東京の図書館から、5回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、クリスティアン・ティ―レマン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるベートーヴェンの交響曲全集、今回は第4回目。第4集を取り上げます。収録曲は第6番「田園」です。
第6番「田園」は1808年に完成した交響曲ですが、標題音楽でもあります。特に「田園」という表題で惑わされますが風景を描いたものというよりはその田園風景の中にいる自分を表現したものであるという点が曲者でもあります。
さて、この成立年である1808年というタイミングはかなり微妙な時期です。新しい世紀に入って時代が動いてきているという背景はあるものの、ベートーヴェンとしては基本的に絶対音楽として作曲しています。その特色をどうとらえて演奏するかで、この作品の表現は変わってくると思います。
通常はあまりテンポを揺らさずに全体的なテンポをどう設定するかになりますが、ティ―レマンはここでも細かくテンポを揺らしています。それはそれでいいのですが、多少そこはちょっと違うのでは?と思う所もある演奏になっています。
基本的に第4楽章まではオーソドックス。しかし第5楽章で世界最高峰のオーケストラの一つであるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が走っている部分があるんです。恐らくなんですが、ティ―レマンがそこでテンポを揺らそうとしたのだと思うのです。ですがオーケストラはそうではない、あるいは練習やゲネプロと違う!と感じた部分ではないかと思います。個人的にはほぼ間違いなくゲネプロと違ったのだろうと推測しています。
ここまで第3番、第5番でも触れていますが、ティ―レマンは細かいアーティキュレーションを入れて来るんですよね。それに対応するのがプロの仕事とはいえ、やはりできるだけ練習やオケ合わせですり合わせしておきたいところです。ですがさすがのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が走るほど、恐らくオケ合わせ(これをゲネラルプローヴェ、略してゲネプロと言います)と実際が異なったのだと思います。テンポを揺らせば揺らすほど、それをすり合わせしておかないと演奏では難しいのですよね。
例えば、カラヤンはベルリン・フィルで帝王とも言われているため批判もありますが、しかし演奏を聴いてみると意外とオーソドックスでテンポも揺らすことはありません。ですのでカラヤンとオーケストラとの対立があった時はそれは音楽以外のことだったわけですが、この演奏に関しては明らかにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団がティ―レマンに対しては「その演奏は違う!」と抵抗していると言えます。マエストロ、それゲネプロと違いますよね?と。
特にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は自主性の高いオーケストラで知られます。ゆえに時としてオーケストラが指揮者に対して抵抗することはクラシックファンの間では知っている人と知らない人と別れているのが実情です。特にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターはコンサートにおいてはまさに文字通り主任といえる存在で、時として指揮者よりも上位に来ることすらあります。おそらくですが、この演奏の時に、オーケストラはティ―レマンのタクトではなくコンサートマスターのボウイングに合わせた可能性が高いです。
ティ―レマンをドイツ的と言う時に、何をもってドイツ的と言うべきかは注意して観察する必要があると個人的に思います。ドイツ音楽もそれなりの歴史を重ねているわけで、どの時点のドイツなのか?と疑問をもって批判精神で考える必要があります。私個人としてはティ―レマンは19世紀スタイルだと思いますが、そこにさらに現代から俯瞰するという姿勢を持っている人だと感じています。一方のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はバリバリの19世紀スタイル。そうなってしまうと、時としてティ―レマンの音楽史を踏まえた繊細な内面表現が、オーケストラと反目してしまうというケースもあるのではと思います。同じウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏では私はラトルをすでに取り上げていますが、ラトルとはこのようなことはほとんどなかったことを考えますと、ティ―レマンとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とは相性がそれほど良くないのかもと思います。プロなので合わせはしますが・・・それが、時としてテンポの揺らぎがどこかしっくりこない原因かなと思っています。ラトルも細かいアーティキュレーションはしていますから。
全体としては第3番よりははるかに素晴らしい演奏ですが、この演奏はティ―レマンという指揮者がいかなる指揮者であり、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団というオーケストラがいかなるオーケストラなのかを知る格好の教材だと思います。そして二つの存在がライヴで共演した時にどんな化学反応が起きるのかを楽しむ格好の教材とも言えます。私自身の美意識とは多少ずれる部分があるものの、それを楽しめる演奏にもなっていることを考えますと、まさにクラシック音楽の演奏を楽しむ醍醐味を聴かせてくれる演奏だとも言えるでしょう。その点では、さすがの両者だと言えましょう。
聴いている音源
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
クリスティアン・ティーレマン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
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