東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、ベルリオーズの管弦楽作品を収録したアルバムをご紹介します。指揮はアンドレ・プレヴィン、演奏はロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団です。
イギリスの指揮者とオーケストラという組み合わせで、演奏するのがフランス物・・・ワクワクしか感じられません!それゆえに借りた一枚です。そして、その期待通りの演奏をしてくれています。生命力と躍動感満載!
さらに注目なのは、その収録曲なのです。序曲「海賊」と幻想交響曲です。
幻想交響曲はベルリオーズを代表する管弦楽曲と言っていいでしょう。ベルリオーズの若い頃の経験を基に作曲されたいわば交響詩とも言うべき作品です。
一方、「海賊」はと言えば、海なのでなんで?と思われると思いますが、実は人間模様を描いた作品なのです。下記ウィキペディアを読んだだけだとわかりにくいのですが・・・
そもそも、バイロンの詩に基づいていると書かれているだけなので、海に関する作品だと思いがちです。しかし、「バイロン 海賊」で検索すると、その詩を収録した本のサイトが幾つかヒットします。ここでは岩波書店のサイトをご紹介しておきましょう。
「情熱の詩人バイロン(1788‐1824)の恋愛観、女性観、人間観をもっともよく表わし、その後の彼の作品の基調をなした叙事詩」とあります。ざっくり言えば、恋愛人間模様です。
となると、このアルバムには一つのテーマがあることに気が付きます。そう、人が恋したらどんなことになるかを表現した二つの作品の聴き比べ、ということです。
勿論、バイロンがイギリスの作曲家であるということもあるかとは思います。ですが幻想交響曲では、むしろイギリスと言うよりはアイルランドなので・・・広くイギリスとも言えなくもないですが、アイルランドとイギリスは、北アイルランドを巡って歴史的には対立して来た経緯もありますからちょっとセンシティヴだと思います。ただ、もしかするとという側面はあるかもしれませんが、ここではそこまでは言えないかなと思っています。なので、私としては、二つの作品が恋愛をベースにしているからということにしておきたいと思います。それ以外については、もう編集者やプレヴィンに聴かない限り断定できないでしょう。
まず、「海賊」で楽しい恋愛模様を描いておきながら、しかし失恋は・・・という対比をさせている点でも興味深く考えさせる曲で占められていると思います。どちらも生命力があり躍動感ある演奏に満ちていますが、ゆえに恋愛の楽しさと苦しさという2面性を私たちに問いかけるものになっています。
私も恋した経験がありますので、甘く甘美な側面と、失恋して落ちに落ちる側面も知っています。それが恋というものだと。しかも、「幻想交響曲」の場合、断頭台へに登る幻想まで見てしまう・・・
いや、それは不健全だという意見もあると思いますし、その側面もあります。しかし同時に、人間というものはそういうものだとも言えましょう。恋は人を盲目にするという言葉もありますが、まさに二つの作品は、人間が恋するということはどういうものかを描いた作品だと言えましょう。そしてそれは普遍的なものでもあります。
そんな矮小なことではなく、天下国家のことを表現すべきだ!という意見がネットを中心に右でも左でも見受けられますが、それだけが人間の所業ではないと私ははっきりと断言します。実際、ロマン派においては、こういった恋模様が表現される一方で、国民楽派のように民族をテーマにした作品もあります。その二つとも、人間の所業です。
私は大学の専門が日本史でしたが、歴史には様々な分野があります。どの「歴史」を専門にするかは、学士論文を書くにしても考えねばならないことなのです。特に私が卒業した中央大学文学部史学科においてはゼミがあるので、余計教授からはその視点を持つように指導されます。私は古代日本政治史でしたが、勿論社会史を選択する学生もいましたし、近代史や近世史の教授からは定量調査による経済史も面白いとの指摘も受けています。東大史料編纂所の山本教授が来られた時は本当に刺激になりました。また文学科だと、文学史を専攻する学生もいて、史学科だけでなく文学科でも歴史を取り扱って卒業論文を書いている学生もいました。
私自身は学生時代そういう環境で勉学に励んでいましたので、恋模様を矮小化することに違和感を禁じ得ません。プレヴィンも同じような視点を持っているように感じますし、このアルバムを編集した人も同じ視点を持っていたはずだと確信しています。そしてその視点に自信を持っていたと考えてよさそうです。そうでないと、オーケストラにこれだけの生き生きとした演奏を求めることはないはずですし、そもそも「海賊」と「幻想交響曲」を並べるという選択をしないはずです。別に「海賊」以外の演奏会序曲でいいはずです。
それを、わざわざ「海賊」をカップリングさせ、かつまさに演奏会用の序曲としてカップリングさせているところから推測すれば、人間のやることはすべて表現の対象であるという視点があるはずです。これは特に人文科学においては重要な視点で、欠かすことができません。
こういった芸術を聴いていない人が安易に矮小化すると、人間社会がますます行きづらいものになってしまいかねないと、私は強烈に危惧しています。学校教育においても、このような文学や歴史がどんどん教えられたうえで科学技術に興味を持つ生徒や学生が増えてくれることを希望します。図書館はワンダーランド。このような音源を持っている図書館もあるわけなのです。生徒の趣向だけでライブラリを揃えてほしくないですね。
聴いている音源
エクトル・ベルリオーズ作曲
序曲「海賊」作品21
幻想交響曲作品14
アンドレ・プレヴィン指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
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