十分に知っているひとであるならば。




聴いているCD
カール・フィリップエマヌエル・バッハ作曲
受難カンタータ「救世主の最後の受難」Wq233第2部
バーバラ・シュリック(ソプラノ)
グレタ・デ・レイガーレ(アルト)
カタリーネ・パトリアズ(アルト)
クリストフ・プレーガルディエン(テノール
マックス・ファン・エグモント(バス)
コレギウム・ヴォカーレ・ヘント
シギスヴァルト・クイケン指揮
ラ・プティット・バンド
(deutsche harmnia mundi 88843021622-10)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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