かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:ウィスペルウェイの演奏集

今回の神奈川県立図書館所蔵CDは、ペーター・ウェスペルウェイのチェロ演奏集です。基本的にはチェロとオーケストラのための作品が並んでいます。

とは言うものの、これを借りた理由は、第1曲目のサン=サーンスにありました。以前、サン=サーンスのチェロ協奏曲第2番は借りていますが、実はこのチェロ協奏曲、なかなか出ていない代物です。

幾度か店頭でも探していますが、なかなかサン=サーンスのチェロ協奏曲は見つからないのが現状です。やはりピアニストということからピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲ばかりなんですね。

そんな中でようやく見つけたのが、この音源でした。記憶が確かならば、レーベルはシャンドスだったと思います。

こういう音源は、意外な発見があるのが楽しみでありまして・・・・・

サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番は20分かかるかかからないかの、ある意味小品です。当然、カップリングが他にないとアルバムとして成立しません。そのカップリングが、チャイコフスキーブルッフです。

チャイコフスキーは有名なアンダンテ・カンタービレと、ロココ風主題による変奏曲作品33。ブルッフは、「神へのすべての誓い」という意味の「コル・ニドライ」。チェロという楽器のもつ美しさの別な側面を、私たちに教えてくれています。

まず、サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番です。1872年に作曲されたこの曲は、3楽章がつながる見かけ上の単一楽章となっています。

チェロ協奏曲第1番 (サン=サーンス)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA_(%E3%82%B5%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9)

もちろん、循環形式にもなっており、第3楽章に当たる部分では主題がもう一度回想されています。この点は常識と考えているのか、ウィキでも記載がないのが残念です。

書き写したブックレットでも言及されていることなのですが、サン=サーンスは評価が低すぎる作曲家だと私は思い始めています。形式面でははっきりと現代音楽の扉を開いた作曲家ですし、また、音楽面でも旋律は親しみやすいながらも演奏するときにはいろんな素養が必要とされ、高い教養が必要となる点において哲学的です。これほどの楽曲を書く作曲家の評価が低いというのは、誠にさみしいものだと思います。

その理由を考える時、やはりドイツ音楽の重厚なものへの憧れというのが、長らく日本人にはあったのではないかという気がします。それがたとえば、バッハであればリヒターの演奏偏重だったりするわけです。しかしようやく、日本はサン=サーンスの音楽が評価できる素地ができてきたのではと思います。その代表例がBCJですし、また、中央大学音楽研究会混声合唱部の軽めで美しくしなやかで力強い演奏ということに現われてきていると思っています。

江戸の町人文化や、あるいは連歌から俳句が生まれたように、日本人は重厚なものだけではなく、もっとしなやかなものも好きですし、シンプルであっても深遠なものを表現する芸術が好きな民族です。サン=サーンスの芸術は、私は誠に日本人が本来好むものであると思っています。

このチェロ協奏曲第1番は、形式面だけではなく、その音楽も重厚かつしなやかです。その中にある、深遠な美の世界。まるでルネサンスの彫刻のような、分かり易いのに聴いていて深いものをかんじざるを得ないその音楽は、まさしく聴く者を「ヘビーローテーション」へといざなうものです。

第2曲目と第3曲目はチャイコフスキーで、第2曲目はアンダンテ・カンタービレ作品11です。正確には「弦楽四重奏曲第1番第2楽章」です(作品番号は同じ11)。弦楽合奏になるときだけ、単独で扱われます。

弦楽四重奏曲第1番 (チャイコフスキー)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA_(%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC)

実は、私は先にその弦楽四重奏曲のほうを持っていまして(それについてはまた「マイ・コレクション」のコーナーにて)、いわゆる普通に聴かれる管弦楽版の作品11は持っていなかったため、この音源を選んだという経緯があります。つまり、サン=サーンスだけではないということなのです。

第3曲目が「ロココ風主題による変奏曲作品33」です。ロココとは、美術、特に服飾史における時代区分で、音楽史でいえば多感主義、あるいは前古典派の時代を指します。

ロココ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%82%B3

この曲においては、具体的にはモーツァルトの時代を指します。この曲は、モーツァルトを賛美した曲と言っても過言ではありません。しかし、変奏の主題はあくまでもチャイコフスキーの作曲です。いわば、ロココの音楽へのオマージュとも言うべき作品と言っていいでしょう。

ロココの主題による変奏曲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%82%B3%E3%81%AE%E4%B8%BB%E9%A1%8C%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E5%A4%89%E5%A5%8F%E6%9B%B2

1876年に作曲された作品ですが、当初の形で演奏されることはほとんどなく、最近になって原典版が出てきました。この音源では所謂「フィッツェンハーゲン版」で演奏されています。

ウィキではチャイコフスキーがかなり神経質だった記述がありますが、それは単に作品をいじられたというだけでは説明つかないでしょう。ブックレットにはその理由を想像できるいい表現が端的に書かれています。

チャイコフスキーが第4交響曲を作曲している頃、モーツァルトを讃えて書かれた作品だ。」

当然校訂はその後になるわけで、そのころにチャイコフスキーはイライラしていたわけです。第4番の後第5番を書く間に、チャイコフスキーは入水自殺未遂を起こしています。そいうった精神不安定の部分が、イライラに繋がっていたという可能性は否定できないでしょう。もし、ウィキの通りであれば、精神不安定の原因が、この曲の校訂にあったと証明されねばなりません。私は、イライラの一原因に過ぎないと考えています。

彼はモーツァルトを尊敬していました。その作品をいじられるのですから、イライラしないわけはありませんが、ただ、実際フィッツェンハーゲン版をなかば支持したというところに、チャイコフスキーのイライラの本当の根源があるような気がしてなりません。表現が少し端的すぎるかなと思います。

第4曲目がブルッフの「コル・ニドライ」です。ブルッフはドイツの作曲家でプロテスタントでしたが、当時広く歌われるようになっていたユダヤ教の聖歌がこの曲の元となっています。

コル・ニドライ (ブルッフ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4_(%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%83%95)

マックス・ブルッフ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%83%95

この人はサン=サーンス以上に日本はもとより本場でも評価されていない作曲家なのではないでしょうか。その原因が、この「コル・ニドライ」のような彼のユダヤ旋律の使用だと思います。ナチスによってユダヤが迫害され、それに伴いブルッフの作品もなかば「退廃音楽」指定となってしまいます。

退廃音楽
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%80%E5%BB%83%E9%9F%B3%E6%A5%BD

こう見てくると、このアルバムには統一されたテーマがあることに気が付かされます。一つには、チェロという楽器のイメージを払しょくすること、さらには評価されていない作曲家、あるいはその作品に光を当てること、そして何より、「ロマン派とはいかなる時代で、チェロの作品であればそれはどれに当たるのか」、です。ブックレットで、演奏者はこういっています。

「典型的なロマン派のチェロ協奏曲を演奏して欲しいと依頼されると、私たちはすぐにドヴォルザークエルガーの協奏曲を思い浮かべるが、これらの作品はそれぞれ1895年と1919年に作曲されたものだ。これに対して、本当のロマン派時代の協奏曲といえば、シューマン1850年)、サン=サーンス(1870年)、チャイコフスキー(1876年)らの作品なのである。これは今考えても、なかなか衝撃的な事実である。ロマン派と19世紀に関しては、かなりの誤解があるようだ。」

ロマン派というのは、かなり多様な音楽が花開いた時代であるということを、このコメントやこの音源の演奏ではっきりと教えられます。彼の表現力は確かで、pでもfでも気品を失わず、力強くかつしなやかで、豊潤な音楽がどの作品でも花開いています。その演奏をもって上記のように言われれば、はい、おっしゃる通りですとしか言いようがありません。

そのため、私はなるべく意識して、ロマン派と一言で言わずに、前期ロマン派、後期ロマン派と分けるようにしています。ロマン派を今まで分けて述べてきたのにはこういった背景があったわけなのです。

こういったアルバムが、できれば国内盤で、日本人の演奏で出るようになれば、どこぞの市長のように本来国の補助金ではなく地方で支えなくてはならないオーケストラを、なかば放棄するような政策など、出来る筈がないと思います。




聴いている音源
カミーユ・サン=サーンス作曲
チェロ協奏曲第1番イ短調作品33
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
アンダンテ・カンタービレ作品11
ロココ風主題による変奏曲作品33
マックス・ブルッフ作曲
コル・ニドライ
ピーター・ウェスペルウェイ(チェロ)
ダニエル・ゼペック(ヴァイオリン、指揮)
ブレーメン・ドイツ室内フィルハーモニー


このブログは「にほんブログ村」に参加しています。

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
にほんブログ村
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ
にほんブログ村
にほんブログ村 クラシックブログ 合唱・コーラスへ
にほんブログ村

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。