かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:リスト オルガン作品集

東京の図書館から、今回は府中市立図書館のライブラリである、フランツ・リストが作曲したオルガン作品を収録したアルバムをご紹介します。

リストと言えば、ピアノ曲交響詩で有名ですが、実は、オルガン作品も作曲しています。オリジナルであったり、もともとピアノ曲であったものをオルガン作品へ編曲したりと、意外とバラエティー豊かです。

リストは1861年に、ローマへと移り住みます。ヴァイマールでのオペラの失敗の責任を取った形です。しかし、ローマと言えば、イタリア。つまり、音楽的には当時の先進地域です。特に教会音楽の重層さにリストは圧倒され、自身も教会音楽、あるいは教会や宗教に因む作品を手がけるようになりました。このアルバムに収録された4つの作品はいずれも、その1861年前後の作品です。

1曲目は「BACHの名による前奏曲とフーガ」。1855~56年にかけて作曲され、その後1869~70年に改訂され、現在ではその改訂版が広く演奏されています。もともとオルガン曲で作曲され、ピアノ曲にも編曲されています。1855年にメルゼブルク大聖堂のオルガン落成式のために委嘱されましたが、間に合わず、その時には4曲目で収録されている「コラール「アド・ノス・サルタレム・ウンダム」による幻想曲とフーガ」が演奏されました。

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BACHの名によると聞きますと、まるでバッハの旋律を使っているように見えますが、実はリストのオリジナルです。バッハ・リスペクトではあるのですが、それをコード進行でB-A-C-Hで表現し、主題を創作したものです。あれ?どこかで聴いた方式ですねと思ったア・ナ・タ。そうです、ショスタコーヴィチと一緒です。ロシアン・アヴァンギャルドであったショスタコーヴィチも、実はしっかりとクラシック音楽の伝統に即した作曲家だったということなのです。これ、意外と見過ごされがちなのですよね。当然ですが、リストもバッハ以来の伝統に敬意を払うという意味合いが、この作品に込められているのです。和声は完全にリストですが、しかしどこか宗教めいた側面も感じられるのは、そういったリストの想いが反映されていると判断していいでしょう。

2曲目は、「システィーナ礼拝堂の想い出」。正式名称は「アレグリとモーツァルト システィーナ礼拝堂にて」でサール番号はS.658。もともとはピアノ曲として作曲され(S.461)、後にオルガン曲へと編曲されました(S.658)。オルガン曲へ編曲されたときには「アレグリとモーツァルト システィーナ礼拝堂の追憶」に改められています。なので単に「システィーナ礼拝堂の想い出」と日本語訳をするのはどうかなあと思います。これ、検索するときにヒットせず結構大変でした・・・

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この作品はアレグリとモーツァルトという二人の作曲家それぞれの作品から旋律が取られ、作曲されています。一応編曲とされていますが、そうはいってもリストによって再編成され、オリジナリティの側面も強い作品だと私は考えます。この手法は現在JPOPでは結構やられている手法でもあります。クラシックを聴きなれていると、あれ?と思う転調がJPOPを聴きますとありますが、それはそういったコード進行を歌詞にあてはめたり再構成したりするところからきています(例えば、最近では新しい学校のリーダーズの「オトナブルー」)。ちなみに、アレグリからはミゼレーレ、モーツァルトからはアヴェ・ヴェルム・コルぷスから採用されています。この曲がアレグリとモーツァルト システィーナ礼拝堂にてだと判断できたのは、ひとえにモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルぷス」の旋律が聞こえてきたことがきっかけです。アヴェ・ヴェルム・コルぷスは私がアマチュア合唱団に入っていた時、何度も歌った作品で、今でもテノールパートは空で歌えるほどです。その経験がこんなところで役に立とうとは・・・

3曲目は、「カンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV.12の主題による変奏曲」。これはバッハのカンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV.12の旋律を使って作曲されたもので、さらには同じバッハの「ロ短調ミサ」のクレドの「十字架につけられ」のコンティヌオも採用されています。これも編曲というよりはオリジナルと考えていい作品で、同じ見解をピティナもしています。

enc.piano.or.jp

作曲は1862年で出版年は1864年。つまり、ローマへ移住して間もなくという時期で作曲されたのが分かります。ただ面白いのは、イタリアで教会音楽などに影響されつつも、バッハを題材に取るという点です。元のバッハの二つの作品は、実はどちらもプロテスタントのために書かれた作品です(ミサ曲はそれぞれの章を独立してプロテスタントでも演奏されており、「ミサ曲ロ短調」はその曲を再構成したものです)。イタリアでカトリック教会音楽のシャワーを浴びつつ、ドイツ音楽の延長線上にいるリストらしいとも言えるでしょう。

4曲目が、コラール「アド・ノス・サルタレム・ウンダム」による幻想曲とフーガ。1852年に出版されたされた作品で、1856年に1曲目を委嘱したメルゼブルク大聖堂でアレクサンダー・ヴィンターベルガーにより初演されました。1曲目で説明した通り、その委嘱の起源である落成式には間に合わず、この曲が演奏されたのでした。主題は実はマイアベーアの歌劇「預言者」のコラール「私たちへ、魂の救いを求める人々へ」です。

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主題は宗教というよりは宗教を題材にしたオペラから採用されていますが、それをバッハのオルガン曲のように再構成しています。これを見ても、カトリックの地であるイタリアで、なおプロテスタントたらんとしたリストが浮かび上がってきます。それはもしかすると、リスト自身がカトリックプロテスタントの争いをどこか斜に構えてみていたことからきているのかもしれません。実際、リストはローマで宗教音楽改革をしようとしていたようです(実際はイタリア側はそれを望まずに実現されませんでした)。

そもそもバッハも、プロテスタントではミサ曲のそれぞれを独立して演奏していたものを、一つにまとめてカトリック風に再構築したのも、どうやらカトリックプロテスタントの確執を乗り越えると言った構想があったようで、リストもそのバッハの構想を知っていたとしても不思議はないでしょう。ローマへと「流れてしまった」ことで、リストはむしろバッハがなしえなかったことを成し得ようとしたと考えてもよさそうです。ただ、歴史からすれば結果は敵へ乗り込んで撃沈して終わったという感じになりましたが・・・

それでも、これら4つの作品の輝きは失われませんし、むしろ世界中で不寛容が原因で争いが絶えないことを考えれば、再評価されるべき作品たちなのではないかという気がします。

演奏するのは、ギュンター・カウンツィンガー。検索してみますと結構いろんな作曲家のオルガン曲を演奏しており、中にはムスルグスキーの作品もあります。決して音を使って圧倒的な場を作るだけではなく繊細な表現もしており、リストが目指した宗教音楽の改革という方向性をスコアリーディングから掬い取っているように聴こえます。それはリストの内面性へと至る演奏にも聴こえ、リストという作曲家の真価、あるいはオルガン曲というものの再評価を私たち聴衆に迫るものでもありそうです。もしかすると、「新しい学校のリーダーズ」も、そんな音楽の影響を受けているのでは?と思う点もありますが、それは11日のエントリで少しばかり説明できればと思っております。世界の人がなぜ「新しい学校のリーダーズ」に熱狂するのか。2つほどエントリを立てたいと思っておりますので、こうご期待!

 


聴いている音源
フランツ・リスト作曲
BACHの名による前奏曲とフーガS.260
システィーナ礼拝堂の想い出
カンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV.12の主題による変奏曲S.180
コラール「アド・ノス・サルタレム・ウンダム」による幻想曲とフーガS.259
ギュンター・カウンツィンガー(オルガン)

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。