東京の図書館から、78回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、テルデックレーベルから出版された、古楽演奏によるバッハのカンタータ全集、今回は第48集を取り上げます。CDでは第26集となっていますがここでは図書館の通番に従っています。収録曲は、第103番、第104番、第105番、第106番の4つです。
この全集は指揮者2名体制で、ニコラウス・アーノンクールとグスタフ・レオンハルトの2人です。この第48集はその二人が指揮をしており、そのためオーケストラもウィーン・コンツェントゥス・ムジクスとレオンハルト合奏団の2つですし、合唱団もテルツ少年合唱団とハノーヴァー少年合唱団、そしてコレギウム・ヴォカーレが参加しています。特に今回、このコレギウム・ヴォカーレが重要な役割を果たしているのです。そして、ソリストには両少年合唱団のボーイ・ソプラノだけでなく、なんとボーイ・アルトまで参加と言う、意欲的なアルバムとなっているのが特徴です。
①カンタータ第103番「汝らは泣き叫び」BWV103
カンタータ第103番は、1725年4月22日に初演された、復活節後第3日曜日用のカンタータです。
この第103番はレオンハルトの指揮、レオンハルト合奏団にハノーヴァー少年合唱団、コレギウム・ヴォカーレとなっています。本来ならコレギウム・ヴォカーレは主に男声を務めているはずですが、何と、合唱の中に明かに大人の女声が聴こえて来るではありませんか!そのうえで、少年の声も聴こえてきます。これは驚きです。本来女声を務めるはずの少年合唱だけでなく、コレギウム・ヴォカーレの女声も入れているのです。しかも、それぞれ別に歌わせたり、一緒だったりしています。
ここでコレギウム・ヴォカーレの女声を入れた理由は判りません。もしかするとそれ以前にもコレギウム・ヴォカーレの女声が入っていたのかもしれませんが、聴こえてきたような記憶がありません。そのため、個人的にはこの演奏で初めて入ったのではないかと想像しています。台本は女流詩人のツィーグラーなのでそれが理由かと思ってしまいますが、個人的にはそれは理由としては弱いと思っています。きっかけの一つかもしれませんが・・・それは改めて第106番で述べます。
ただ、この第103番にはソプラノ・アリアがありません。そのあたり、大人の声があっても差し支えないとの判断だったのかもしれません。バッハ・コレギウム・ジャパンを聴きなれている私にとっては当たり前だとは言えますが、とはいえここまで少年合唱が主体だったことを考えると、驚きを隠せません。とはいえ、そのアンサンブルは極めて自然で、まるで一つの合唱団のよう。その意味では、ハノーヴァー少年合唱団の実力の高さが浮かび上がる演奏だとも言えるでしょう。
②カンタータ第104番「イスラエルの牧者よ、耳を傾けたまえ」BWV104
カンタータ第104番は、1724年4月23日に初演された、復活節後第9日曜日用のカンタータです。
この第104番と、続く第105番はアーノンクール指揮のウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、そしてテルツ少年合唱団が演奏を務めています。簡素ですが、この第104番においてはソリストは男声パートしかありません。そこに響く合唱は少年合唱。それを考えると、まさに男声のみの音楽ということになるのですが、そこに響くのはパストラーレの音楽。その意味を考えてここはアーノンクールの指揮にしたと考えるのは私だけなのでしょうか。勿論ソリストは二人とも素晴らしいですし演奏は文句のつけようもないですが、ここでもバロック時代の残滓というものを追い求める姿勢が見て取れると共に、単に学究的に済ませるのではなくその当時を再現しつつ表現を追及するという姿勢が強く出ていると感じます。特に、パストラーレの音楽であるバスアリアは、この第104番の中でも大きいヴォリュームを占める曲で、終結コラールを含めて、テーマを総括しているとも言えます。その意味でも、ここはアーノンクールだったのかなと個人的には感じています。
それを考えると、本当に合唱団に普通に女性がいるバッハ・コレギウム・ジャパンって、意欲的な団体なんだなと思わざるを得ないんですよね。この幸せ、そしてすごさを、日本のクラシックファンはどれだけ感じているんだろうって思います・・・
③カンタータ第105番「主よ、汝の下僕の審きにかかずらいたもうなかれ」BWV105
カンタータ第105番は、1723年7月25日に初演された、三位一体節後第9日曜日用のカンタータです。
ヴォリュームとしては、冒頭コラール合唱、第3曲のソプラノアリア、そして第5曲のバスアリアとなっています。そこでこのカンタータのテーマが強く打ち出されているわけなんですが、その一つのソプラノアリアで、ついにテルツ少年合唱団のボーイ・ソプラノ、ヴィルヘルム・ヴィードル君が登場!冒頭の「Wie zittern und wanken」は多少歌いにくそうにも聴こえますが、歌詞の内容を考えますとむしろそれが適切のようにすら感じられるのです。そして、もう一つのヴォリュームである第5曲のテノールアリアは、モダン楽器だと強めの演奏になることもありますが、ここではつぶやきのような歌唱から段々盛り上がって、決然となっていく過程として表現されています。そのあたりはさすが大人のテノール。表現力が豊かです。このコントラスト、そして豊かな表現を実現するためにはむしろ大人の女声ではなく少年合唱という選択となったため、アーノンクールの指揮となった可能性はあると思います。その意味でも、この演奏でも大人の女性が普通に入っているバッハ・コレギウム・ジャパンのレベルの高さを感じざるを得ないんです。もう一度バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏を聴きたくなるんです、アーノンクールの指揮は。
④カンタータ第106番「神の時こそ いと良き時」BWV106
カンタータ第106番は、1707年もしくは1708年に初演されたカンタータです。正確な日付がわかっていないため用途は不明ですが、通説としては葬儀用と言われています。確かに、歌詞を見ますと死と現世における欲がテーマとなっていることから、葬儀用と推測するのは適切だと思います。
この第106番の演奏は、レオンハルトの指揮なので、レオンハルト合奏団にハノーヴァー少年合唱団、そしてコレギウム・ヴォカーレとなっています。特にコレギウム・ヴォカーレの女声がここでは第103番よりもはっきりと聴こえます。まるで葬儀の時に集まっている老若男女の声が聞こえるかのようです。そのためにコレギウム・ヴォカーレの女声が必要だったと考えるほうが自然なように思うのです。さらに、台本作者は不明ですが、テキストはヨハン・オレアーリウスの「キリスト教の祈りの学校」に基づくもので、その作者は男性なので、そうなると第103番の台本作者が女性だからというのは理由として弱いということなんです。とはいえ、第103番の台本作者が女性というのも理由の一つとは思いますが、それだけではないとはっきり言えるわけです。むしろ歌詞の内容など、総合的に勘案してというほうが理由として適切だと考えるものです。
とはいえ、ここではそのコレギウム・ヴォカーレの女声が本当に目立つんです。レオンハルトはコレギウム・ヴォカーレを単独で歌わせてもいます。そこに響くボーイ・ソプラノのマルクス・クライン君の声は、大人の声の中で純潔を示すものとして暗示されているように聴こえます。一方、第3曲aのアルト・アリアは何と!ハノーヴァー少年合唱団のボーイアルト、ラファエル・ハルテン君。大人の女声かと間違うくらいの表現力。第3曲cでは、大人のバスに、コラール合唱は一転してハノーヴァー少年合唱団のみ。それがまた少年合唱の純潔に大人のバスが天国を待ち望む声というコントラストが見事。そして大人も入った混声合唱による終結コラールの大円団。これを考慮しても、そもそもタレントぞろいで表現力のあるハノーヴァー少年合唱団を使いつつも、コレギウム・ヴォカーレの女声が入るということは、それが表現の幅をさらに広げるために必要だったとしか考えられないわけなんです。
ここで比較するのは、バッハ・コレギウム・ジャパンの演奏です。大人の女声が歌っており少年合唱は一切入っていないのに、この演奏とそん色ないレベルをたたき出していることを鑑みると、如何にバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏は批判がある一方でレベルが高いか、意欲的だったかがわかるんです。これはある意味、日本人だからこそ可能だとも言えるわけなんですが、そのすごさって、本当に私たちは理解しているのかと、反芻せざるを得ないのです。
聴いている音源
カンタータ第103番「汝らは泣き叫び」BWV103
カンタータ第104番「イスラエルの牧者よ、耳を傾けたまえ」BWV104
カンタータ第105番「主よ、汝の下僕の審きにかかずらいたもうなかれ」BWV105
カンタータ第106番「神の時こそ いと良き時」BWV106
ヴィルヘルム・ヴィードル(ソプラノ、テルツ少年合唱団員、BWV105)
マルクス・クライン(ソプラノ、ハノーヴァー少年合唱団員、BWV106)
ラファエル・ハルテン(アルト、ハノーヴァー少年合唱団員、BWV106)
ポール・エスウッド(アルト、BWV103・105)
クルト・エクヴィールツ(テノール、BWV103・104・105)
マーリウス・アルテナ(テノール、BWV106)
フィリップ・フッテンロッハー(バス、BWV104)
リュート・ヴァン・デル・メール(バス、BWV105)
マックス・ヴァン・エグモント(バス、BWV103・106)
ハノーヴァー少年合唱団(BWV103・106、合唱指揮:ハインツ・ヘニッヒ)
コレギウム・ヴォカーレ(BWV103・106、合唱指揮;フィリップ・ヘレヴェッヘ)
テルツ少年合唱団(BWV104・105、合唱指揮:ゲールハルト・シュミットガーデン)
グスタフ・レオンハルト指揮、通奏低音オルガン
レオンハルト合奏団(BWV103・106)
ニコラウス・アーノンクール指揮、通奏低音チェロ
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(BWV104・105)
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。