東京の図書館から、5回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘンツェの交響曲全集、今回は第5集を取り上げます。収録曲は第2番と第10番です。初期の作品と晩年の作品が同居しているということになります。
①交響曲第2番
交響曲第2番は、1949年に作曲された作品です。当時の前衛音楽への傾倒ぶりが顕著な作品であり、それがダルムシュタット音楽週間に演奏したいという作曲者の願いに現われています。結果的には間に合わず初演は同年12月1日でした。
不協和音がどこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出しています。それが何を意味するのかは正直ウィキペディアの記述を信じるのはいかがなものかと個人的には感じるところです。どこかに戦争の影を感じざるを得ないのです。勿論第2次世界大戦はすでに終わっていますが、しかし米ソ対立や、今だ復興途中のドイツということを考慮すると、ヘンツェの心の中ではまだ戦争が終わっていなかったのではという気もします。この4年後にドイツを離れイタリアに移住するということから顧みると、同性愛者が当時のドイツにおいて迫害されていたとするならば、この音楽は腑に落ちます。その情況は明らかにナチス・ドイツをフラッシュバックさせるもので、ヘンツェの内面に影を落としていたと考えていいでしょう。当時のドイツ社会はせっかくナチスの呪縛から解き放たれたはずなのに、新たな迫害を始めていたと考えてもよさそうです。それはなぜか、最近のトピックである広陵高校野球部の不祥事と重なります。彼らのやったことは決して許されることではないですが、かといって外野が広陵高校やその生徒たちを脅迫することは明らかにいじめた部員たちと同じことを行っているわけです。それはナチス・ドイツを支持し戦後同性愛者に対して冷たい態度を取り続けたドイツ国民と同じであり、これを見ても、ヘンツェの第2番という作品はいまだ色あせない普遍性を持つ、まだまだ現代的な作品だと言っていいでしょう。
ヤノフスキとオーケストラはその普遍的な現代的メッセージをスコアから掬い取り、私たちの前に提示しているように私には聴こえます。こういう共感を持つ訓練をやらないと、現代社会において、再びナチスの所業がよみがえりかねないと思いますし、広陵高校の事例はその視点の重要性を私たちに振り返らせる例として「自分を超える偉大な存在」が例示したことなのかもしれません。そういう謙虚さは常に持っていたいものです。ヘンツェの交響曲第2番という作品は、そのような人知を超えた存在になりつつあるように思います。
②交響曲第10番
交響曲第10番は、2000年に完成された作品です。つい25年前の作品なのですね。交響曲第2番とは異なり古典的な4楽章形式ですが、かといって現代音楽的な色合いがないかと言えばむしろバリバリの現代音楽です。
第2番もそうですが、ヘンツェは不協和音をどのように使うべきかにかなり神経を使っている作曲家であるように思います。ただ新しいことに飛びつくのではなく、その新しさをどのように表現に使うべきかに注視しているように思われます。この第10番でもその傾向が顕著です。4つの楽章にはイタリア語の指示ではなく標題がついていますし。また第3楽章はスケルツォでそれだけ見れば古典的ですが、そこについている表題は「踊り」。それを不協和音で表現しています。踊り自体は西洋音楽では喜びですが、例えば東洋だと必ずしも喜びだけではなくそこには複雑な思慮や感情が隠されています(我が国の盆踊りがその典型です)。更に、もともと交響曲においては第3楽章はスケルツォではなくメヌエットだったということも、ヘンツェは考慮しつつそこに新しさを入れ込むために現代音楽の手法を取り入れたとするならば、なぜこの曲が4楽章制という古典的な形式をとったのかが浮かび上がります。
その点に共感しているのか、演奏は実に生命力があるのです。そんな和声で生命力?と首をかしげる向きもありましょうが確かに演奏からは生命力を感じるのです。無味乾燥ではなくそこに人間の魂を感じるのです。私が現代音楽とは呼ばず基本的に20世紀の音楽は「20世紀音楽」と呼ぶのはこの点なのですが、ヘンツェもその一人に数えていいでしょう。この第10番はまだまだ現代音楽と呼ぶにふさわしいでしょうが、更に30年も経てばそれはまた別な呼び名が必要になってくることでしょう。
これでヘンツェの全ての交響曲を聴き終わったわけですが、何一つつまらないものがなく味わい深く人間味あふれる作品ばかりなのが魅力的です。今後少しづつアマチュアを中心に日本でも演奏機会が増えて来るような気がします。これも府中市立図書館の司書さんのセンスが光るライブラリだと言えるでしょう。
聴いている音源
ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ作曲
交響曲第2番(大オーケストラのための)
交響曲第10番(大オーケストラのための)
マレク・ヤノフスキ指揮
ベルリン放送交響楽団
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