東京の図書館から、62回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘルムート・リリンク指揮シュトゥットガルト・バッハ合奏団他による、バッハの教会カンタータ全集、今回はその第10集を取り上げます。
収録されている曲は、第186番と第147番の2曲です。一応まだヴァイマル時代のものになります。
①カンタータ第186番「おお魂よ、憤ることなかれ」BWV186
カンタータ第186番は1723年7月11日初演(三位一体節後第7日曜日用)ですが、リリンクはこのヴァイマールの時代に入れています。それはこの曲の元となったのがBWV186aで、1716年に降臨祭用として作曲され、演奏されたためです。
ここでも、ヴァイマル時代の作品がそのままライプツィヒでは時期的に演奏できなかったために、ライプツィヒでは三位一体節後の日曜日用として改作、2部制に拡大されたものです。ここではその拡大版である第186番で演奏されていますが、本来ヴァイマル時代に入れるのであれば、1716年の形になるべく近い形での演奏を目指すべきだったかなと思います。そのうえで再度ライプツィヒ時代としてこの第186番を入れるという選択肢もあったと思いますが、恐らく予算と時間の都合上ライプツィヒ時代の形で演奏したものをヴァイマル時代に入れざるを得なかったのでしょう。モダン楽器だからこそヴァイマル時代の形で演奏してみるのも一つの手だったと思います。
それでも、モダン楽器だからこその壮大さや、声楽とのバランスを考えた音量などは、さすがリリンクです。この世の貧しさとイエスの豊かさを対比させる部分も、モダン楽器の特性を考えた起用法となっている点もさすがです。
②カンタータ第147番「心と口と行いと生命もて」BWV147
カンタータ第147番は、これも1723年7月2日とライプツィヒでの初演の作品ですが、ヴァイマル時代の作品として扱っています。BWV147a(1716年降臨節用)を原曲とするからです。
有名な「主よ、人の望みの喜びよ」を含んでいる作品として、恐らくバッハのカンタータの中で最も有名な曲であると言っても差し支えないでしょう。ただ、これも第147番からBWV147aが復元可能であるゆえに、原曲をここに収録の上、ライプツィヒ時代で新たに第147番を収録でも良かったかと思います。CDでは記載がなかったのですが、これも実は2部制なのです。そして原曲はもっと質素です。まあ、それは聴き手でどうにかしてくださいという形なのでしょうが、ただこの全集が演奏された時代はまだLPレコードの時代であり、CDがようやく出始めたかという時代ですから、なかなか聴き手によって編集するというのは難しいと思います。その意味でも、原作はこうだったという提起をしても良かったかなあという印象はぬぐえません。そこまで学究的な姿勢ではないということなのかもしれませんが、可能な限りリリンクの視点で変更をしている曲もありますので、思い切った収録があっても良かったと思います。その点でこの第10集は残念な点が散見される録音です。
とはいえ、この第147番でも、モダン楽器の特性を考えた演奏は健在で、特に壮麗で華麗な曲における華やかさはモダン楽器ならではです。ソリストに対する楽器のバランスもいいですし、モダン楽器でも十分バッハを演奏することは可能であることを証明しています。この全集が無かったら、アマチュアがバッハを演奏しようとはしなくなったことでしょう。ただ、最近はアマチュアでも古楽演奏を選択するケースも増えてきているのは確かですが。
人間の罪深さと、イエスへの愛情を対比させた作品ですが、その対比もモダン楽器だからこそ表現できるダイナミックさが秀でており、静謐な部分ではオペラ的な声楽を使って声楽を際立たせてもいます。そもそも、バロック時代においてもオペラは作曲されていたことを鑑みれば、モダン楽器の演奏に於いても声楽をどのように取り扱えば楽器とのバランスが取れるのかが考え抜かれています。有名な曲であるからこそ、ピリオド楽器が主流になった現代においてモダン楽器で演奏する意義を考えるというスタンスで聴くべき演奏だと思いますし、そこから聞き取れる作品の魂もまた、聴き手に迫ってきます。
とはいえ、この2曲をヴァイマル時代に含めるのであれば、やはり原曲の形をモダン楽器で演奏したらどうなるのかというのは、聴きたかったところだなあと思います。勿論、1曲ずつファイルになっているわけなので個人的に並び替えるという選択もできますが、一方で原曲の形にしたとき、リリンクはどんな判断をしたのだろうという興味もあります。むしろそこが聞き取れないのが、残念なのです。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第186番「おお魂よ、憤ることなかれ」BWV186
カンタータ第147番「心と口と行いと生命もて」BWV147
アーリン・オジェー、インゲボルク・ライヒェルト、ナンシー・バーンズ、ユディト・ベックマン(ソプラノ)
ヘレン・ワッツ、ノルマ・レーレル、ヴェレナ・ゴール、ガブリエル・シュナウト、ヒルデガルト・ラウリッヒ(アルト)
クルト・エクヴィールツ、フリードライヒ・メルツァー、テオ・アルトマイヤー、アダルベルト・クラウス(テノール)
ヴォルフガング・シェーネ、ハンス=フリードリッヒ・クンツ、ジークムント・ニムスゲルン、フィリップ・フッテンロッハー、二クラウス・テューラー(バス)
ゲッヒンゲン聖歌隊
フランクフルト聖歌隊
ヘルムート・リリンク指揮
シュトゥットガルト・バッハ合奏団
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。