今月のお買いもの、8枚目はヴュータンのヴァイオリン協奏曲です。ナクソスから出ているシリーズの一つです。
ヴュータンは以前も取り上げています。
今月のお買いもの:ヴュータン ヴァイオリン協奏曲第1番・第4番
http://yaplog.jp/yk6974/archive/813
このエントリを挙げた時にも説明していると思いますが、ヴュータンはベルギー生まれのヴァイオリニストで作曲家です。活躍は主にフランスでした。
アンリ・ヴュータン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%B3
ヴュータンの代表作と言えばなんといってもヴァイオリン協奏曲でして、そのうちこのCDには第5番から第7番までが収録されています。
この3曲は、順番に並んではいますが、作曲時期がかなりずれるものです。第5番は1858年から59年にかけて(ウィキでは1861年となっていますが、一応ナクソスのほうを採用しておきます)ブリュッセル音楽院の卒業試験のために作曲され、その後改訂されました。卒業試験と言ってもヴュータンのではなく、彼が奉職したぶるっせる音楽院の学生の、です。彼は善き教育者でもあり、イザイなどを輩出しています。イザイが弾いたかはわかりかねますが、そういった学生のために書いたのがこの第5番です。
一方、第6番と第7番はヴュータンが死ぬ年、1881年にアルジェリアの大ムスタファ(Mustapha Supérieur)療養所にて作曲されたもので、第6番はほとんど完成しましたが第7番は未完に終わり、いずれの作品もイザイが完成させています。そういった時期のずれのせいか、作品には若干の違いがあります。
まず、第5番は古典的な急〜緩〜急の3楽章制を採り、独奏ヴァイオリンが入る部分もオケが主題を奏した後に同じ主題を奏でるという形で、ロマン派そのものという楽曲ですが、第6番は第4番同様4楽章あります。しかし、緩徐楽章の内間奏曲は実質的な緩徐楽章(シシリアーノ)とも言え、緩徐楽章を二つに分けたとも言えそうです。第7番では再び第5番のようなロマン派らしい協奏曲に戻りますが、少なくとも第5番や第6番が華麗さと気品さを持っているのに対して、その点が若干かけ、むしろ静謐さすらある曲となっているのが特徴です。
その点で、このウィキの記述はなるほどと納得させられます。
「このうち現在、最も演奏回数が多く、また完成度が高いといわれているのは第4番、第5番である。」
上記のエントリで、第4番に関しては私はこう述べています。
続く第4番は、よく演奏される曲とウィキには出ていますが、なんといっても個性的な点を強調するべきでしょう。ヴァイオリンがソロで出る部分は、ppでなおかつ高音で出るのです!これはもうびっくりすると同時に、うなってしまいます。聴き手を一気に作品の世界へと引き込んでいきます。そこから展開される典雅で緊張感がある音楽が最後まで飽きさせません。
その上で第5番を申しますと、第5番はなんといってもその技巧的な華麗さや派手さだけでなく、全体の形式美も素晴らしい作品です。また、第1楽章の第1主題も、リズム感がありながら跳躍に独特のものがあり、オケの後どのようにヴァイオリンが出るのかということをよく考えないと難しいように作曲されているなと思います。
実は合唱でもそういった点を考慮していないと声が出ないことはよくある話で、何も楽器だけではないのです。声楽・器楽ともにこういった「先に出ている旋律を聴いていればきちんと出ることが出来る」作品というのは、逆に言えばそれがなされないと出れないことを意味しますので、とても重要なのです。
以前、モーツァルトのミサ曲だったと思いますが、前奏があることはテンポを規定していることだと述べたことがありますが、ヴュータンの第5番はまさしくそれが問われる作品なのです。
次に第6番ですが、この曲は第2楽章と第3楽章に注目なのです。なぜならば、この二つの楽章は分かれていますが同じような役割を持つと考えられるからです。まず、おなじ緩徐楽章であること、そしてともにクリスマスを予感させるテーマが付けられているからです。第2楽章はパストラーレ、第3楽章の間奏曲はシシリアーノです。いずれもバロック期においてクリスマスに奏でられた楽曲で、待降節をイメージするからです。
それは第5番とも関連があるとわたしは思います。第5番は「ル・グレトリ」という題がついていますが、これは第3楽章において多感主義から前古典派の時代に活躍した作曲家、グレトリのオペラ「ルシール Lucile」中の旋律がアダージョの部分で使われているからです。そういった前時代に範をとるという点で、共通したものを持つものです。
第7番になりますと、そういったものが薄れ、単に華やかで気品ある楽曲という作品になってしまっています。第1楽章はまだ素晴らしいですが、後の楽章は短く、あっという間に終わってしまいます。尻切れトンボとまでは言えませんが、第6番までを考えますと何か物足りなさを感じます。確かに、楽曲としては完結していますが、何かをどこかに置き忘れているような、そんな音楽となっているのはこの第7番が第2楽章以降がほとんど未完成であったことを意味しています。
この後を引きつぐヴァイオリニストがイザイであり、またロシア時代におなじ音楽院であったヴィエニャフスキで、この内このブログでもヴィエニャフスキはすでに取り上げています。そんな関係でもう一度ヴィエニャフスキを聴いてみてもいいかもしれないと思っています。
ヴュータンのヴァイオリン協奏曲は本人がそのオーソリティであったことから、典雅で気品があり、その上で華麗な曲が多いのが特徴です。まだ第2番と第3番を聴いていませんが、いずれこの二つも聴いてエントリを上げたいと思っています。
演奏面では上記エントリで語ったのとほぼ同様の、素晴らしい演奏です。ヴァイオリニストは同じカイリンで、オケは一つだけ違っていますが、どちらも素晴らしい、安心て聴けるアンサンブルです。豊潤な表現が典雅さをより引き立てていますし、「情熱と冷静の間」のバランスの良さが、ドラマティックだけれどもどこか理知的な作品を際立たせています。
ヴュータンはチェロ協奏曲も作曲しており、いずれそれもきけたらなと思います。
聴いているCD
アンリ・ヴュータン作曲
ヴァイオリン協奏曲第5番イ短調作品37「ル・グレトリ」
ヴァイオリン協奏曲第6番ト長調作品47
ヴァイオリン協奏曲第7番イ短調作品49
ミーシャ・カイリン(ヴァイオリン)
アンドリュー・モグレリア指揮
スロヴァキア放送交響楽団(第5番・第6番)
湯浅卓雄指揮
アルンヘム・フィルハーモニー管弦楽団(第7番)
(Naxos 8.557016)
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