東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、熊本マリがドビュッシーを演奏したアルバムをご紹介します。
熊本マリは日本のピアニストでありながら、海外で活躍するピアニストです。以前もこのブログで取り上げています。
その熊本マリさんが、メジャーであるドビュッシーを取り上げるわけです。これは借りない手はないなあと思い、手に取った次第でした。
このアルバムでは、「子供の領分」と「ベルガマスク組曲」を軸に、小品や前奏曲、練習曲を取り上げています。曲目はいかにご紹介することに今回はとどめたいと思います。やはり、注目は熊本マリさんがどのような解釈、演奏をするかですから。
ドビュッシーだと、印象派というカテゴライズをされることが多いわけなんですが、しかし、熊本マリさんの演奏を聴きますと、ドビュッシーは果たして印象派なのか?と感じざるを得ないのです。これは私自身もブログで述べてきたことですが、下記ウィキペディアの説明を読んでも、ドビュッシーを単に印象派というカテゴライズで語らないほうがいいのではと思わざるを得ません。
ドビュッシーが何かの「印象」を表現しているというよりは、何かを象徴しようとしていると判断するほうが適切な作品が数多あるからです。そもそも本人が印象派というカテゴライズを拒否していることを、特に演奏者は意識せざるを得ないのではと思います。聴き手としては、あまり枠にとらわれず聴いてもいいとは思います。ただ、作品そのものは、印象主義で作られたわけではないことに留意が必要でしょう。
その最たるものが、このアルバムには集録されていると私は思いますし、恐らく、熊本マリさんもその視点で入れたのだろうと推測しています。それが、「子供の領分」の「ゴリウォッグのケークウォーク」、そしてタイトルにもなっている、ベルガマスク組曲の「月の光」です。
ゴリウォッグのケークウォークは、黒人人形にケークウォークを踊らさせてみた、という作品です。そもそも、ケークウォークが、黒人の踊りなので、この曲は黒人ダンスを表現したものと解釈することが出来ます。ゴリウォッグはアメリカで黒人差別の象徴として攻撃の対象になりましたが、ドビュッシーはそのゴリウォッグに本来の黒人ダンスであるケークウォークを躍らせてみたという音楽を書いた、ということになります。
この曲が作曲された時代のパリには、黒人も流入してダンスホールも存在し、かつ白人も一緒に踊っていたという事実があります。そうなると、この曲の意図は単なる楽しさを表現しているのではなく、むしろアメリカにおける黒人差別への抵抗の象徴と考えるほうが適切です。つまり、印象などではなく象徴である、ということです。
そして、「月の光」も、月の光の「印象」を表現したのではなく、月の光の風景を表現しようとしたものと解釈できます。つまり、音で月の光を「象徴しようとした」と解釈できます。
そのためか、「ゴリウォッグのケークウォーク」では思いっきりはっちゃけており、しかもその次の曲として「小さな黒人」を持ってきています。これも実はリズムはケークウォーク。ここに、熊本さんの編集の意図が見えてきます。
そして、「月の光」はまさに月の光が降り注ぎ、辺りが照らされるかのようなテンポとピアノのタッチ。柔らかな光に照らされるかのような風景が目に浮かびますし、その風景の象徴を見事にとらえていると言えましょう。私自身、小学生の時に登った八ヶ岳を思い出します。山登りは朝が早いため、まだ月の光に照らされるような時間に山小屋を出発し頂上を目指します。その時に空に浮かんでいた月とその光に照らされる木々が思い出されます。
この二つを、しかも全体の中で位置づける熊本さんの編集と、そのうえでの演奏を聴きますと、本場で活躍する熊本さんらしい解釈をされていると思います。この辺りを見ても、いかに日本における「印象派」というくくりが的を得てないかが見えてきます。その点で言えば、日本におけるドビュッシー解釈に対し、物申しているとも言えるのではないでしょうか。その抵抗の「象徴」にこのアルバムを位置づけ、演奏しているとも取れそうです。
まさに、「熊本さんが弾くドビュッシー」という、タイトル通りだと思います。その意図をくみ取ったうえで、私達は熊本マリさんと、そしてマリさんを通してドビュッシーと対話するのかが、このアルバムを聴く魅力だと思います。
そのアルバムを演奏しているのが、本場ではなく、日本のホールであるサラマンカホール。いやそれスペインでしょ?という、ア・ナ・タ。実は、岐阜のホールなんです。鉄道で言えば、JR東海道本線の西岐阜と穂積の間です。
このホール選定を見ても、私にはこのアルバムが、私達日本人がいまだドビュッシーを「印象派」とカテゴライズしていることへの、抵抗であり、その象徴だと言えるのではないでしょうか。すでに演奏者の間では、ドビュッシーは印象派ではなく象徴主義というカテゴライズは固定されつつあります。聴衆もそろそろ、考えを改めてもいいと思います。
聴いている音源
クロード・ドビュッシー作曲
夢
さえぎられたセレナード(前奏曲第1集より)
亜麻色の髪の乙女(前奏曲第1集より)
ビーノの門(前奏曲第2集より)
バラード(スラヴ風バラード)
5本の指のためのエチュード(12のエチュード第1集より)
子供の領分
1.グラドゥス・アド・パルナッスム博士
2.ジャンボ(象)の子守歌
3.人形のセレナード
4.雪は踊る
5.小さな羊飼い
6.ゴリウォッグのケークウォーク
小さな黒人
ベルガマスク組曲
1.前奏曲
2.メヌエット
3.月の光
4.パスピエ
エレジー
英雄の子守歌
喜びの島
レントよりも遅く
熊本マリ(ピアノ)
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