かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:モーツァルト初期ヴァイオリン・ソナタ集2

東京の図書館から、小金井市立図書館のライブラリである、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集を取り上げていますが、今回はその第2集を取り上げます。

第2集には、第8番から第16番までが収録されています。作曲年代から言ってギャラントな作品となっているのがほとんどですが、それがモーツァルトの幼年期の作品だと知ったら、驚く人がほとんどではないでしょうか。

古典派的な陰影なども備えており、実に聴いていて魅力的。単にBGMとしてだけではなく、じっくり耳を傾けて聴いていたいという作品がそこには存在します。その存在感はおそらく第1集よりは強いのではないかと思われます。

リモートワークの昼下がり、あるいはエッセンシャルワーカーで久しぶりの休日の昼下がりなどで、モーツァルトのこの初期ヴァイオリン・ソナタなどを聴いてみるのも、心安らぐ瞬間ではないでしょうか。確かにベートーヴェンなどと比べれば重厚さや精神的に内面を重視しているということはないですが、しかし気が付けば自分の魂に寄り添ってくれている作品達。なんと素晴らしい音楽なのでしょうか!

時には、「アッと驚く為五郎~」みたいな終わり方をする作品(第11番K.16)もあり、楽しませてくれます。思わずニヤリとしてしまうエンターテインメント。その多様性こそ、モーツァルト作品の魅力の一つではないかと私は思います。それを楽しめるこの瞬間!なんと幸せなんでしょうか。コロナ禍で生き延びていて、この音楽を聴ける幸せをかみしめています。

二人のソリストも、音楽を味わって演奏しているようにも聴こえます。聴いていて思わず楽しくなってしまいますし、体すら動いてしまう。おそらく、演奏する二人も体を揺らしながら演奏していたのではないのかなあと思うくらいです。映像はなくても、録音からそれはうかがえてしまうものです。それはわたしがMusic Center for PCでDSEE HXをきかせて聴いているせいなのかもしれませんが・・・・・

それだけでなないと思っています。小さなアコーギクなど、ちょっとした演奏の仕方によって、曲の印象は変るものです。大元にそういった細やかな演奏があって、そのうえでハイレゾ相当になっているからこそ感じているものであると信じます。技術はリアルへと近づけてはくれますが、そのものではありません。表現者が私たちへ伝えたい「想い」がデータ化されていて、その膨大なデータをどれだけ再生装置で再現できるかという技術の限界があります。そのなかで私たちも何を受け取るか・・・・・そのキャッチボールこそ、とても重要なんだと思います。

 


聴いている音源
ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト作曲
ヴァイオリン・ソナタ第8番ヘ長調K.13
ヴァイオリン・ソナタ第9番ハ長調K.14
ヴァイオリン・ソナタ第10番変ロ長調K.15
ヴァイオリン・ソナタ第11番変ホ長調K.16
ヴァイオリン・ソナタ第12番ト長調K.27
ヴァイオリン・ソナタ第13番ハ長調K.28
ヴァイオリン・ソナタ第14番ニ長調K.29
ヴァイオリン・ソナタ第15番ヘ長調K.30
ヴァイオリン・ソナタ第16番変ロ長調K.31
ジェラール・ブーレ(ヴァイオリン)
ブランディーヌ・ヴェルレ(チェンバロ

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。