東京の図書館から、62回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘルムート・リリンク指揮シュトゥットガルト・バッハ合奏団他による、バッハのカンタータ全集、今回は第58集を取り上げます。収録曲は、第36番、第177番の2つです。
①カンタータ第36番「喜び勇みて羽ばたき昇れ」BWV36
カンタータ第36番は、1725~1730年に成立したとされる、待降節第1日曜日用のカンタータです。ただ、この第58集はすでに1731年頃の作品が収録されるはずです。実は改稿が1731年に行われ、12月2日に演奏されており、リリンクはそちらを採用しています。
元々は世俗カンタータ(BWV36c)であり、それをパロディとしたものです。世俗カンタータとしても幾度か使われ、教会カンタータへとパロディされても幾度か改訂があったようです。そのため正確な成立年が分からず、記録がはっきり残っている1731年12月2日という時点を、リリンクは採用したと考えられます。まあ、ある意味長男フリーデマンの生活苦の影響を受けたと言ってもいいでしょう(フリーデマンは父の死後教会カンタータの楽譜を受け継ぎましたが、生活苦から売り払ったものがあるため)。
ちょうど、世俗カンタータの曲風が、1731年12月2日当日の聖句に合っていたということで転用されたようです。そのことを踏まえてか、歌唱も伸びやかかつ喜びに満ちたものが多いのが特徴です。そのうえで、曲ごとに表現を変え、そもそもこの曲にはいろんな「顔」があり、それが総合して一つの世界を構成していることが明白なようになっています。この辺りが、リリンクの手腕の高さです。
②カンタータ第177番「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV177
カンタータ第177番は、1732年7月6日に初演された、三位一体節後第4日曜日用のカンタータです。前作から一気に半年以上が過ぎたことになります。
すでに教会歴にそった作品が殆どそろっていることに加え、市参事会との折り合いが悪いということも、インターバルが空いた理由ではないかと想像されます。言い方を変えれば、市参事会との折り合いが悪いため「もう教会歴にそってほとんど作っているし、多少サボタージュしてもいいだろう、カンタータの演奏さえすれば最低限の義務は果たせる」という考えだった可能性が高いと言えましょう。となれば、やはり政治的というよりは、金払いという側面で折り合いが悪かったと考えるのが自然かなと、個人的には考えます。
そんな中で久しぶりに生み出されたのが、この第177番だったということになります。その新作は、なんと全曲コラール。つまり、コラールカンタータなんです。1724年のプロジェクトはすでに終わっていますが、教会歴に沿ってすべて作曲したわけではありません。そのため、ちょうど「義務」を果たすという側面から、この第177番を作曲したと考えて差し支えないでしょう。この「義務」とは、新作を作ること、そして以前のプロジェクトで果たせなかったコラール・カンタータを揃えるという、二つの意味合いがあると言えましょう。
それですんだのかと言えば、その後もトーマス・カントルの役職についているので、済んだと言えるでしょう。勿論まだまだいろいろあったとは思いますが・・・ライプツィヒにおけるバッハの仕事は、何も演奏や新作を作るだけではないので。その意味ではまだまだ忙しかったとも言えます。そんな中で、仮に支払いが低かったりしたら・・・そりゃあ、文句の一つも言いたくなるのが人情ですよね。この時期新作のカンタータが少ないのは、ある意味バッハの抵抗の証拠だったとも言えるのではないでしょうか。労働運動でも似たような戦術がありますが、すでにバッハは行っていたと考えていいでしょう。その意味では、バッハのカンタータはブルジョワの音楽だ!と左翼の方も決めつけずに、真摯に耳を傾けてほしいものです。現代ならば、NHKの「新プロジェクトX 挑戦者たち」で取り上げられてもよさそうな経緯ですし。そもそも、バッハはバロック時代の巨匠でありますが、同時に改革者でもありました。市参事会との折り合いが悪いのは、そのバッハの音楽にもあったと考えるのが自然だと個人的には考えます。当然そこには金が絡みます。協奏曲がすでに古典派に似た様式を持っていることが、その証左です。さらにその先進的な様式は、外国であるイタリアから流入したと考えれば、ますますですね。現代でも似たようなことは音楽にかぎらずあちらこちらで起こっております。
内容が、祈りという衣をまとった綸旨であることから、演奏は感情がこもっている部分が多いのですが、一方で抑制も効いており、特に第2曲では思わず泣きそうになります。この辺り、本当に内容をよくわかったうえでの歌唱だなあと思います。勿論プロですから当たり前とは言えますが、何がプロの仕事なのかを知ると余計に感動します。おそらくですが、上記で私が推測し考えたことくらいは、リリンクも思いを巡らせたのではないかと思いますし、ソリストにもそれを要求した可能性が高いです。勿論合唱団にもです。主力が聖歌隊というのは、まさにこの内容をどれだけ理解できるか、そのうえで指示を受けて表現できるかという観点から採用されていると感じます。その意味では、ソリストだけでなく合唱団も、この全集では聴きどころ満載だと思います。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第36番「喜び勇みて羽ばたき昇れ」BWV36
カンタータ第177番「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV177
アーリン・オジェー(ソプラノ、第177番)
ユリア・ハマリ(アルト、第177番)
ペーター・シュライヤー(テノール、第177番)
ゲッヒンゲン聖歌隊
フランクフルト聖歌隊
インディアナ大学室内合唱団
シュトゥットガルト記念教会合唱団
ヘルムート・リリンク指揮
シュトゥットガルト・バッハ合奏団
ヴュルッテンベルク室内管弦楽団
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