東京の図書館から、62回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘルムート・リリンク指揮シュトゥットガルト・バッハ合奏団他による演奏の、バッハの教会カンタータ全集、今回はその第7集を取り上げます。
この第7集には、第80番、第31番、第165番が収録されています。勘のいいひとであれば、え?なぜ第80番が?と思うかもしれません。第80番は現在の形になったのは1724年の宗教改革記念日の演奏でですので。
①カンタータ第80番「われらが神はかたき砦」BWV80
と言うことで、早速各曲に移っていきましょう。第80番は宗教改革記念日のために作曲されたカンタータで、現在演奏されている形は1727~31年の10月31日の宗教改革記念日に演奏されたヴァージョンとなります。実際には1724年10月31日の宗教改革記念日で演奏されたのが初演です。
ただ、この第7集も収録されているのはヴァイマールにおける作品です。1727年となるとすでにライプツィヒのトーマス・カントルに就任した後。時期が違います。実は元となったのはBWV80a「神より生まれし者はすべて」なのです。初演は1715年3月24日。これもまた宗教改革記念日とはずれます。ですがこの80aに「神は硬き砦」がコラールとして採用されていることから、基本にして再構成したのが第80番なのです。そのため、リリンクはこのヴァイマールで作曲された第7集に採用したと考えていいでしょう。そして、恐らく聴きますと驚かれるでしょう。これはメンデルスゾーンなのでは?と。そう、「神は硬き砦」はメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」第4楽章でも使われているコラールです。ちなみに、以下のメンデルスゾーンの第5番を扱っているウィキペディアでは「神はわがやぐら」との記載ですが同じ曲になります。
この二つを同じコンサートで演奏するのも面白いと考えます。ちなみに、今年の10月31日にはバッハ・コレギウム・ジャパンが第80番と交響曲第2番「讃歌」を演奏しています。いつか第80番と交響曲第5番をカップリングするような団体が出てこないかなあと思っています。どうしても声楽を伴う団体だと共に声楽にしたがるものではありますが・・・そこは、アマチュアの出番かな、と。例えば、コア・アプラウスさんとか・・・稲見理恵先生、いかがでしょうか?
リリンクの演奏は、これが宗教改革をテーマとしているせいなのか、特に「われらが神は硬き砦」を歌う時には力が入っておりかつ美しいのが特徴。他の曲とのメリハリもついており、テーマがはっきりしているように思います。祝祭感だけでなく、宗教改革はなぜ起こったのかというそもそも論が共有されている印象です。
②カンタータ第31番「天は笑い、地は歓呼す」BWV31
第31番は1715年4月21日初演の復活祭の日曜日用カンタータです。
編成としてはかなり豪華ですが、独唱と合唱とでメリハリをつけています。独唱部分ではそもそも楽器の数が少ないのですが、それはバロック期の楽器の性能を考えると当然で、リリンクもその部分で配慮しており楽器を多少弱めで演奏させています。モダン楽器なので多少弱めでも十分バランスが取れるからです。合唱部分でも楽器はアンサンブルを重視しメゾフォルテ気味。それでも十分強く演奏されているように聴こえます。そこに力強くしなやかな合唱が入りますと、物凄く力強い演奏に聴こえてきます。こういう部分はモダン楽器故のすばらしさだと思います。音楽史を踏まえつつバッハの精神へ至ろうとするリリンクの解釈が見えてきます。
③カンタータ第165番「おお、聖なる洗礼よ」BWV165
カンタータ第165番は1715年6月16日の三位一体祝日用に作曲され、初演されたとされています。楽譜はライプツィヒでの再演時のものしか伝わっていません。キリスト教における重要な儀式の一つである洗礼の喜びが内容です。
独唱が主なので、とても簡素に聴こえます。そこにおける楽器のほうも強めとはいえ、決して出すぎないようになっています。こういうバランスはバッハのカンタータを演奏する際には重要な感覚だと思います。ピリオド楽器ならともかく、モダン楽器の場合はかなり大きい音が出せますから、その楽器の性能を考えてどのようなバランスで演奏させるかは指揮者の指示無くして難しいでしょう。リリンクの演奏はその点でも、この曲においてもリヒターの演奏に対する批判的なものと考えていいでしょう。そのうえで、リヒターが追及した精神性をどのような形で実現するかに力点が置かれています。
今回も、すべての演奏においてモダン楽器の性能をどのように使えば作品が持つ精神性を描くことにつながるのかで貫かれています。もうバロック音楽の演奏はピリオドが主流なのだからモダン楽器の演奏などいらね、とするのではなく、むしろアマチュアにおいてはいまだにモダン楽器が主流だからこそ、モダン楽器でどのように演奏すればよいのかのいい教材だと思います。その点でリリンクの演奏はいまだに色あせることはないと、この第7集でも言えるでしょう。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第80番「われらが神はかたき砦」BWV80
カンタータ第31番「天は笑い、地は歓呼す」BWV31
カンタータ第165番「おお、聖なる洗礼よ」BWV165
アーリン・オジェー、ナンシー・アミニ、ヘレン・ドナート(ソプラノ)
カレン・ハーゲルマン、ユリア・ハマリ、アライス・ロジャース、ヒルデガルト・ラウリッヒ、ヘレン・ワッツ(アルト)
アダルベルト・クラウス、ダグラス・ロビンソン、クルト・エクヴィールツ、アルド・バルディン(テノール)
ヴォルフガング・シェーネ、ノーマン・アンダーソン、ニコラウス・テューラー、フィリップ・フッテンロッハー(バス)
インディアナ大学室内合唱団
ゲッヒンゲン聖歌隊
フランクフルト聖歌隊
ヘルムート・リリンク指揮
シュトゥットガルト・バッハ合奏団
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