かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:大澤壽人 ピアノ協奏曲第2番・交響曲第2番

今月のお買いもの、平成26年6月に購入したものをご紹介していきます。まず1枚目はナクソスから出ている「日本作曲家撰集」から、大澤壽人作曲のピアノ協奏曲第2番交響曲第2番です。銀座山野楽器本店での購入です。

このブログでは初めて取り上げる作曲家です。そもそも、コアなクラシックファンではないと、知らない作曲家かも知れません。そもそも、再評価されたのは21世紀に入ってからなんですから。

大澤壽人
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%BE%A4%E5%A3%BD%E4%BA%BA

最近の私の傾向として、1930年代に活躍していた、日本人作曲家を追いかけるというものがあります。その伏線になっているのが、新古典主義音楽なのです。

須賀田磯太郎をご紹介した時にも触れていますが、県立図書館から借りてきているものの中にもチェレプニン派をはじめ、1930年代に活躍した日本人作曲家が混じり始めています。

今月のお買いもの:須賀田磯太郎 交響的序曲、双龍交遊之舞他

https://ykanchan.hatenablog.com/entry/2012/12/08/021146



今回のCDもその延長線上にあります。

大澤壽人の音楽も、基本的に須賀田磯太郎と同様、当時の様々な作曲家から影響を受けていますが、フランス音楽が特にその代表選手だといえるでしょう。ただ、フランス風とはなっておらず、むしろチェレプニン派のように、日本の旋律を題材にしてそこから様々に発展していくということが散見されます。

ピアノ協奏曲第2番は、まさしく大澤の音楽的特徴をよく表した作品だといえます。第1楽章ではジャズや印象派などが顔をのぞかせますが、主題は日本的です。第2楽章では日本的な旋律が顔をのぞかせます。それが全く違和感なく同居しているのが特徴です。その上で、急〜緩〜急の協奏曲の特徴から外れておらず、不協和音が多用されているにもかかわらず、とても聴きやすい作品となっています。

素直に耳を傾けますと、いろんなジャンルがごった煮になっているのに、それが全く気にならず、むしろ何度でも聴きたいとその世界に引きずり込んでいくのが特徴であるといえるでしょう。

ピアノ協奏曲第2番 (大澤壽人)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC2%E7%95%AA_(%E5%A4%A7%E6%BE%A4%E5%A3%BD%E4%BA%BA)

交響曲第2番では、それはもっと顕著になります。日本の旋律と西洋の旋律がもう初めから同居し、それが違和感ないのです。大澤はどの作品でも作曲の前提として西洋と東洋の融合をテーマに掲げており、それが見事に結実したのが交響曲第2番だといえるでしょう。

交響曲第2番 (大澤壽人)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC2%E7%95%AA_(%E5%A4%A7%E6%BE%A4%E5%A3%BD%E4%BA%BA)

合奏協奏曲のようでもあるんですが、だから3楽章なのだということは私の視点ではしません。それもあるんでしょうが、作曲された場所がパリであるということが重要なのです。

大澤は、初めから欧州を拠点にするつもりでボストンへ渡っていますし、その後ロンドン、パリと拠点を移したのです。そのパリで作曲されたということ、そしてフランス音楽からの影響も強いという点を考慮すると、3楽章形式には、フランス音楽からの影響を考えるほうがいいのではという気がしています。

特に、3楽章を交響曲で採用するといった場合、抑圧への抵抗であったり、自由への希求というメッセージも入ることが多いのです。いろんな制限がありなおかつ「食えない」日本よりは、欧州のほうが自由で、「食える」環境であったとは言えるでしょう。そんな彼の気持ちが込められていると、私は解釈しています。

実際には、第2楽章が4つの部分に分けられており、バロック的な名称がつけられています。その点からは確かに合奏協奏曲の色合いも見えてきます。ここでも、様々なものがごった煮になりながらも、きちんと一つの作品としてバランスがとれており、一つの美として結実しているといえるでしょう。

こんな天才的な作品を、日本人が作曲していたということは驚きとともに、誇りあることだと思います。欧州の作曲家がどんなに努力してもできなかった様式を、日本人が見事にやってのけてしまったのですから。しかも、東京出身ではなく、関西、神戸出身の作曲家が、です。

それを、さすがにロシアの芸術家は簡単に演奏していきます。本当に淡々とという表現が適当なのですが、でも、作品のクオリティの高さが、レヴェルの高いオケと指揮者、ピアニストによって演奏されるとき、私たちは祖国の誇りをそこに見いだすことができます。1930年代当時の欧州の作曲家たちに引けを取らないどころか、それを凌駕する作品が、スピーカーから出て来るたびに、日本人である誇りを感じるのです。

実際、ピアノ協奏曲第2番は大評判で、多くの作曲家たちから賞賛されました。その中にはマルチヌーなどもいて、新古典主義音楽が廃れていく中で、その精神をしっかりと受け継ぐ作曲家が東洋の、日本にいたということに、当時の人たちは驚きを隠せず、賞賛の嵐となったのでした。それを十分に伝える演奏が、ここには存在します。

決して奇をてらわず、淡々と演奏されていく天才的な作品二つ。けれども、その淡々とした演奏だからこそ、より作品の天才的な側面が際立つのです。

できれば、日本の、特に関西のオケに、大澤壽人の作品は演奏されて行って欲しいなと思います。




聴いているCD
大澤壽人作曲
ピアノ協奏曲第2番
交響曲第2番
エカテリーナ・サランツェヴァ(ピアノ)
ドミトリ・ヤブロンスキー指揮
ロシア・フィルハーモニー管弦楽団
(Naxos 8.570177J)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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