東京の図書館から、9回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヴィルヘム・ケンプが1961年に東京でNHKの公開録音で開催したベートーヴェンのピアノ・ソナタ・ツィクルス、今回はその第8回目、第8集を取り上げます。収録曲はピアノ・ソナタ第28番、第29番「ハンマークラヴィーア」、アンコールとして演奏されたモーツァルトの「トルコ行進曲」とベートーヴェンのロンドの4曲です。少ないように思いますが特にハンマークラヴィーアが長い曲なのでこんなものです。
それよりも驚きなのは、収録日時は1961年10月30日なのですが、実はつぎの第9集も同じ日なんです。次回取り上げる第9集に収録されているのは第30番~第32番までの3曲、そしてアンコールの1曲なのですが、それがすべて同じ日に演奏されたわけなんです。この全集はNHKの主催で行われ公開収録されたもので、マスターテープはNHKが保有しています。通常は2時間程度で済むコンサートが、恐らく2時間超えているんです。この第8集だけでも総演奏時間は1時間15分5秒。それに休憩を15分挟んだとすればそれだけで1時間30分。残りの3曲が30分で終わるわけはないですから、当然2時間オーバーです。おそらくケンプの予定と日本側の予算の都合上だと思いますが、最後の最後で2時間オーバーで予定を組まざるを得なかったということだと思います。ちなみにこれまでも記述していますがロケーションは現在文京シビックホールが建っている場所にあった文京公会堂です。っていうかこれもすでに記述していますが旧公会堂と言うべきだとおもいます。現在の文京シビックホールも実は正式名称は文京公会堂なので・・・ですが建物は全く別物で、建て替えられています。つまり建て替え前の公会堂での収録ということになります。そのため現在の文京シビックホールよりは響きがありませんがそれでも生き生きとした演奏を楽しむことが出来ます。なお時代的にステレオではなくモノラル録音です。NHKFMは1957年に放送が開始されていますがステレオ放送が始まったのは1963年でこの録音の2年後です。
この第8集で注目なのは、第28番の演奏であって第29番「ハンマークラヴィーア」ではありません。勿論ハンマークラヴィーアの演奏も味わい深くいいのですが、第28番もしっかりと細部を楽しみながら演奏しています。特に第2楽章は大抵の演奏がゆったりと弾きがちですがとても快活に弾いています。指示はドイツ語で「生き生きした行進曲風に」ですがそれを喜びの表現と解釈して諧謔的かつ生き生きと弾いています。
これは全体的に言えるのですが、ケンプは決して作品の成立時期で軽重を判断せず、その作品の魂とは何ぞやというアプローチで弾いています。この第28番ではそれが第2楽章ではっきりと示されていると言えます。それ以外の楽章ではむしろ重々しさもあって、ベートーヴェンの内面とは重厚なだけなのか?とケンプははっきりと語り掛けます。
一方第29番「ハンマークラヴィーア」では徹底的に重厚ですが、それでも第2楽章のスケルツォは軽快で快活です。その意味では2曲ともケンプのアプローチは全く変わらず成立時期で軽重を判断せず作品の魂を探求し掬い取ることを表現で示すことで一貫しています。
それを受けての二つのアンコール、モーツァルトの「トルコ行進曲」とベートーヴェンのロンド作品51-2。モーツァルトは軽快さが前面に押し出されて、行進曲という印象を受けません。そもそも「行進曲」というのは日本であり、原題は「トルコ風」で、しかもそれは単に楽章の指示でしかありません。そもそも私たちがモーツァルトのトルコ行進曲と呼んでいるのはピアノ・ソナタ イ長調K.331の第3楽章で、行進曲の由来となっているのは左手の伴奏がトルコの軍楽隊の打楽器の響きを模倣しているためですが、とはいえ指示は「アラ・トルカ(トルコ風で)」です。この辺りはピアニストによって解釈に幅があるのですが、ケンプは軍楽よりは快活な雰囲気で弾いています。様々な捉え方があるとは思いますが、この辺りはケンプが「この曲はそもそも行進曲ではありません」と言っているかのようです。
そして最後がロンド作品51-2。作品51の二つのロンドの内の第2番で、1800年に完成され1802年に出版されています。前古典派の気風を持ちつつも成熟した精神が見える作品です。
この二つを、恐らく前半のアンコールとして並べています。前半の、ですよ!しかもロンドはモーツァルトから一転、じっくりと味わうかのように弾いています。それでいて生命力もあります。モーツァルトもベートーヴェンも手抜きをしていませんが、どこかコントラストがついているように聴こえます。多分、この第29番で一つの区切りとなっているとケンプが判断しているからだと個人的には考えます。それは第30番以降を聴けば一目瞭然ではあるんですが、第29番「ハンマークラヴィーア」はある意味ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でも抜きんでて難しい作品で、実はケンプですら指が回らない様子すら録音されています。それだけの作品であるということをもっと印象付けるために、モーツァルトのトルコ行進曲とベートーヴェンのロンドと並べたとすれば納得なのです。細部まで研究しつくしされたプログラミング、本当に当時聴衆として会場に居合わせた方々が羨ましい・・・
その意味では、現代のピアニストに対してもまだまだ参考になる録音だと思います。
聴いている音源
ケンプ ベートーヴェン ピアノ・ソナタ・チクルス・イン1961・ジャパン8
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ピアノ・ソナタ第28番イ長調作品101
ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲
トルコ行進曲~ピアノ・ソナタイ長調K.331
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ロンド ト長調作品51-2
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。