コンサート雑感、今回は令和8(2026)年3月2日に聴きに行きました、新都民合唱団さんの第87回定期演奏会のレビューです。
新都民合唱団さんは東京のアマチュア合唱団です。元々は昭和21(1946)年に東京都教育庁が始めた「都民合唱教室」および「都民合唱団」を前身とし、その後東京文化会館の開館に合わせて昭和35(1960)年に「東京都民合唱団」と名称が変わり、昭和59(1984)年に「新都民合唱団」と改称されました。その沿革から当時は東京都が運営していた団体でしたが1999年に自主運営の団体に変わっています。このあたりはアマチュアオーケストラである都民交響楽団さんと同様の歴史をたどっています(まあ、都政をウォッチしている人だとそれが何によるものかはよく知られていますけど)。
今回足を運んだのは前回第86回の演奏が素晴らしかったからに他なりません。
ただ今回は実ははじめは3月の予算の都合上一旦は予定を外したのですが、組みなおした結果再び予定に入れたため私には珍しく当日券を買いました。
その今回のプログラムは、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスのみ。全曲通しても1時間以上はかかる大曲なので当然と言えましょう。そして新都民合唱団さんは今回のミサ・ソレムニスのようなオーケストラ伴奏の曲を選択されるので当然ですがオーケストラも参加するわけです。今回も前回同様プロオケの東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団が参加しました。ベートーヴェンのミサ・ソレムニスだと個人的には妥当な判断だったと考えます。以下にウィキペディアのミサ・ソレムニスのぺーじを挙げておきますがオーケストラにとってもこの曲は難曲であることが理由です。「内容」の項目を読めばわかるかと思います。
その上、今回指揮者の阿部さん(新都民合唱団さんの常任指揮者)は速めのテンポを採用。余計プロオケでないとついていくのは難しかったと思います。特に金管楽器にとってはそのアップテンポはタンギングなど結構大変なはずなので、プロじゃないとついていくのは至難の業だったはずです。合唱団にとっては息継ぎなどを考慮すると歌いやすいのですが・・・一方それはアマチュアオーケストラだと大変になるわけです。
この辺り、合唱とオーケストラとで音を出すシステム、機構の違いによるものです。阿部さんは海外で宗教曲を指揮した経験もある人なので、合唱とオーケストラの違いと特徴をよくわきまえている人だと思います。そう、合唱曲、特にオーケストラを伴う宗教曲というのはその音を出す機構、システムが違う二つの集団によるアンサンブルであり、それは高度な能力を必要とすることなのです。その点が様々な音楽評論に於いて抜けている観点だと私はずっと考えています。
今回の阿部さんの姿勢は、合唱団の定期演奏会であることから合唱団のパフォーマンスを最大化するためにテンポは速めとしたと思いますが、それではオーケストラには負担がかかるわけなのでプロ、しかも与慣れている東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団ということになったかと思います。そのためこの判断は妥当であると私は考えるわけです。
それは全体的な高パフォーマンスに繋がっています。アマチュア合唱団ありがちの男女比は1対2でありながらもしっかりと聴こえる男声。その上全体的に力任せではなく軽い発声が聴こえてきます。オーケストラもプロですから豊潤で美しい響きですが、それにしっかりと合唱団がアンサンブルできるだけの実力を持っているということなんです。
勿論プロの合唱団であればもっといいパフォーマンスではありますが、新都民合唱団さんは最低限プロオケとアンサンブルできる実力を持っているということなんです。ベートーヴェンのミサ・ソレムニスは決して簡単に演奏できる作品ではないのでむしろ合唱団の実力が露わになる作品でもあります。その作品でそん色ないのはそれなりに実力がないと難しいです。勿論指揮者の阿部さんが速めのテンポを採用したということもあったかと思いますが、それでも息継ぎが楽であるわけではないので・・・むしろ長音部を維持するのが楽というのが実情です。それでもその長音部を維持することが楽というのが息継ぎなど全体的な高パフォーマンスにつながっているわけです。
1曲目の「キリエ」はオーケストラの前奏から始まりますが、それもプロらしく軽めで豊潤、それでいて美しく力強い演奏。それに呼応するように合唱団も同様に歌いだすんです。それはCDなどを聴きなれていれば当たり前だとは言え、それを実際に演奏で実現させるとなると難しいんです。どうしても力任せに歌いたくなるので・・・しかも、今回もホールは東京文化会館。古いデッドなホールです。余計力任せに歌いたくなる誘惑にかられると思いますがそこをしっかりとコントロールして軽めの発声で豊潤な響きを実現させ、ベートーヴェンが曲に込めた「美しさ」と「力強さ」が冒頭から表現されていました。
続く「グローリア」も実はいきなり合唱が強く歌う所で力任せに歌いたくなる部分ですがそこでも軽めの発声で美しい~
で、通常ならここで休憩ですが、当日はなんと休憩なし!トイレは大丈夫でしたがこのやり方はいいと思います。休憩を否定するわけではないのですがミサ・ソレムニスという作品の全体像、そして当日の速いテンポでぐいぐい押していく演奏を考慮すると適切な判断だったと思います。緊張感が持続しますので、それだけ演奏のクオリティがあがるためです。確かに休憩を取ればその分体力は回復しますが・・・特に新都民合唱団さんは平均年齢も高いので。とはいえ一方ででは集中力はどこまで持続するかも考慮すると、休憩なしも選択肢として否定はできないからです。
休憩なしで続いた「クレド」。ベートーヴェンらしい劇的な表現も満載の部分ですがここでもその精神性をしっかりと歌いあげます。ベートーヴェンのミサ・ソレムニスは必ずしもミサ向きではないとは言われますが、ベートーヴェンの中では高い精神性の発露のツールとしてミサ曲を捉えた作品だと言えます。その意味では教会権力を通してではなくむしろ人間が直接神とつながるというような精神性が発露されているとも言え、そのコアの部分がまさに「信仰告白」たるクレドであると言えます。その核心部分でもぶら下がりな発声なしに歌い上げるのはさすが。
「サンクトゥス」と「ベネディクトゥス」は連結している上に、通常は「いと高きところにオザンナ!」の部分は同じ旋律になるところを別の旋律を持ってくるという、ベートーヴェンの革新性が発露されている部分ですがここもしっかりと歌いあげます。またサンクトゥスの前半部分では細かく音が上下するところでテンポも速くなるのですがそこにさらにテンポが速いことで合唱団もオーケストラも大変。ですが難なくこなしその部分の美しさも絶品!
そしてある意味もっとも難しいのが最終のアニュス・デイ。特に中盤、ティンパニの不気味な響きと共にソリストが歌う部分は合唱団もソリストもですがオーケストラも大変な部分で、特に前述したとおり金管が大変な部分なんです。でもここが決まればかっこいいのです。それがばっちり!
その点では、今回ソリストにも言及しておく必要があるでしょう。4人とも素晴らしい歌唱でしたがやはりその中でも特に素晴らしかったのはソプラノの中江早希さん。私も中江さんがソプラノを担当する時は安心してチケットを買う人で、前回はアマチュアオーケストラのオーケストラ・フォルチェさんの第25回定期演奏会でベートーヴェンの第九を演奏した時も単にベートーヴェンの第九が演奏されるだけでなくソプラノが中江さんだったからということもありました。
中江さんの魅力は美しくそして豊潤な声です。その声が他の3名と比べると明らかに抜きんでているんです。勿論他の3名も素晴らしかったんですがその中でも中江さんが加わると空気が変わるんです。単に美しいだけの音楽に豊潤さが加わることが殆どです。それは明らかに音楽に彩を与えるもので、なるほどいろんなところに引っ張りだこなわけだと思います。終演後東京文化会館の楽屋口に人だかりがありましたが多分中江さんの出待ちなのではなかったかと。私はこの3ヶ月ほど中江さん出演のコンサートに足しげく通っていることもあり、今回は出待ちは遠慮しました。何しろ昨年11月の神戸ではまさにミサ・ソレムニスで前から2列目、翌日の第九では最前列で聴いたので、勘違いされると嫌だなと思いましたので・・・
でも、これら3つの演奏会で中江さんの歌唱が素晴らしかったのも、今回一旦は取りやめつつも再度予定に組み込んだ理由の一つです。勿論昨年以前から中江さんの歌唱には注目しており、またこの先もいくつかの公演にも参加されるようで、期待値は上がります。
最後まで感動的な演奏を味わえて光栄です。次回は来年1月に今度は東京芸術劇場に会場を移して、ラターのミサ曲とダン・フォレストの「生ける者のためのレクイエム」。今までとはがらっと曲を変えるようです。若者を取り込みたいのかな?と。それとちょうど5月以降東京文化会館は施設修繕のため休館に入るため、会場を変えるようです。デッドな東京文化会館で素晴らしい演奏ができるわけなので響きのいい東京芸術劇場ではさらにいい演奏が期待できそうですが、響きがいいということは自分に音が返ってこないという「魔物」も棲んでいますから、そのあたりをどのように乗り越えるのかが注目です。その点では、曲目に囚われず是非とも次回も足を運べればと思っています。
聴いて来たコンサート
新都民合唱団第87回定期演奏会
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
ミサ・ソレムニスニ長調作品123
中江早希(ソプラノ)
豊島ゆき(アルト)
後田翔平(テノール)
池田真己(バリトン)
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
阿部純指揮
新都民合唱団
令和8(2026)年3月2日、東京、台東、東京文化会館大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。