かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

マイ・コレクション:ホルスト 組曲「惑星」

今回のマイ・コレは昨日のアイドルから打って変わって、ホルストの惑星です。指揮はシャルル・デュトワ、演奏はモントリオール交響楽団です。

いきなりですよ、菊池桃子を聞いていたと思えば、ホルストの惑星・・・・・面白いでしょ?自分でもそう思いますが、これが高校時代私はごく普通でした。

ホルストの惑星は、授業で聴いたのと、当時NHK・FMで流れていたのを聴いたのがきっかけです。これは地元、もしくは下校途中の乗換駅のCD店どちらかで買っているはずです。

この曲はちょうど第1次世界大戦直前に着手された作品で、第1曲「火星」はその影響を色濃く受けているといわれていますが、本人はそうでもなかったようです。いわゆる占星術に基づいているそうで、そこから着想を得たそうですが、それにしても火星に関してはおどろおどろしく、本当に影響がなかったのかと考えてしまいます。

もしかするとなかったかもしれませんね。きな臭いのは確かでしたでしょうが、あの大戦はバルカン半島でのテロが、あっという間に国家間への対立へと広がり、世界大戦へと発展したものです。そこから着想を得る暇はなかったかもしれません。それだけ、あっという間に始まってしまった世界大戦でした。

そう考えますと、私たちはやはりこの曲を聴くのにはそういった戦争の影、というものを一端取り外さなくてはいけない必要があるかと思います。ただ、それがなかなか難しいのですね〜。

それは、私もどうしても火星に関して言えば、第1次世界大戦と絡めてどうしても聴いてしまっていたからです。それは、私たちが歴史を下手に学んでいるからこそ、そう聴いてしまうのです。その当時の人たちの感覚で聴かないといけない、そのことをこの曲ほど感じるものはありません。

戦争で着想を得たのなら、金星以降の曲が説明つかなくなるからです。

この曲の構成を見てみますと、火星と金星という、地球に近い惑星から並べ始め、だんだん太陽系の外へと行くように並べています。最後は海王星で終わります。当時まだ冥王星が発見されていませんでしたから。ただ、最近の天文学はこのホルストの惑星の並べ方があっていたと結論付けまして、最近ではふたたび海王星までとなりました。

そんな天文学の影響も受けたこの作品ですが、デュトワはちょっとだけ冷静にこの作品を見つめています。確かに、火星は非常におどろおどろしく、それは聴いた当時私も身の毛がよだったものですばらしい演奏ですが、確かにそれ以外の曲はアンサンブルのすばらしさが抜群で、ことさら戦争が前面に出てくるわけでは決してありません。それは、第1次大戦がどう始まったか、世界史を紐解いてみれば確かにと納得できます。

基本的に、この曲は天文学占星術の融合と見るべきで、火星はその延長線上、たまたま戦争を色濃く反映する曲になった、というべきかと思います。それをデュトワ/モントリオール響のコンビはさらりと主張しています。

テンポもよく、ことさら何かを主張しませんが、かといってダイナミクスさはとても持っていて、火星もそうですが、木星もすばらしく、当時このアルバムは木星がすばらしいというふれこみだったのです。実はこのCDを選んだのも火星ではなく木星のすばらしさのふれこみを信じて買った一枚です。確か、日本で年間の賞を当時取っているはずです。

この曲は、現代音楽の中で私が唯一好きといえる曲です。それがあまり有名な作曲家を生み出さないといわれるイギリスの作曲家というのがまた面白いと思っています。大陸では同時代、ワインガルトナーやリヒャルト・シュトラウスといった後期ロマン派最後の巨匠や、ストラヴィンスキーといった、基本的にメロディを破壊してゆく作曲家たちが出ていて、その過渡期に差し掛かっていましたが、イギリスはそこからちょっとだけやはり距離があったためなのか、そういう二大勢力のせめぎあいをこの曲からはさほど感じません。

勿論、全く無調音楽的な部分がないかといえばうそになりますが、基本的にはメロディを大切にしながら、無調音楽的な部分もあるという構成で、それがしっかり構成されている点がとても聴きやすいなと思います。

大陸でのせめぎあいを横目で見ながら、いい点はどんどん取り入れてゆく、そんな姿勢すらこの曲からは感じられます。もしかすると、このコンビが伝えたかったことは、その点なのかもしれません。



聴いているCD
グスタヴ・ホルスト作曲
組曲「惑星」全曲
シャルル・デュトワ指揮
モントリオール交響楽団
(LONDON F35L-20085)