かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

コンサート雑感:ナズドラヴィ・フィルハーモニー特別演奏会を聴いて

コンサート雑感、今回は令和6(2024)年5月12日に聴きに行きました、ナズドラヴィ・フィルハーモニーさんの特別演奏会を取り上げます。

ナズドラヴィ・フィルハーモニーさんは東京のアマチュアオーケストラで、チェコの作曲家の作品を演奏する団体です。現在、ホームページは閉鎖されているようですが、Facebookにページがあります。

2007年に設立され、第12回定期演奏会まで行われていますが、その後今年まで8年間活動停止。ようやく活動を再開したのだそうですが、今回は第13回定期演奏会ではなく、特別演奏会としたようです。理由は定かではなく当日配られた冊子にも記載はありませんでした。ただ、推測できる要素があります。それは、演奏会が5月12日だということです。これでピン!と来る方もいらっしゃるかもしれません。実は、5月12日は、チェコの作曲家、ベドジヒ・スメタナの命日であり、ゆえに、プラハでは「プラハの春」音楽祭のオープニングの日に当たるからです。正確には、日本時間では13日になりますが。

ja.wikipedia.org

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当日の曲目は、そのスメタナの代表曲であり、「プラハの春」音楽祭のオープニングを飾る、連作交響詩「わが祖国」。故に、私は足を運んだと言うわけでした。ロケーションは、埼玉県所沢市にある、所沢市民文化センターミューズのアークホール。

私の記憶が確かならば、所沢のミューズには行ったことがありますが、アークホールははじめてだと思います。以前、瀬川玄氏のリサイタルではキューブホールに足を運んだことがありました。

ykanchan.hatenablog.com

ゆえに、アークホールは初めて。どんな音響なのかも楽しみの一つでした。瀬川玄氏のリサイタルでは本当に素晴らしい音響でしたが、アークホールもまさに素晴らしい音響。いわゆる「大ホール」がアークホールに相当します。ちなみに、キューブホールは普通のホールでは「小ホール」に相当します。さらに、ミューズには中ホールに相当するマーキーホールもあります。

www.muse-tokorozawa.or.jp

場所は、西武新宿線航空公園駅。飛行機に詳しい方なら、日本で最初に飛行機が飛んだ場所だと気が付く方も多いのではないでしょうか。駅にもその飛行機の型式である「アンリ・ファルマン」の名を冠した喫茶店もあります。そして、ホール至近には東京航空交通管制部、いわゆる東京コントロールもありますし、航空資料館もあり、駅前にはわが国最初の国産航空機YS-11も飾られています。そんな場所で、スメタナの「わが祖国」となると、交通好きでもある私としては、どうしても行かずにはいられませんでした。

当日は、「わが祖国」の前に、チェコ国歌が演奏されました。これは実は、プラハの春音楽祭と同じプログラム。そのせいもあってか、このコンサートはチェコ共和国大使館と、チェコセンター東京が後援となっています。

まず、チェコ国歌を聴いて、このオーケストラのレベルの高さを認識せざるを得ませんした。勇壮な国歌を歌いあげながら、弦楽器にやせた音など全くないアンサンブル。強くて美しい管楽器。クラシック専用のよく響くホールにマッチして、これがアマチュアなのかと思ってしまいます。

第1曲「ヴィシェフラド」。美しいハープから始まりますが、そのあとを受けてのオーケストラのなんと美しく繊細なことか!しかも、テンポもいい感じで、決して急がず、しかしゆったりもせず。まるでスメターチェクのような・・・実はこのオケ、チェコ演奏家とも共演を重ねており評判もいいそうで、そのあたりが、チェコ大使館やチェコセンター東京の後援を得られた理由だと私は推理します。

そして、第2曲「ヴルタヴァ(モルダウ)」。このヴルタヴァこそ、今回私が注目していた部分。というのは、何度か触れていると思いますが、この曲を川がゆったり流れるように演奏するオーケストラ、振る指揮者が多いのです。しかし私はその解釈はどちらかと言えば好みではありません。ヴルタヴァはそんな単純な曲ではないからです。そもそも、皆さんこの曲を「モルダウ」として知っている人のほうが多いのではないでしょうか。私もそのうちの一人ですし、この曲は学内合唱コンクールで中学2年生で歌った懐かしい曲です。しかしその名称は実はドイツ語。スメタナがこの曲を作曲した当時は、チェコオーストリア・ハンガリー帝国、つまりドイツ語を公用語とする国の支配下にあり、実際チェコでも公用語はドイツ語でした。その圧政に対する曲として、実はヴルタヴァは書かれています。配られた冊子では「二重言語」という表現をされていますがまさにその通りでしょう。主題の元となった民謡は広くチェコで歌われる曲なのですが、それは「いつか明るい時代が来る」と言う寓意です。ある意味、ベートーヴェンの「苦悩を突き抜けた喚起」を想起させます。あれ?ドイツに対する曲なのでは?と思いますよね。でも、スメタナは決してドイツを敵視したわけではなく、独立がなされていないことに対する想いが書かせているということは、念頭に置く必要があると私は思うのです。

つまり、ヴルタヴァという曲は、単に川の流れを表現した曲ではなく、チェコという国の現在と未来を暗示した曲である、ということなのです。その解釈をしない演奏は、私はあまり好きではありません。そしてその解釈を明快にしている指揮者が、ヴァ―ツラフ・スメターチェク。私が最初に購入したCD群の一つであり、オーケストラはチェコ・フィルハーモニー管弦楽団。その演奏に限りなく近い演奏をしてくださったことは、本当にうれしかったです!最初の小川が湧き出し流れ出る部分のテンポの速さ!これでもしや?と思いましたらそのあとの旋律でもスメターチェクとほぼ同じテンポで、来た!と思いました。やはり、ヴルタヴァはこうでなくっちゃと思います。

第3曲のシャールカ。「わが祖国」の中では劇的な曲の一つですが、女性が男性に対して戦い勝利するというところが注目だと聴くたびに常に思います。これもおそらく、オーストリア・ハンガリー帝国に対する抵抗を象徴すると私は考えます。そのテーマ自体、かなりセンシティヴだと思いますが、人権という意識が芽生え始めていたヨーロッパにおいては、抵抗を意味するキーワードだったのではと思います。その隠れた意味を、指揮者も良く理解しているように思いました。オーケストラの団員に女性も多いことも、共感できる理由の一つなのかもしれませんし、実は、楽器編成はトロンボーンは3つなのですが、当日は倍管になっており増やされた3つはバス・トロンボーン。この点は、指揮者である佐伯氏の解釈であろうと想像します。それにより、他の曲でもトロンボーンが鳴る部分の迫力が倍増され、ドラマティックになっていました。配られた冊子にはチェコの指揮者ターリヒが「わが祖国」の演奏に於いて校訂したという記述があるので、私もそれほどライヴを見ているわけではないのですが、恐らく楽譜ではトロンボーンは3つであるけれども、実際の演奏ではバス・トロンボーンも付与されて倍管になっていると考えていいのではないでしょうか。この点は、今後も注目したいと思います。実は、予告しておきますが、6月30日にもミューザ川崎に「わが祖国」を聴きに行きますので、その時も注目したいと思います。

休憩の後の第4曲「ボヘミアの森と草原から」。これは完全に描写の音楽で、チェコの美しい風景を歌いあげた曲だと言えるでしょう。自国の風景をしっかりと歌いあげるという点でまさに国民楽派的な作品だと言えるでしょう。これは一転、ちょっとだけ遅めのテンポで入ったのは面白かったです。スメターチェクがどこかドローンで一気に上がってみていくという感じですが、今回の演奏はまるで山登り。その途中でゆっくりと変わっていく風景を登山を楽しみながら味わうという感じの解釈で、かつて八ヶ岳を登った経験を持つ私はいつもと違うテンポでありましたが唸りました。こういう解釈をするか!という経験をアマチュアオーケストラで経験できるのは幸せすぎます。

第5曲「ターボル」と第6曲「ブラニーク」は、チェコの過去と未来を暗示した曲で、ある意味第2曲「ヴルタヴァ」をさらに詳細に描写した曲だとも言えます。二つとも、チェコで起こった「フス戦争」がモティーフ。この「フス戦争」も、チェコの抵抗の象徴と言えるもの。ヤン・フスというキリスト教の宗教家が起こした宗教改革活動なのですが、カトリックによって弾圧されるのです。これって何かに似ていると思いませんか?そう、「プラハの春」音楽祭の名の由来となった、「プラハの春」におけるソ連軍の介入です。「わが祖国」という曲がチェコの第2国歌とも言われ、音楽祭で演奏され続けられている理由は、大国のはざまにあるチェコという国故だと言うことなのです。かつてはオーストリア・ハンガリー帝国支配下にあり、そして冷戦期にはソ連の介入を受ける・・・それはチェコの人々にとって、まさに歴史の物語が現出されていることを意味するのです。その抵抗の象徴として書かれたのが「わが祖国」であり、単なる文化の復興だとかという矮小化されたものではないということが大事なのです。

スメタナは、音楽がドイツ的だ!と非難され続けた人生です。しかし、スメタナの信義は揺らがず、貫き通しました。そこには、「過度な民族主義ナショナリズムになり危険である」という意識がどこかにあったような気がするのです。むしろスメタナはどちらかというとパトリオティズムに近かったのでは?という気がしています。しかしそれがどこかでナショナリズムへと変化し、そのナショナリズムが国を破壊し、他国の支配下に置かれる歴史を、いやと言うほどわかっていたとすれば、この曲の構造は納得できるものです。その構造への共感が、最後まであふれていた演奏でした。全曲を通して力強くかつ美しく鳴り続ける金管群、そのために補強されたバス・トロンボーン、アクセントをしっかりと付けることでアインザッツが強い弦楽器。リズムが立っていたりレガートで歌っていたりと、表現力も素晴らしい!それは明らかに、作品に対する共感以外の何物でもないように聴こえました。だからこそ、チェコの音楽家に「まるでチェコで演奏しているようだ」と言わしめるのでしょう。

8年の休止を経て、新たに活動を開始されたナズドラヴィ・フィルハーモニーさん。その名の由来である「乾杯!(そもそも「健康に」という意味)」の名に恥じない、人生讃歌を聴かせていただいた気がします。単に歴史を語るのではなく、そこには確かに人間がいることを表現してくれました。つぎも機会があれば、是非とも足を運びたいと思います。

 


聴いて来たコンサート
ナズドラヴィ・フィルハーモニー スメタナ生誕200年・歿後140年記念 特別演奏会
チェコ国歌
ベドジフ・スメタナ作曲
連作交響詩「わが祖国」全曲
佐伯正則指揮
ナズドラヴィ・フィルハーモニー

令和6(2024)年5月12日、埼玉、所沢、所沢市民文化センターミューズ アークホール

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。