東京の図書館から、2回にわたりまして取り上げております、小金井市立図書館のライブラリである、スヴャトスラフ・リヒテルの名演集、今回はその第2回です。
今回は第2集ですが、第2集に収録されているのは、ショパン、シューベルト、シューマン、ドビュッシー、ラフマニノフ、プロコフィエフです。イタリアとイギリス、そしてポーランドにおけるライヴ録音から抜粋されています。
ライヴ録音であるせいなのか、それぞれピアノがダイナミックであることも、この録音の特徴の一つです。例えば、2曲目のショパンのエチュード第12番は有名な曲ですが、そもそもエチュードは「練習曲」なんです。けれどもそのピアノの激しくまるで嵐ような・・・超絶技巧のリストなどとは距離を置いたはずのショパンですが、実際にはかなり激しく弾くこともできます。そもそも激しさを内包しているとも言えます。「革命」という題名はリストの命名とされショパンは革命を意識してはいなかったと言われますが、それでもどこかに革命を支持するようなドグマが常にショパンの心の中にあったのかもと思わざるを得ませんし、リヒテルがその内面をスコアから掬い取ると自然に激しくなるのかもしれません。
続くシューベルトはベートーヴェンに近い時代の作曲家であり、ベートーヴェンが認めた作曲家のひとりでもあります。ショパンに比べますとおとなしい音楽ですが、かといってその音楽は人間味があり、このリヒテルの演奏はどこか暖かいものです。
続くレントラーは舞曲。楽し気な様子が目に浮かびますが、連続して演奏されるのも特徴です。17曲の中から第1番~第5番までをつなげて一つの作品のように演奏しています。そもそもこのように遊ぶための作品なのかもって思ってしまいますし、少なくともリヒテルは遊べる曲だとの解釈で演奏しています。軽薄ではなく内面性も持つ音楽は、悲しい時も踊って忘れてしまおう!と言われてるように感じます。
続くシューマンのアベッグ変奏曲。想像のアヴェッグという人に献呈された曲ですが、若い情熱が迸るような作品でもあり、リヒテルもシューマンが誰かを想っているように弾いています。
6曲目から8曲目はドビュッシーの「版画」。象徴主義のドビュッシーの音楽を誠実に表現しています。ドビュッシーは印象派と言われますが最近は象徴主義というカテゴライズが一般的になっており、下記ピティナの解説もその路線になっています。3つの音楽それぞれのシーンが浮かび上がるかのよう。
9曲目から11曲目もドビュッシーで「前奏曲第1巻」。各曲に標題がつけられているのが特徴ですが、その標題から何を想像し、弾くのかというところにドビュッシーが求める「練習」があるのかもと思う作品ですし、実際リヒテルも想像力の翼を広げているように聴こえるのです。
12曲目から18曲目はラフマニノフの「練習曲」。これは古典的な練習曲でありながらも、ラフマニノフが活躍した時代が反映された練習曲だと言えます。ここにはショパンとドビュッシー、そしてラフマニノフそれぞれの練習曲が抜粋で収録されているわけですが、それぞれに個性があって、求めるピアノの「練習」が異なる点もまた聴きどころ。さらに練習のはずなのにがっつり弾くとこれが練習?と思わんばかりの内面性を持つ音楽がズラリ。リヒテルが演奏で表現したかったのも、練習とは何ぞや?ということなのかもしれません。
最後はプロコフィエフの「つかの間の幻影」。1915~17年に作曲されたという時代を反映した音楽です。時代とピアノの性能を存分に生かした調性で表現したいものとは何かを追及する演奏が求められると思いますが、リヒテルはその理想を実に誠実に表現していると思います。
これだけ盛沢山の演奏から見えてくるものは、リヒテルの音楽に対する向き合い方です。誠実かつ繊細で大胆な表現は、作品が持つ魂を掬い取っているように聴こえます。そしてリヒテルのピアニズムの幅広さ。それはリヒテルの音楽に対する誠実さがあって初めて実現するように思います。技術的基礎を、表現にどのように使うのか。技術をひけらかしても人の心を感動はさせられないという信念があるかのようです。こういうピアノの演奏は私は好きです。どの閥がどうのとかは、評論するときは確かに考慮はしますが、感動するためには重要ではないと思います。要素の一つでしなく、全部では私自身の中にはありません。リヒテルの演奏に私が共感し感動するのは、その実直なスタイル故だなあと、改めて思うところです。さて、現代は誰がそんな演奏をしてくれるのか・・・リヒテルに感動しながら、若い人にも注目していきたいと思います。
聴いている音源
フレデリック・ショパン作曲
練習曲第1番ハ長調作品10-1
練習曲第12番ハ短調作品10-12「革命」
フランツ・シューベルト作曲
アレグレット ハ短調D915
17のレントラーD366から
第1番イ短調・第3番イ短調・第5番イ短調・第4番イ短調・第5番・第4番・第1番
ロベルト・シューマン作曲
アベッグ変奏曲作品1
クロード・ドビュッシー作曲
版画
前奏曲第1巻から
帆
野を渡る風
アナカプリの丘
セルゲイ・ラフマニノフ作曲
前奏曲第3番変ロ長調作品23-2
前奏曲第5番ニ長調作品23-4
前奏曲第6番ト短調作品23-5
前奏曲第8番ハ短調作品23-7
前奏曲第12番ハ長調作品32-1
前奏曲第13番変ロ短調作品32-2
前奏曲第23番嬰ト短調作品32-12
セルゲイ・プロコフィエフ作曲
束の間の幻影 作品22から
第3番:アレグレット
第6番:コン・エレガンツァ
第9番:アレグレット・トランクイロ
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。