かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:グラナドス ピアノ作品全集2

神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、シリーズでグラナドスのピアノ作品全集をとりあげていますが、今回はその第2回目として第2集をとりあげます。

第2集には作品37である「12のスペイン・ダンス」が収録されています。12という数字からバッハを意識している作品であると私は考えています。なぜなら、ダンスということは舞曲なのであり、それはバッハの「組曲」に通じるから、です。

そのうえで、グラナドスの祖国スペインの踊りを題材にしているわけです。実際に踊れるような音楽がそこには存在します。

ja.wikipedia.org

ウィキでは「12のスペイン舞曲」という訳を与えていますが、そのほうがよりわかりやすい気はします。とはいえ、「ダンス」としたほうが今は受け入れられやすいかもですが。何しろ、学校の体育の授業で「ダンス」という枠があり、必修なのですから。

ですが、それではなぜ12曲なのかはぼやける気がします。バッハの組曲を「舞曲」として扱うこともないですし。ですが、玄人筋の方面ではバッハの組曲が舞曲であることは常識でもあるので、このほうがわかりやすいともいえるのです。私たち普通の聴衆からすればどっちでもいいのですけれどね。

ですがこれこそ、グラナドスがギターではなくピアニストであることの証明であると言えるのですね。だからこそ、第2集に収録されているんだろうと思います。

そんなことを演奏するライナも意識しているのか、ダンスというよりはむしろ自分が音楽にノリノリになることを大切にしているように思います。もっと言えば、とにかく音楽に浸ることを大切にした演奏であると言えるのではないでしょうか。浸るとなるとじっくりという印象があるかと思いますが、何もじっくりだけが浸ることではありません。音楽に浸れば自然と体も動くこともあります。

そういった「作品が持つ生命力」に演奏しながら共感し、その共感を演奏によって表現していくというさまが、この録音からは如実に聞き取れます。ただ、もっと音楽に合わせてノリノリであってもいいのでは?という気はします。ですがそのあたりは、やはりバッハを意識しているんだろうなあと思うのです。もっと言えば、演奏者が作曲者がバッハを意識しているよなあという共感が結果として現れている演奏だと言えるのです。

だからこそ、私は「作品が持つ生命力に演奏しながら共感し、その共感を演奏によって表現」とこの演奏を「表現」したわけなのです。それをどう受け取るかは私たち次第ですが、少なくとも私は演奏者の共感を受け取り、私自身もさらなる共感をするものです。

一見するとつながっていないように見える、グラナドスとバッハ。しかし古典派のベートーヴェンから受け継がれたバッハの魂は、新古典主義音楽という枠の中で確かに息づいている作品だと思いますし、その共感にあふれている演奏は、聴いていてとても心地よく、魂に喜びを感じるものなのです。

 


聴いている音源
エンリケ・グラナドス作曲
12のスペイン・ダンス作品37
トーマス・ライナ(ピアノ)

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