かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:マゼール、アシュケナージとロンドン・フィルハーモニー管弦楽団によるスクリャービン

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、スクリャービンの「法悦の詩」「プロメテウス」とピアノ協奏曲を収録したアルバムをご紹介します。ロリン・マゼール指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、ピアノはウラディーミル・アシュケナージです。

スクリャービンの「法悦の詩」や「プロメテウス」、あるいはピアノ協奏曲に関しては、このブログでも何度か取り上げていますが、今回取り上げる理由、つまりこのアルバムを借りた理由は、ひとえにロリン・マゼールロンドン・フィルアシュケナージと言ったビッグネームによる演奏だからです。

スクリャービンはロシアの作曲家ですが、そのロシアにゆかりのある演奏家はこの中ではっきりわかるのはアシュケナージだけ。しかも、「法悦の詩」に関してはピアノが編成の中に存在しません。

ja.wikipedia.org

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そして、「法悦の詩」と「プロメテウス」はスクリャービン神秘主義に傾倒した時期の作品ですが、ピアノ協奏曲は若い時の作品でロマン派的な要素が強い作品と、色の違う作品を並べたアルバムであり、ある意味スクリャービンの作品を俯瞰するような内容になっています。

その俯瞰するという視点はいいのですが、どこか私自身は物足りなさを感じています。録音年代が分からないので何とも言えませんが、収録時間を気にしたのか、幾分テンポが速すぎるように感じてしまうのです。テンポに揺らぎがなく、作品が持つ本質をさらりとなぞっているように感じてしまうのです。

ピアノ協奏曲はそのテンポであってもまだいいのですが、他の二つに関しては、作品の標題に若干そぐわないように感じてしまうのです。テンポが速くても、唸ってしまう演奏はいくらでもありますが、その「唸る」という部分がないんです。残念・・・

勿論、ロンドン・フィルですし指揮はマゼールです。アンサンブルなどが悪かろうはずがありませんし、サウンドも極めて綺麗です。でも、例えば「法悦の詩」って綺麗であればいいのか?と考えてしまうのです。もう一度、「法悦の詩」だけをウィキペディアの頁を挙げておきます。法悦という日本語が使われていますが、原語は「エクスタシー」です。エクスタシーとは、セックスに於いて性的絶頂(オーガズム)という側面が強く、そこにさらに哲学的な意味が載せられているという解釈が通例です。

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リムスキー=コルサコフが評した「卑猥だ」というのが、そもそもこの作品の本質であり、魂ではないかという気がするのです。しかし、オーガズムが単なる卑猥なものであるかと言えば、そうではないと私は考えます。いわゆる「イク」ですが、そもそもセックスは単に気持ちいい作業ではなく、その「気持ちいい」ということによるコミュニケーションです。故に、セックスに於いて人間同士の魂のふれあいが生まれる・・・そこがスクリャービンの言いたいことだったとしたら、私はマゼールの解釈には異を唱えます。

あえて言いますが、セックスを経験したことのある人であるならば、例えば女性の方に振り返っていただきたいのですが、自分が「イク」時って、一本調子ですか?結構いろんな感情が入り混じり、そのうえで性的絶頂、いわゆる「イク」のではないでしょうか。その様子がごっそり省略され、さらりと表現されているとすれば、男性目線過ぎるとは思わないでしょうか?

「プロメテウス」にしても、神様から火を盗んで人類に与えた英雄談ですが、その過程はなかなか苦難があったはずで、スクリャービンもそのように表現していると私は思います。しかしマゼールはそこもさらりと通ってしまうのです。どこか過程が軽視されているなあという気がしてならないのです。

ピアノ協奏曲にしても、もう少しテンポが揺れるほうが、内面が表現できるはずなのにと思うのです。ただ、勘違いしていただきたくないのは、速いテンポを否定しているわけではないということです。その方法によって俄然生命力が増す作品はいくらでもあります。しかし、このアルバムではそのアップテンポという選択が、効果を発揮していないと感じざるを得ないのです。それは、スクリャービンの作品がそれほどアップテンポで演奏されることを前提としていない、つまりもう少しゆったりとしたテンポこそ、この3つの作品に関しては魂であり本質ではないかと思うのです。

その意味では、意義のあるアルバムなのかなと思います。スクリャービンの作品においては、何でもかんでもテンポを速くすればいいというものではないことがはっきりしたと思います。そして、仮にアップテンポで振りたいとする指揮者が今後いるとすれば、単にスコアリーディングをするだけではなく、自分の人生経験すらそこに反映させる必要がある作品だと認識する必要がある、ということです。スクリャービンという作曲家の、ある意味天才的な側面が浮かび上がった演奏だと思います。

 


聴いている音源
アレクサンドル・スクリャービン作曲
法悦の詩 作品54(交響曲第4番)
プロメテウス 作品60(交響曲第5番
ピアノ協奏曲嬰ヘ短調作品20
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
ロリン・マゼール指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

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