東京の図書館から、4回シリーズで取り上げております、小金井市立図書館のライブラリである、グレン・グールドが弾くモーツァルトのピアノ・ソナタ全集、今回はその第4回。第15番~第17番と他3曲を収録しています。
さて、番号順と言っていますが、その番号は旧モーツァルト全集にならってのものです。あれ?それなら第18番まであるはずですよね?という、ア・ナ・タ。おっしゃる通りです。しかし一方でこの全集は新全集に倣っている部分もあるのが面白い点で、実はこの第4集の第1曲には、旧全集では第18番であるK.533/494が選択されているのです。
このK.533/494は、現在一つの作品になっていますが楽章ごとで成立年代が異なり、2年のずれがあります。そもそもは第3楽章であるK.494が1786年に成立し、第1楽章と第2楽章であるK.533が1788年に成立しています。K.494は元々はロンド第2番ヘ長調として成立しましたが、のちにピアノ・ソナタに改められたということになります。ある意味、モーツァルトはこのピアノ・ソナタを作曲した時にK.494を第3楽章に転用したと考えていいでしょう。
この全集ではこの作品に第18番という番号を振っていません。これをどうとらえるべきでしょうか。このアルバムが録音されたのは1967~74年です。この時期、実は新モーツァルト全集の編纂が開始されていました。しかしまだ完成には至っておらず、基本的には旧全集を参照せねばなりませんでした。しかし学問とは面白いところで、どやら新しい知見が加えられそうだとなると、それではそれで考えてみようかということをする人も出て来るものなのです。しかも、エビデンスもはっきりしているみたいだよ?となればなおさらです。日本史でもそのような形で書き換えられることはよくあります。発掘しないと分からないこともありますが、新しい史料が出てきたことでまるっきり変わるということも結構あります。
つまり、この録音がなされたとき、あるいは編集作業を行った時、どうやら新全集で番号が振られるのが変わりそうだという情報がすでに入っていたと考えていいでしょう。そうじゃないとこういう「冒険」をするはずはありません。そのため、この作品にあえて番号を振らないという判断をしたのだと思います。ちなみに、新全集では第15番が付番されました。
2曲目が第15番でそこからは第16番、第17番と続き、この3つに関してもスコアリーディングの上で個性的な演奏をしています。特に有名な第15番(新全集では第16番)第1楽章はモーツァルトのピアノ曲と言えばこれと言われる曲ですがこれもテンポが多少変わっていて少し速め。確かにアレグロですから決して間違っていないわけです。このアレグロという指示もいろんな取り方がありますが私自身はグールドの解釈を採用する立場です。
最後の二つは幻想曲ですが、あくまでも何かの楽章という曲です。「モーツァルト事典」やウィキペディア、ピティナであってもその解釈は変わっておらず、特に最後の曲である「K.475」はまさに本来はピアノ・ソナタの第2楽章なのではないかという判断です。特に、第14番との関係性が言われますが、もしかすると本来第14番の第2楽章などにする予定だったのかもしれません。
ちょうどこの第14番~第17番と言ったソナタが書かれた時期は、モーツァルトの最後の交響曲などが書かれた時期に相当し、このK.475も陰影に差があることで深みを持つ作品になっています。第14番が数少ない短調であることを考えた時、私の中にはもしかすると・・・という想いが消えませんし、ゆえに第14番と一緒に演奏されることが多いのだと思いますが、グールドはその第14番と一緒に演奏せず、最後のカップリングの形で言わば添えています。しかしこの演奏からは不思議に鼻歌が聴こえてこず、荘厳な趣を持って演奏しているsさまが聴き取れます。どこかこの曲にモーツァルトの魂を掬い取るかのように・・・
こう、グールドによるすべてのモーツァルトのピアノ・ソナタの演奏を聴いてきますと、やはりグールドという作曲家は表面的で断片的な情報で判断するべき演奏家ではないと認識させられます。こういった演奏に出会えることが、私にとって幸せなのです。そんな演奏を図書館で借りてこれる・・・この日本人に生まれた幸せは、噛みしめるべきと思っています。
聴いている音源
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲
ピアノ・ソナタヘ長調(ロンド付き)K.533/K.494
ピアノ・ソナタ第15番ハ長調K.545
ピアノ・ソナタ第16番変ロ長調K.570
ピアノ・ソナタ第17番ニ長調K.576
幻想曲ニ短調K.397
幻想曲ハ短調K.475
グレン・グールド(ピアノ)
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