かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:須賀田磯太郎 交響的序曲、双龍交遊之舞他

今月のお買いもの、今回はナクソスから出ている須賀田磯太郎の作品集をご紹介します。小松一彦指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。

あまり聴き慣れない名前が出てきたと、読者の方のほとんどは思うことでしょう。私も知りましたのは恥ずかしながら今年の春だったのです。きっかけは、神奈川県立図書館の企画展です。

神奈川県立図書館は本館と新館の二つの建物から成っていますが、その本館のほうには展示室があります。そこで今年の春、平成23年度の事業として須賀田磯太郎の楽譜や遺品が展示してあったのです。

始めて聴く名前でしたが、チェレプニンやナクソスの日本人作曲家シリーズを買う、或いは図書館で借りるなどしていた私としては、引力に惹かれるがごとく入って行きました。ただですし、まあ、見ても時間程度くらいしか損はしないからと思い、入りましたら・・・・・

これほどの作曲家が、日本に、いや、横浜に居たのか!と括目せざるを得ませんでした。楽譜を少し見るだけでも、これは聴いてみたい!と即座におもい、それ以来探し回ったものです。

そのうち、mixiにおいてマイミクさんが聴きました!いいですよ!という評を読んで、出ているのなら是非ともと思っていた矢先、ディスクユニオン新宿クラシック館において見つけ、買い求めたのです。

まず、須賀田磯太郎の説明から参りましょう。明治40(1907)年に横浜の、それも現県立図書館近くの紅葉坂付近で生まれた作曲家です。ドイツやフランス、ロシアなどの音楽を参考にしつつ、西洋音楽雅楽の融合を目指した作風に特色があります。

須賀田礒太郎
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E8%B3%80%E7%94%B0%E7%A4%92%E5%A4%AA%E9%83%8E

ウィキよりも、このサイトのほうが詳しいかと思います。

日本の作曲家たち/3須賀田礒太郎
http://www.medias.ne.jp/~pas/sugata.html

ナクソスの日本語解説並みかそれ以上のヴォリュームがあり、横浜市民として本当にありがたいと思います。

一つ補足するとすれば、須賀田磯太郎が生きた時代は、ちょうど新古典主義音楽が勃興しすたれていった時代に相当します。彼の作品が新古典主義音楽とするのは無理があるように思いますが、その影響を受けているとは言えるかと思います。つまり、基本的に無調礼讃ではないということです。ロジックを組みながら、雅楽的旋律を組み立て、管弦楽へと仕上げていく、そのために使った手法が、時としてドイツ音楽であり、フランス音楽であり、ロシア音楽であったと言うことです。

ですから、無調的なものもありますが、かといってそれだけではないもの存在します。様々なジャンルが彼の作品の中に存在しているので、わかりにくい点があるのだろうと思います。

まず、1曲目の「交響的序曲」は昭和15(1940、皇紀2600)年に作曲された作品です。カッコ内でわざと「皇紀」を使いましたが、なぜかと言えばこの作品が皇紀2600年の記念に作曲されたものだったからです。当時の題名は「興亜序曲」。大東亜共栄圏が戦前叫ばれましたが、それを意識した作品であるわけなのです。其れゆえか、音楽的には雄大さをもち、不協和音などが多用されつつ、そこに日本的な旋律(紀元節等)を織り込んでいくという手法を取っています。日本的な旋律、例えば紀元節ですが、それも直接ではなくむしろアレンジしてという形で使われており、須賀田の音楽的な、或いは社会的な理想というものが織り込まれているように思います。

直接だと、日本的なものを押し付けていくので拒否されるという形になりますが、アレンジであれば、それは現地で受け入れられていくということになります。当時、大東亜共栄圏へ進出した日本人が大勢いましたが、その日本人たちの実態を恐らく様々なチャンネルで知っていたことでしょう(そもそも、須賀田の実家は裕福な生糸商でしたので、音楽家であった彼にも所謂東南アジアのビジネス情報は少なからず入っていたことでしょう)。だからこその手法であったというように、私は思っています。

次の作品は、同じく皇紀2600年を記念した作品である「双龍交遊之舞」です。序・破・急の3楽章から成る作品で、雅楽「納曽利」のモティーフを管弦楽へ引用して構築しています。

納曽利(なそり)
http://gagaku.blog.ocn.ne.jp/gagaku/2006/03/post_4cbd.html

上記サイトを見ると、須賀田が雅楽の構成をそのまま管弦楽で表現しようとしたことがよく分かります。序は導入、破は展開、急がクライマックスであり、その通りに楽曲が展開していきます。

構成だけではないのです。実際、笙の代わりに使われているのが金管です。笙はクラシックでいえばパイプオルガンと同じ構造を持つ楽器ですが、それを管弦楽の中の、しかもまだ後期ロマン派の香りが残っている時代の楽器で代替えするとなれば、やはりトランペットなどだと思います。実際、笙のようにポルタメントしていくさまはまるで笙の音を聴いているかのような錯覚さえ覚えます。

笙・鳳笙(しょう)
http://gagaku.blog.ocn.ne.jp/gagaku/2004/09/post_c77a.html

これは須賀田が雅楽に慣れ親しんでいないとできないことなのです。実際彼は、若き日に近衛秀麿の下へ通い、雅楽とその編曲法を学んでいます。その成果がこの作品に現われているのです。その上で、中にストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を紛れ込ませるなど、当時ソ連ショスタコーヴィチがやっていた手法を取り入れています。表面的には体制側のように見える須賀田磯太郎は、じつはコスモポリタンなのではと、このような点から私は思っています。

次の作品がバレエ音楽「生命の律動」です。昭和25年(1950)年とこれは戦後の作品です。この作品はかなりストラヴィンスキーの影響が強い作品で、しかしその真似にはなっておらず、引用してそこから展開すると言う手法を取っています。しかしそのことと、彼がその時疎開先の群馬県田沼に引きこもっていたことからあまり話題にならなかった作品ですが、みずみずしい躍動感にみちあふれた作品です。3楽章からなり、それがまるで起承転結のように構成され、聴いていても不自然さがありません。

最後が、東洋組曲「砂漠の情景」から第4曲目「東洋の舞姫」です。昭和16(1941)年の作曲ですが、これも戦前の社会情勢を反映する楽曲です。それだけではなく、須賀田の様々な国の音楽を融合し新たなものへと構築しなおすという彼の音楽性が前面に出ている作品です。アジアへの興味のさることながら、この作品では西アジア、つまりイスラム圏への興味からの作品となっており、旋律にそれが反映されています。雅楽管弦楽で表現するということの応用編だったわけですが、それが見事に実現されています。

その意味では、先日ご紹介したコルンゴルトと同じような才能を持っていたと言っていいでしょう。そして、二人とも戦争に翻弄されてしまったという側面を持っています。須賀田の場合、さらに結核を患っていたこともあり、戦後の激変が彼の人生の終わりを早めてしまったのは残念でなりません。

演奏面ですが、指揮とオケはわたしに関係があるコンビなのです。指揮者の小松一彦は、私が大学生の時、中大オケを指揮していた音楽監督でした。生協でチケットを買い、オケの定演を聴きに行くと、指揮は小松氏でした。その音楽性は端正さを基本として、時に熱くもなるという、とても人間味あふれる指揮をされる方で、このCDでもそれが貫かれています。

そして、オケの神奈川フィルは、実際に共演したオケです。川崎市合唱連盟連合合唱団「アニモ」で2度共演し、その練習場所として一度言ったのが、実はこのCDのロケーションでもある神奈川アートホールです。

神奈川フィルハーモニー管弦楽団
http://www.kanaphil.or.jp/

かながわアートホール
http://www.kanagawa-arthall.com/

夏の甲子園神奈川大会の主会場の一つでもある保土ヶ谷球場の隣に位置するアートホールは、神奈川フィルの練習場ともなっている素晴らしいホールです。実はそういった点も、このCDを買った理由の一つとなっています。

響き過ぎず、しかし適度な残響を持つこのホールは、歌っていてもとても気持ちのいいホールです。地元民でありながら神奈川フィルの演奏はあまり聴きに行っていないので、是非とも行きたいとおもわせる演奏ですが、それはこのアートホールあってこそだと思います。

アンサンブルの素晴らしさは在京オケに引けを取りませんし、笙の代わりのトランペットはまさしく笙の如く演奏されていますし、それらの結果は、須賀田磯太郎の世界を余すことなく伝えるとともに、須賀田磯太郎作品の初演も行ってきたオケとしての誇りを感じます。彼の作品の多くはまだ演奏もされていないのです。このCDでは世界初録音が最後の東洋の舞姫以外すべてなのですが、それをきちんとやり遂げるのだ!という気持ちがつたわってきます。それが、須賀田が目指した「東洋と西洋の融合」を聴き手に雄弁に語りますし、また東洋的であるにも関わらず、きちんとロジックが組まれたその音楽は、決して古くさくなく、むしろ戦後60年を経たいまでも新しさを保っていることを伝えてくれています。

これだけの作曲家、そしてオケを放っておいたのかと、私は一人の横浜市民として、そして神奈川県民として、恥ずかしく思います。ぜひとも、行動に移したいと思います。まずは、「ブルーダル基金」への寄付、でしょうか。



聴いているCD
須賀田磯太郎作曲
交響的序曲 作品6
双龍交遊之舞 作品8
バレエ音楽「生命の律動」作品25
東洋組曲「砂漠の情景」作品10より第4曲「東洋の舞姫
小松一彦指揮
神奈川フィルハーモニー管弦楽団
(Naxos 8.570319J)



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