東京の図書館から、78回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、テルデックレーベルから出版された、古楽演奏によるバッハのカンタータ全集、今回は第59集を取り上げます。CDでは第34集となっていますが、ここでは図書館の通番に従っています。収録曲は第136番、第137番、第138番、第139番の4つです。珍しく4曲収録で総演奏時間は1時間を超えています。
この全集は指揮者2名体制で、ニコラウス・アーノンクールとグスタフ・レオンハルトの2人です。この第59集は指揮者がニコラウス・アーノンクール、管弦楽がウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、合唱団はテルツ少年合唱団となっています。
①カンタータ第136番「神よ、願わくばわれを探りて」BWV136
カンタータ第136番は、1723年7月18日に初演された、三位一体節後第8日曜日用のカンタータです。
ソリストはソプラノ以外のすべてのパートとなっており全員大人であるため、テルツ少年合唱団の少年が女声を担当するのとは対照的です。合唱は第1曲は詩編、最終合唱はコラールですが、その聖書の言葉と対照的な印象を持ちます。清純な少年と、煩悩(という表現がキリスト教で適切かはわかりませんが)に満ちた大人とのコントラストのように聴こえるのです。それは天と地という対照かもしれません。この辺り、アーノンクールの深いスコアリーディングを感じます。
②カンタータ第137番「主を頌めまつれ」BWV137
カンタータ第137番は、1725年8月19日に初演された、三位一体節後第12日曜日用のカンタータです。J.ネアンダーのコラールを歌詞に全て使ういう形によるコラールカンタータで、1724年から開始され途中が抜けているコラールカンタータを埋める作品となっています。それにしても、たまにコラールの歌詞丸パクリという作品がありますが、それだけ忙しかった、あるいは教会との関係性がよくなかったことを暗示させます。一方で、このカンタータは鏡像カンタータとなっており、まさに「音楽の捧げもの」という側面を強く持つ作品でもあります。それは歌詞のすべての冒頭が「主を讃えよ」という出だしになっていることでも言えるでしょう。
鏡像カンタータの中心となる第3曲で、この録音で初めてソプラノが参加しています。テルツ少年合唱団のボーイソプラノであるアラン・ベルギウス君、もうおなじみですが、清純あるいは純潔という印象が強いソリストです。さらに言えば録音を重ねるごとに表現力があがっており、この第3曲はバスとの2重唱です。大人のバス(アルベルト・ハルティンガー)とのアンサンブルでも全くそん色ないですし、これがドイツの少年合唱団の実力なのだと思い知らされます。少年合唱団と言えばウィーン少年合唱団が取り上げられますし今年も来日し関西万博でオーストリアのナショナルデーで公演を行うようですが、欧州の少年合唱団はそれだけではないのだと思い知らされます。ちなみに、私は関西万博に行く予定ですがオーストリアのナショナルデーには予算の都合上予定が組めませんでした・・・せっかくなのでウィーン少年合唱団の歌声は聴きたかったです。
③カンタータ第138番「汝なにゆえにうなだれるや、わが心よ」BWV138
カンタータ第138番は、1723年9月5日に初演された、三位一体節後第15日曜日用のカンタータです。1723年初演と言っても、形の上ではコラールカンタータとなっており、さらに第1曲と第3曲ではコラール合唱にソロのレチタティーヴォを挿入する形にして、第3曲は第2曲のバスのレチタティーヴォから連続させるという、稀有なことをやっています。
その構造のせいなのか、実はこの第138番の演奏に於いては、アルトは大人のポール・エスウッドではなく、テルツ少年合唱団のボーイ・アルトであるシュテーファン・ランプフ君が担当しています。ランプフ君も再び登場です。このランプフ君の、多少たどたどしさがある清純な声が、苦しみの中に指す一条の光のような効果を持っているのです。こうなると、まさにバッハのカンタータにおいて、ソプラノとアルトというパートは、果たして大人の女性で本当にいいのかという疑念すら湧き上がってきます。男性がいけないのであれば少女を使うということも考えるべきなのではないかとすら・・・
勿論、大人の女性でしっかりと表現できればそれでいいと思います。ただ、アーノンクールはそれを是としなかったと言えるわけです。この辺りはとても考えさせられる演奏です。適材適所とは一体なんぞやと、現代を生きる私たちたちに突き付ける演奏です。本当の能力主義とは?とも・・・今現在アメリカで起きていることは、本当に正しい方向なのかという事すら、まるで40年ほど前に演奏で預言していたとも言えるのです。
④カンタータ第139番「幸いなるかな、おのが御神に」BWV139
カンタータ第139番は、1724年11月12日に初演された、三位一体節後第23日曜日用のカンタータです。コラールカンタータで、そのコラールはバッハが生まれた後に成立したものですが、旋律はその1世紀前のものを基にしています。これはこの曲が「幼児のごとき神への信頼」ということを、音楽で表現するために採用した手法だと個人的には考えます。なぜなら、古いものはある意味「プリミティブ」ということを意味するためです。
臨床心理の用語では「インナーチャイルド」という言葉がありますが、まさにこの曲は「神への信頼」は自らのインナーチャイルドと対話するかの如くだと言えるでしょう。それを具体的に表すために採用した手法が、近代的なコラールに音楽は旧いものを付けるということだったと、個人的には考えるわけなのです。
その合唱に、テルツ少年合唱団を単独で充てるという判断を、アーノンクールはしたということになりますが、その効果は実に平和で温かい印象に結実しています。そして鈴木雅明氏がバッハ・コレギウム・ジャパンに於いて大人だけという選択をしたのは、まさに「音の質感」が西洋人と東洋人とでは異なるということを鈴木氏が理解していたとも言えるでしょう。その最良のテキストとも、この第139番の演奏は言えるように個人的には感じます。
その意味でも、1つの作品に対しては、できれば複数の演奏を聴いた方がいいと思います。そういうことができる芸術というものが、クラシック音楽だと言えます。この本質がもっと世の中に広まればいいなあと思っています。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第136番「神よ、願わくばわれを探りて」BWV136
カンタータ第137番「主を頌めまつれ」BWV137
カンタータ第138番「汝なにゆえにうなだれるや、わが心よ」BWV138
カンタータ第139番「幸いなるかな、おのが御神に」BWV139
アラン・ベルギウス(ソプラノ、テルツ少年合唱団)
シュテーファン・ランプフ(アルト、テルツ少年合唱団、BWV138)
ポール・エスウッド(アルト、BWV136、137、139)
クルト・エクウィルツ(テノール)
ヴァルター・ヘルトヴァイン(バス、BWV136)
アルベルト・ハルティンガー(バス、BWV137)
ローベルト・ホル(バス、BWV138・139)
テルツ少年合唱団(合唱指揮:ゲールハルト・シュミット=ガーデン)
ニコラウス・アーノンクール指揮、通奏低音
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。