東京の図書館から、78回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、テルデックレーベルから出版された、古楽演奏によるバッハのカンタータ全集、今回は第69集を取り上げます。CDでは第39集の2となっていますが、このブログでは図書館の通番に従っています。収録曲は、第167番、第168番、第169番の3つです。
この全集は指揮者2名体制で、ニコラウス・アーノンクールとグスタフ・レオンハルトの2人です。この第69集では、ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、テルツ少年合唱団となっています。
①カンタータ第167番「もろびとよ、神の愛を讃えまつれ」BWV167
カンタータ第167番は、1723年6月24日に初演された、洗礼者ヨハネの祝日用のカンタータです。
合唱は最後のコラールのみで、ソリストのアリアとレチタティーヴォが曲の中心ですが、そのうち第2曲のレチタティーヴォは、テルツ少年合唱団のボーイアルト、クリスティアン・イムラー君が担当。続く第3曲では同じテルツ少年合唱団のボーイソプラノ、ヘルムート・ヴィッテク君とのデュエット。大人は完全男声であるテノールとバスのみ。この二人の少年の声、特にアルトのイムラ―君の、太くかつ朗々とした声がいいです。少年らしい声ではあるのですが、しかしどこか威厳があるんです。大人びているというか。一方のヴィッテク君は少年らしい声で幼さも感じあどけなさもありますが、伸びやかな声を聴かせてくれます。実はこの二人のデュエットがこの第167番の中でいちばんの山場と言ってもよく、最も演奏時間が長い曲でありコアな部分だといえます。そこをアルトをポール・エスウッドにする洗濯もある中で少年二人に任せたアーノンクールの胆力に感嘆するとともに、歌詞から考えますとまさに少年こそ適役と考えた起用だとも言えます。その意味では、やはりここで一つの場面展開という意味もあるでしょうし、また強調の意味もあると言えるでしょう。
②カンタータ第168番「務めの報告を出だせ!と轟く雷(いかづち)のことば」BWV168
カンタータ第168番は、1725年7月29日に初演された、三位一体節後第9日曜日用のカンタータです。
第1曲はバスのアリアで始まります。実は第167番もテノールのアリアで始まりますので、構造は一緒ということになります。ソプラノは第167番と同じくヴィッテク君ですが、アルトはポール・エスウッドが務めています。ヴィッテク君は第167番でもかなりうまく歌っている故か、ポール・エスウッドといっしょでもそん色ない声を聴かせてくれると同時に、あどけなさも感じるものとなっています。これは内容として資産と負債を人生における信仰と関連付けることで大切なものと表現する中での歌唱だと考えますと、そのあどけなさから、聴き手にふと我にかえさせるという意味合いを持っているとも言えるでしょう。その意味では、初演でももしかすると少年が務めたかもと思ってしまいます。
③カンタータ第169番「神にのみ、わが心を捧げん」BWV169
カンタータ第169番は、1726年10月20日に初演された、三位一体節後第18日曜日用のカンタータです。
第1曲はシンフォニアで、チェンバロ協奏曲BWV1053の第1楽章となった、ヴァイマル時代のオーボエ協奏曲からの転用だと思われています。これは単なる転用あるいは忙しかったという事だけではなく、恐らくは求められたこともあったのだろうと、私は推測しています。バッハのカンタータに於いてオリジナルのシンフォニアが少ないことを勘案すると、むしろ自分がかつて作曲した器楽曲で人気が高かったものがリクエストされていたと考えるほうが自然だからです。しかも、実はバッハの器楽曲はヴァイマル時代に多く作曲されており、それが違う楽器の作品として現在では残っているというケースが多いので、私としてはこの転用もおそらくヴァイマル時代のオーボエ協奏曲(現在は失われています)が評判が良かったためだろうと推測するのです。さらに言えば現在チェンバロ協奏曲として残っているのも、人気だったからこそ他の楽器にかえられて残されたと考える事が出来るように思います。
さらに、この第169番は実はほぼアルトが歌うカンタータで、合唱は最後のコラールだけでアルト以外にソリストが居ません。東京書籍「バッハ事典」では、当時優れたカストラートがいたのでは?と推測しています。つまり、聖歌隊からではなく他のソリストが務めた可能性を指摘しているのです。たまにこういう曲がバッハにはあるのですが、仮にこの曲がカストラートのための作品だったとすれば、最初がシンフォニアでオーボエ協奏曲からの転用だというのも、腑に落ちるのです。トーマス・カントルとしての役割を果たしつつも、この第169番が初演された当日は事実上のコレギウム・ムジクム(バッハが器楽曲を演奏する音楽会)だったのではとすら、個人的には考えるところです。オルガンも活躍することから、そのオルガンはバッハ自身だったかもしれません。
ゆえに、この演奏でもソリストはポール・エスウッド。テルツ少年合唱団のイムラ―君ではないのです。それは、アーノンクールも初演時のソリストはカストラートだったのではと考えているという証拠でもあります。むしろ、第167番でイムラ―君を使ったのは、この第169番がカストラートのための楽曲だったとアーノンクールが判断していることを暗示しているとも言えるでしょう。ゆえに私はこれがアーノンクールがカストラートのための曲だと判断している証拠だと判断するのです。
少年合唱団の歌声は、モダン楽器で女性も参加している合唱を聴きなれて来ると違和感を感じますし時代遅れとも感じますが、まさに「歴史演奏」を目指した演奏ならではと言えるでしょう。そのうえで、モダン楽器の演奏で女性のアルトが歌う時に、さてどのような表現をするのだろうかと、その表現力を味わうという聴き方もできるようになるという点で、古楽演奏は食わず嫌いではない方が人生幸せではないかと、個人的には考えるところです。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第167番「もろびとよ、神の愛を讃えまつれ」BWV167
カンタータ第168番「務めの報告を出だせ!と轟く雷(いかづち)のことば」BWV168
カンタータ第169番「神にのみ、わが心を捧げん」BWV169
ヘルムート・ヴィッテク(ソプラノ、テルツ少年合唱団)
ポール・エスウッド(アルト、BWV167・169)
クリスティアン・イムラー(アルト、テルツ少年合唱団、BWV168)
クルト・エクウィルツ(テノール)
ローベルト・ホル(バス)
テルツ少年合唱団(合唱指揮:ゲールハルト・シュミット=ガーデン)
ニコラウス・アーノンクール指揮
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。