コンサート雑感、今回は令和5(2023)年11月18日に聴きに行きました、マヨラ・カナームス東京の第10回定期演奏会を取り上げます。
マヨラ・カナームス東京、初めてその名を聞く方もいらっしゃるかもしれません。私も初めて聴きに行った団体です。あまり調べすに聴きに行ったのですが、この団体、ただモノではありませんでした・・・
いやあ、古楽だったのです!アマチュアの古楽団体って・・・・・実は同日で、いつも聴きに行っているセタガヤ・クオドリベットさんとバッティング。悩んだ末、マヨラ・カナームス東京を選びました。その理由は、プログラムがモーツァルトのメサイアK572だったから、です。
上記エントリでご紹介したCDの他に、実演も実は以前聴きに行っています。それが、中央大学混声合唱団創立60周年記念演奏会です。まだ白石先生ご存命の時代・・・
私のようにかなり際物好きじゃないとなかなか興味を示さないプログラムだと思います。それほど珍しいものなんですが、しかし、当日は多くの方が詰めかけていました。ロケーションは杉並公会堂大ホール。席が制限されていたので空いている席もありましたが、解放された席はほとんど埋まっていました。知っている人はこの作品の価値を知っているんだなあと思うと同時に、そもそもマヨラ・カナームス東京がヘンデルのメサイアを演奏することを主眼に設立されたということで、長く足を運んでいる人が多いのだろうと想像します。実はこの翌日にもとあるコンサートに足を運んでいますが、どちらもコアなファンがついているという印象です。
それにしても、アマチュアで古楽?あまりよくないんじゃないの?と心配になる方もいらっしゃるかもしれませんが、その不安を吹き飛ばすような、素晴らしい演奏でした。まず、私が持っているCDとは違い、最初にヴェルギリウスの言葉が読み上げられます。これをしている演奏は私が持っているCDのなかでは。BCJだけです。この一例だけでも、マヨラ・カナームス東京がいかに気合の入った団体かわかろうものです。プログラムを見た途端、私はとんでもない団体を聴きに来ているのだと理解しました。
その団体が、ある意味モーツァルトの編曲であるメサイアを演奏する・・・当然、モーツァルトへのリスペクトがなければ成立しません。演奏前からワクワクが止まりません。
古楽で聴きますと、まさにこのK572の特徴がはっきりと浮かび上がります。上記リリンク指揮シュツットガルト・バッハ合奏団他のCDを取り上げた時にも触れていますが、音楽的にはヘンデルですが、しかしモーツァルトは古典派の作曲家であり、かつ成立した時代はすでにベートーヴェンも活躍を始めていた時代ということを考慮しますと、やはり和声は古典派なんです。木管楽器の使用や和声など、古典派の知見が詰まった編曲になっているわけなんです。この編曲がモーツァルトの「レクイエム」を成立させましたし、ベートーヴェンが第九を成立させる元にもなっているはずです、資料は残っていませんが・・・しかし、二重フーガの見事さを鑑みれば、モーツァルトが対位法をどのように処理したかを参考にしていなければ無理だと思います。
勿論、これをわからせるためには、レベルの高い演奏が必要で、まさにマヨラ・カナームス東京さんは見事な高いレベルの演奏をたたき出したのです!オーケストラはオルケストル・アヴァン=ギャルド。一緒に活動しているそうですが、この名前からもその気合の入りようがわかろうもの。いやあ、この団体でベートーヴェンの第九が聴きたい!と思ったのは私だけではないと思います(実際過去に演奏しているそうです。行きたかったなあ)。モーツァルトは歌詞はドイツ語ですが、これはそもそもヘンデルの英語の歌詞をドイツ語に翻訳したもの。その翻訳のすばらしさも今回改めて感じました。韻をしっかり踏むなど、実に工夫して編曲されています。そのうえで、なるべく原曲のリズムに合ように翻訳されています。スヴィーデン伯爵のサロンに集う人たちのレベルと志の高さを感じあるを得ません。それも見事に演奏で示しているのです(この点に気づいていた若い人たちが来ていたのも、この団体のファン層のレベルの高さを感じます。おそらく音大の人たちでは?)。
そのドイツ語も口語体だったのも好印象。スヴィーデン伯爵がなぜモーツァルトにメサイアを編曲してほしかったのか。そもそもヘンデルという、当時ではすでに古い様式の作曲家の作品を取り上げて、編曲してほしかったのか。それは、明らかにスヴィーデン伯爵が未来を見据えた人だったことがわかるかと思います。日本語で言えば、温故知新。この一言に集約されると考えて差し支えないでしょう。そしてそれは、私の考えでは明らかにベートーヴェンの第九につながっていますし、後期ロマン派の時代に、ドビュッシーがフランス・バロックを研究して新しい和声を登場させたことにもつながっているのです。その意味でも、スヴィーデン伯爵とモーツァルトがこの「メサイア」で果たした役割は偉大であると言えましょう。そこへのリスペクトにあふれた演奏です。力強くかつ軽い合唱は、なんとホールを満たすほど!音に包まれるなんてものではなく、まさに音の中に私がいるという感じです。その音響により私自身の魂が揺り動かされる。この感覚が、アマチュアで経験出来ようとは!
そして、ソリストも実力派ぞろい。特にソプラノの中江早希さんの美しく力強い歌唱は、聴いていて本当にうっとり。その職人たちを指揮するのは、渡辺祐介氏。団が招へいしたそうなのですが、そうなると単なるアマチュアではなく、セミプロと考えるほうが適切かもしれません。あるいはそもそもプロなんだけれども、アマチュアとしてヘンデルのメサイアが歌いたいということで結成されたかのどちらかでしょう。それだと、レベルの高さは納得です。そもそもアマチュアというのは、他に仕事をしているけれども音楽を楽しみたいから結成されているわけで、その仕事がサラリーマンか専門職かの違いであって、その専門職というのがたまたま音楽家である、というだけということもあるはずなので。例えば、学校の音楽の先生は、大抵音大出です。そんな人たちが集まれば、レベルの高い演奏になってもなんら不思議ではないわけです。
渡辺氏自身の解釈も、声楽に合わせたフレージングを大切にする印象がありました。テンポが速めであっても、どこかで息継ぎを考えているような感じ。これも好印象で、優れた指揮者だと感じました。さすが団が招へいするだけあるなあと思います。そもそも、オーケストラが最初にあるのではなく、あくまでも合唱団が最初にあって、そこにオーケストラがつくという形なので、当然ではありますが、その理念を理解している指揮者だと言えましょう。だからこその、レベルの高い演奏につながっているとも言えます。
今、リリンク指揮シュツットガルト・バッハ合奏団他の演奏するCD(これはモダンですが)を聴きながら原稿を書いていますが、正直、そのCDを凌駕する演奏が誕生したと言っていいです。その点では、常に私が申し上げている、海外オケを賛美する時代は終わったと感じます。勿論、海外オケの演奏は素晴らしいのですが、しかし国内にも素晴らしい団体がありますよ、ということです。しかも、マヨラ・カナームス東京さんはアマチュアという立場なのでチケット代も安いですし(今回は3000円でした)。高いお金を出して残念に思うくらいなら、国内団体に目を向けてみれば?という想いはずっと持っています。
そしていま思い出されるのは、大学時代に所属した古美術研究サークルで、たしか東京国立文化財研究所の方だったと思いますが、その方を招聘して会合を持った時に言われた言葉です。「仏教美術は、日本文化における基礎である。仏教建築は明らかに、その後の城郭建築などに確実に受け継がれている」。これはそのままクラシック音楽におけるバロック音楽、あるいはスヴィーデン伯爵とモーツァルトが果たした役割に相当するものです。この言葉が持つ意味をはっきりと思い起こさせてくれた、素晴らしい演奏でした。
聴きに行ったコンサート
マヨラ・カナームス東京第10回定期演奏会
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲
メサイアK572(ヘンデルの作品の編曲)
中江早希(ソプラノ)
湯川亜也子(アルト)
中嶋克彦(テノール)
氷見健一郎(バス)
渡辺祐介指揮
オルケストル・アヴァン=ギャルド
マヨラ・カナームス東京
令和5(2023)年11月18日、東京、杉並、杉並公会堂大ホール
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。