かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:オーケストラ・ダスビダーニャ第17回定期演奏会1

今月のお買いもの、今回と次回の2回に渡りまして、令和6(2024)年2月に購入しました、オーケストラ・ダスビダーニャ第17回定期演奏会のCDを取り上げます。第30回定期演奏会会場であった、東京芸術劇場コンサートホールでの購入です。

オーケストラ・ダスビダーニャは、東京にある、ショスタコーヴィチ「狂い」が集まったアマチュアオーケストラです。団員は東京だけでなく、全国から集まっており、例えば四国や広島などからも練習に通う猛者もいらっしゃいます。

そのオーケストラ・ダスビダーニャは、第26回くらいまで、前回の演奏会をCDとして記録し、ホールで販売もしてきました。実は、今回の第30回でその販売も終了するということで、私自身、かつての演奏会のCDよりは前回の物をずっと購入してきたのですが、今回最後ということで、あえて過去の演奏会のCDを購入することにしました。それが今回と次回でご紹介する第17回のCDです。

この第17回のプログラムは、以下の通りでした。なお、作曲者は全てドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチです。

①映画音楽「ベルリン陥落」作品82より抜粋
②チェロ協奏曲第2番
交響曲第6番

2枚組になっており、今回取り上げるのは1枚目。収録曲は映画音楽「ベルリン陥落」よりと、チェロ協奏曲第2番です。ショスタコーヴィチと言えば、旧ソ連の映画音楽を数々作曲していますが、その中でも特にプロパガンダが強い作品が「ベルリン陥落」です。

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実際の戦史

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ね、完全なプロパガンダでしょ?ではなぜ、ショスタコーヴィチがそんな作品に作曲したのか。それは、ジダーノフ批判です。

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並みいるソ連の作曲家たちがやり玉にあげられ、下手すれば死が待っている状況でした。そのため、ショスタコーヴィチはこの仕事を受けざるを得なかったというわけです。そのせいなのか、ここに収録されている前奏曲と終曲には、「森の歌」で聴いたことがあるような旋律が出てきます。これはあくまでも私の推測に過ぎませんが、「森の歌」と同年に作曲されており、「森の歌」のほうが作品番号が若いことから、ショスタコーヴィチは「森の歌」から旋律を採用して作曲した可能性が高いです。そうすれば、当局が喜ぶと考えたのでしょう。

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この中の第6曲「未来の散歩道」の旋律そっくりなのです。バッハが自分の作品を使いまわしたように、ショスタコーヴィチも使いまわしたと考えていいと思います。命まで狙われるような状況でなかなか新しい旋律を考え出すというのは無理に近いことだと思いますので・・・同じケースに、実はバッハも当たっており、結局過去の作品を焼き直す「パロディ」をせねばなりませんでした。それを、ショスタコーヴィチが知っていた可能性もあります。

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つまり、「ベルリン陥落」の音楽の一部は、ショスタコーヴィチにとってパロディ手法だった、ということになります。手法が分からなくても、「森の歌」を聴いたことがある人であれば、ショスタコーヴィチの心の叫びであるということを、想像できたのではという気がします。そして、その視点なくして。オーケストラ・ダスビダーニャが取り上げるだろうかという気がします。勿論、ショスタコーヴィチの音楽が好きな人たちですから、なんでも取り上げるかもしれませんが・・・

それは、演奏から想像できるのです。思い切った強いアインザッツ、雄弁な管楽器たち、そして弦楽器。どれも、聴いていて団員たちが作品に共感している様子が見て取れます。映画は旧ソ連プロパガンダです。それに共感している?いや、それは考えにくいです。西側に生きる私たちは、例えばドイツがユダヤ人を迫害したことを知っており、その延長線上で「退廃音楽」指定して主にユダヤ系の作曲家たちを迫害したことも知っています。メンデルスゾーンがわが国でも評価が低いのも、気が付かないうちに私たちはナチス・ドイツの方針に影響を受けていると言えます。これは特に巧妙なので、なかなか私たちは気が付きにくいのですが・・・

そしてこれは、現在のロシアもそうであると言えるでしょう。プーチン氏が好きなチャイコフスキーですが、彼が同性愛者であったことを知っていれば、簡単に同性愛者を否定する国と連携はしないと思います。いや、私は境界線を引いているだけだと言うのなら別ですが、そういった主張は現在のところ見受けられません。

オーケストラ・ダスビダーニャの感受性強いメンバーが、そういった歴史を知らないとは、私は思えないのです。当然ですが、1プロに「ベルリン陥落」を持ってきたのは、意味があると感じています。しかも、この作品には組曲の作品82aもあるのですが、この演奏会では、作品82を採用しています。つまり、組曲ではないんです。ですが、トラックをよく見てみると、組曲から6曲を採用し、そのうえで「ヒトラーの祝勝会」だけは全曲版から採用しています。それはつまり、この作品が何のために作られたのかを、明確に示すものとしてオーケストラ・ダスビダーニャが捉えているからだと言えるかと思います。単なる反共への抵抗・・・だからこそ、史実と異なる、おかしな作品に仕上がったと言えます。

歴史ドラマは脚色されていることが多いですが、少なくとも史実に基づいて脚色することが多いです。例えば我が国の大河ドラマがそうです。しかし「ベルリン陥落」は歴史改ざんに近いことをやっています。宗教を否定した共産主義が、スターリン個人崇拝をあからさまにした作品でもあります。そりゃあ、フルシチョフの時代になってスターリン批判が出るのは当然であろうなあと思います。そこの問題視を、オーケストラ・ダスビダーニャのメンバーが持っていてもおかしくないです。その気持ちが前面に出ている演奏だと思います。

2曲目が、チェロ協奏曲第2番。1966年に、健康を害する中で作曲された作品です。

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健康が優れず、苦しい中で作曲したせいか、旋律的な作品でないですし、さらには、金管楽器はホルンだけ。これも、ショスタコーヴィチのメッセージであり、主張だと私は感じます。トランペットは勇壮さを表わしますし、トロンボーンは宗教的な意味合いも持ちます。テューバも、軍楽隊的な雰囲気があります。それらを一切廃しホルンのみというのは、ある意味死すら感じていたという表れではないでしょうか。

チェロを演奏するのは丸山敏雄氏。チェロがあまり大きい音ではなく、切々と語るような音になっている点を、朴訥に演奏しているのが印象的。そこに、感情の起伏が激しいオーケストラ。これも、演奏者の作曲家への共感に満ちているようです。

アンコールが、映画音楽の「馬虻」からノクターン。チェロは人間の声に似ているということもあるせいか、訥々とした演奏が、切なさを際立たせています。ショスタコーヴィチは本当に映画音楽でも優れた作品を生み出していると感じます。その共感も、演奏から聞こえるのは私だけなのでしょうか。

オーケストラ・ダスビダーニャの演奏レベルと解釈の高さを見せつけるアルバムになったと思います。その意味でも、やはりCD販売終了は残念です。せめて、YouTubeチャンネルの創設の検討をお願いしたいところです。

 


聴いているCD
オーケストラ・ダスビダーニャ第17回定期演奏会
ドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ作曲
映画音楽「ベルリン陥落」作品82より抜粋
チェロ協奏曲第2番作品126
映画音楽「馬虻」よりノクターン(アンコール)
丸山俊雄(チェロ)
長田雅人指揮
オーケストラ・ダスビダーニャ

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。