東京の図書館から、小金井市立図書館のライブラリをご紹介します。今回はツェムリンスキーが作曲した交響詩「人魚姫」を中心に収録したアルバムをご紹介します。
ツェムリンスキーは調性音楽も無調的な音楽も書いた作曲家ですが、「人魚姫」は調性音楽として書かれており、しかも壮大な物語になっています。そもそもこの交響詩は、かの有名なグリム童話が原作です。
「人魚姫」を聴くと、その第1楽章の冒頭で私はドキッ!としました。ある映画が想起されたためです。その映画とは、「崖の上のポニョ」です。
実は、「崖の上のポニョ」は冒頭の音楽はワーグナーがモティーフとなっていますが、このツェムリンスキーの「人魚姫」もどこかワーグナーをほうふつとさせます。そのうえ、実は「崖の上のポニョ」は人魚姫と「ニーベルングの指輪」がモティーフになった物語です。
そもそも、原作のグリム童話も、ニーベルングの指輪を髣髴とさせる物語です。最後人魚姫が泡となってその命を絶つ場面は、自己犠牲による救済であり、これはワーグナーのオペラにおけるフィナーレのキーワードです。そういう物語が好まれた時代であったともいえます。ツェムリンスキーのこの作品でもそのあたりへの共感が見て取れます。
「崖の上のポニョ」は人魚姫やニーベルングの指輪をモティーフにしながらも、最後はハッピーエンドが選ばれています。つまり自己犠牲ではないんですね。そもそも「ポニョ」の場合、一人の女の子がいかに生きていくのか、生きていくことを選択することが尊いのかがテーマなんです。つまり、ある意味「自己犠牲」へのアンチテーゼとなっている作品だと言えます。
確かにツェムリンスキーのこの音楽は壮大壮麗で素晴らしく、感動的です。しかし同時に人魚姫の運命に胸が締め付けられます。天国へ行ったはいいけれど、やはり最後涙を流してしまうんです。それは人間としては同然の感情だと言えます。しかしそれは最後までネガティヴにとらえがちで、それを美しく描くことで、いろんな感情を聴き手に想起させようという意思を感じますが、その「いろいろ」という中には自己犠牲を肯定的にとらえる向きもあります。
しかし、そういった肯定的な意見が総体として大きくなった国民国家ドイツは、その後どのような歴史をたどったでしょう?このアルバムでは示唆するためにツェムリンスキーが作曲した声楽曲を二つカップリングさせています。自己犠牲の救済というキリスト教の伝統は美しいのですが、結果それがもたらしたものを示唆もしています。おそらく、宮崎監督はワーグナーだけではなくこのツェムリンスキーも頭の中にあったのではないか?という気がします。だからこそ、アンチテーゼとしてあえて同じモティーフを選び、自己犠牲ではなくともに生き抜くことを描いて見せたのではないか?という気がします。
それにしても、このアルバムを聴いて思うのは、タクトを振るシャイーの成長です。声楽曲はあまり得意としなかったはずのシャイーが、管弦楽作品だけではなく声楽曲も魅力的に聴かせるだけの統率力を持ったことを示すアルバムでもあります。交響詩である「人魚姫」だけでなく、むしろ二つの「詩編」が美しくとても魅力的です。しかも豊潤!いやあ、これほどの表現を引き出すだけの指揮者になったのかーと思うと、デビュー当時チャイコフスキーの交響曲第5番を購入し聴いたときから隔世の感があります。そのチャイコフスキーも素晴らしい演奏でしたが、次に購入したオルフの「カルミナ・ブラーナ」は生気を欠くように感じたのです。うーん、劇場たたき上げではない指揮者だと、こういうのはまだ不得手なのかなあ、と。
しかしこのアルバムではそんな点は一切ありません。むしろ声楽はのびのびとしていて豊潤で、それを支える明快なオケとの絶妙のバランス!これぞ待っていたタクトでした。シャイーは確実に巨匠への道を歩んでいたのでした。現在ではディスクはないですがyoutubeに上がっているベートーヴェンの第九は名演と言えるほどの素晴らしい演奏です。同じようにこのアルバムの二つの「詩編」も感動的で素晴らしいものです。
そしておそらく、その「感動的」という点にこそ、シャイーが作品を借りて込めた「想い」というものがあるのではないかと私は受け取りました。そしてそれはおそらく、宮崎駿が「崖の上のポニョ」を作ろうと思ったのと同じ動機なのではないかと思うのです。
聴いている音源
アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー作曲
交響詩「人魚姫」
詩篇第13番「主よ。いつまでなのですか」作品24
詩篇第23番「主はわたしの牧者であって」作品14
リッカルド・シャイ―指揮
ベルリン放送交響楽団
エルンスト・ゼンフ合唱団
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