かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:リリンクとシュトゥットガルト・バッハ合奏団によるバッハカンタータ全集22

東京の図書館から、62回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘルムート・リリンク指揮シュトゥットガルト・バッハ合奏団他による、バッハのカンタータ全集、今回は第22集を取り上げます。収録されているのは第73番、第81番、第83番、第144番の4つです。いずれもライプツィヒ時代の1724年に作曲され、初演されました。

カンタータ第73番「主よ、御心のままにわが身の上になし給え」BWV73
カンタータ第73番は、1724年1月23日に初演されました。顕現後第3日曜日用のカンタータです。その後1748年と1749年にも改訂の上演奏されています。

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全体的には暗い曲ですが、それは会衆の不安を表わし、神によって守られているというテクストであるからです。祈りであると同時に、その祈りは皆さま自身のことですと、表現しているわけなのです。こういうテクストはうまいなあと思います。

例えば、鉄道解説系YouTuber鐡坊主さんのところでも、地方ローカル線の存廃において、自分事と地方自治体は考えないという不平不満が廃止論者に多いのですが、それはこの第73番での問いかけをするような機会が、現代日本にはほとんどないことが理由ですので、言っても意味ないことなのですよね。ならばこの機会をそのような機会にすることが大事なのでは?と思うわけなのです。法律を読むと、実は地方公共交通再生に関する法律は自分事と考えるようにというテクストで貫かれています。いずれにしても、地方自治体はいつかは自分事と考えざるを得ないのではないでしょうか・・・それは、国の役所である国土交通省も一緒ではありますが・・・トラック乗務員の不足を考えれば、鉄道貨物輸送もある程度は増やさざるを得ませんし。

その意味では、第73番だけではないですが、バッハのカンタータは、現代日本でも顧みられるべき普遍性を持っている作品だと言えるでしょう。リリンクはそのあたりの「不安」と「希望」のコントラストを浮かび上がらせるために、モダン楽器を効果的に使い、かつ声楽を邪魔していません。この辺りはマイクの数なのか実際の演奏でコントロールしているのかは分からないのですが、いずれにしても、バランスよく演奏させています。モダン楽器を知り尽くした演奏です。この演奏を聴いても、モダン楽器だからよくて古楽はダメというわけではないと痛感します。どちらであっても、音楽の意味するところと楽器との関係をどれだけ理解しているかにつきます。

カンタータ第81番「イエスは眠り給う、わが望みはいずこにありや」BWV81
カンタータ第81番は、1724年1月30日に初演されました、顕現後第4日曜日用のカンタータです。第73番の翌週ということになります。

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この曲も暗い曲で、喜びと平安は厳しい道を通ることもある、という内容です。この曲も、バッハのカンタータが祈りというよりは、会衆に考えさせる作品だと言えるのですが・・・ネットを見回しますと、結構違う表現をしているのを見かけます。それをうのみにしない方がいいと思います。その「祈り」というのはあくまでも主観であると割り切るほうがいいと思います。その主観をすること自体はいいのですが、それを持って「バッハのカンタータは祈りの音楽である」と理解してしまうと本質を見誤ります。

同じキリスト教でも、カンタータプロテスタントの音楽なので、カトリックとは対立する要素を持っています。故にそれこそ祈りの音楽が多いカトリックの作品とは一線を画しています。それを一緒にして「カンタータは祈りの音楽だ」としてしまうと、プロテスタントのひとからすればとんでもないことになってしまうんですね。例えば、鎌倉新仏教である浄土真宗と、平安時代以来の真言宗とを一緒にしてしまうと、双方のお坊さんから「それは違う」と言われかねないのといっしょです。江戸幕府の政策によって現在はどちらも庶民的にはなっていますが、そもそもは全く異なるアプローチだったので・・・ただ、人を救うという意味において目的は一緒。これはキリスト教でも同じであって、どこが同じでどこが違うのかをしっかりと理解することは大事だと思います。それが分からないうちは「あくまでも主観ですが」という一文を入れるほうがいいと思います。

リリンクはここでも、その歌詞を重視するために、モダン楽器を使っていることで楽器と声楽とのバランスを考え抜いています。特に発声はビブラートをかけたものになっているのが特徴で、ある意味オペラティックな歌唱もみうけられます。それは楽器がモダンだからということもあるでしょう。この辺りが、古楽とモダンの違いであり、その違いを楽しむのも、クラシック音楽の醍醐味だと私は考えます。

カンタータ第83番「喜び満ちし新しき契約の時」BWV83
カンタータ第83番は、1724年2月2日に初演された、マリアの潔めの祝日用のカンタータです。

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あれ?前作第81番とわずか3日しかないですよ?という、ア・ナ・タ。おっしゃる通りです。じつは、暦の上では、1月30日が顕現後第4日曜日になることは稀で、通常は第3日曜日の後にマリアの潔めの祝日がやってくる、というわけです。なのでこの間隔はしょうがなかったと言えるでしょう。そこから遡れば、前年1723年に必ずしも新しいカンタータがそろっていないことも、理解できるのではないでしょうか。今でいう働き方改革ではないですが、あまりも忙しすぎて、新作を用意するだけの時間がなかったため、その時は旧作及び他者の作品で補ったと考えるのが自然です。時系列で並べることで、リリンクはバッハの仕事ぶりというのを、さりげなく述べているというわけです。これは現代に生きる私たちにとっても、参考になる事例だと思います。この点だけでも、バッハのカンタータはもっと聴かれるべき、普選性をもった音楽であると言えます。

この曲は上記2曲とは一転、明るい喜びに満ちた作品です。キリスト教は神との「契約」の宗教だと言われ、そのことはカトリックだろうがプロテスタントであろうが一緒で、むしろカトリックに対抗するからこそ、「神との契約」を重視するテクストになったと言えます。さらにその喜びは、「新しい契約」であるわけで、明らかに「新約聖書」であることを意味します。そのため、テクストは新約聖書旧約聖書の二つから採用され、コントラストをなしています。

そのためか、冒頭の「(新しい契約の)喜びの時」は何度も繰り返され、ソリストは情熱的に歌っています。強調されているんですね。そのためにオペラティックにもなっています。ただ、これは現代を生きる私たちだからこそモダン楽器の演奏がいいとするわけですが、とはいえ私自身は古楽演奏でも全く違和感ありません。この繰り返しをどのようにとらえるのかで、古楽だろうがモダンだろうが演奏の評価は変わってくると考えます。リリンクはこのテクストを本当によく読み込んでおり、ソリストに歌わせています。

カンタータ第144番「おのがものを取りて、行け」BWV144
カンタータ第144番は、1724年2月6日に初演された、復活祭前第9日曜日用のカンタータです。ウィキペディアでは七旬節用という記載があります。

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「バッハ辞典」では復活祭前第9日曜日を採用しており、私もそれに従って記述しました。ではウィキペディアが間違っているのか?といえば私はそうではないと考えます。じつは七旬節は現在のキリスト教においては廃止されています。ただ、それは最近のことであり、この第144番が作曲された時代にはまだ存在していたわけで、プロテスタントでも行われていたと考えるのが自然です。

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そう考えると、なぜ編成が簡素なのかも、曲として暗めなのかも説明がつきます。内容も神が用意したもので満足すること(仏教的に言えば「足るを知る」)ですので、そのために簡素化したと言えるでしょう。この時期の作品の割には簡素なのは、これで説明できます。その意味では、偽作説は、多少無理があるかなと個人的には考えます。

つまり、このカンタータもまた、会衆に考えさせる内容になっていると考えていいでしょうし、リリンクもその立場に立っていると言えます。特に、冒頭の歌詞である「おのがものを取りて、行け」が何度も繰り返され、強調されているわけで、その声楽を退治にするため、モダン楽器とのバランスもよく考えらています。その考え抜かれた演奏が、心を打ちます。カンタータで大事なのは歌唱であり、楽器がモダンであるか古楽であるかはその次の問題です。モダン楽器を採用するならば、その性能の高さを如何に理解して使いこなすかが重要で、リリンクの演奏はほぼすべてその点で優れています。一方の古楽演奏に置いては、楽器の性能がモダン楽器に比べれば劣るわけで、その後進性をどのように理解し使いこなすかが重要になってきます。そのことがひいては声楽にも影響を及ぼすわけで、古楽演奏はそのように聴かれるべきだと、モダン楽器の演奏であるリリンクの演奏を聴きますと、ますます確信を持つものです。故に、リリンクの演奏は今でも重要な一つになっていると言えましょう。

 


聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第73番「主よ、御心のままにわが身の上になし給え」BWV73
カンタータ第81番「イエスは眠り給う、わが望みはいずこにありや」BWV81
カンタータ第83番「喜び満ちし新しき契約の時」BWV83
カンタータ第144番「おのがものを取りて、行け」BWV144
マグダレーネ・シュライバー(ソプラノ、第73番)
アーリン・オジェー(ソプラノ、第144番)
ハンナ・シュヴァルツ(アルト、第81番)
ヘレン・ワッツ(アルト、第83番・第144番)
アダルペルト・クラウス(テノール、第73番・第83番・第144番)
フリードライヒ・メルツァー(テノール、第81番)
ヴォルフガング・シェーネ(バス、第73番)
ジークムント・ニムスゲルン(バス、第81番)
ヴァルター・ヘルトヴァイン(バス、第83番)
ゲッヒンゲン聖歌隊
フランクフルト聖歌隊
インディアナ大学室内合唱団
シュトゥットガルト記念教会合唱団
ヘルムート・リリンク指揮
シュトゥットガルト・バッハ合奏団
ヴュルッテンベルク室内管弦楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。