かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:コバケンが振るマーラー「巨人」

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、マーラー交響曲第1番「巨人」を収録したアルバムをご紹介します。指揮は小林研一郎、オーケストラはハンガリー国立交響楽団です。

「巨人」は私もいくつかの音源を持っており、以前「花の章」も収録したアルバムをご紹介もしていますが、今回はオーソドックスな版による演奏です。あえて借りてきた理由はただ一つ、指揮が小林研一郎だから、です。そのうえ、オーケストラはハンガリー国立交響楽団ハンガリーのオケで小林研一郎と関係があるといえばハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団なのですが、このアルバムでは「交響楽団」となっているのが不思議です。というのは、ネット検索をかけますと交響楽団ではヒットせずフィルハーモニー管弦楽団ではヒットするから、なんです。ただ、調べてみると同じ団体。

ja.wikipedia.org

ということは、小林研一郎音楽監督だった時代の録音では?ということになりますがその通りで、1992年、サントリーホールでの録音です。おそらくライブではなくセッションだとうと思います。ハンガリーではなく日本でというのも面白いのですが、来日時に機会を作ったというところではないかと思います(レーベルも確か日本ですしね)。小林研一郎ハンガリー国立交響楽団音楽監督だったのは1987~1997年。もう36年前なのかと、時が過ぎるのは早いなあと思います。この録音が今から30年前、ですからね・・・・・

ちょうど小林研一郎が脂がのっている時期の演奏です。今回、TuneBrowserで192kHz/32bitにリサンプリングして聴いていますが、唸り声こそ聞こえませんが、その音の艶と臨場感は素晴らしいですし、その音場から聞き取れる臨場感も素晴らしい!そのうえで、「コバケン」らしい生きの良さ!レスポンスがよく表現力豊かなハンガリー国立響のサウンド!演奏が素晴らしいが故の説得力。どれをとっても聞きほれる演奏です。

そう、どこかで小林研一郎の「唸り声」が聴けるかな?と思って借りて部分もあるのですが、セッションではあまり唸らないのかもしれません。ライブ録音だと如実に録音されていたりしますけれど、さすがにセッションだとそういうことはないのかもしれません。しかもオーケストラはハンガリーという国を背負ったオーケストラ。そこは配慮できるということだと思います。なぜ小林研一郎音楽監督になったのかの一端がわかる演奏ではないでしょうか。

日本だと、唸り声のような個性をつぶすような運動も見られるのですが、ハンガリーでもおそらくライブでは唸っていると思うのですが、こういったセッションでは唸らないということを知っていたからこそ、ハンガリー当局は小林研一郎音楽監督として迎えたと考えられます。

唸っていなくとも、情熱的な小林のタクトを存分に味わえる録音です。それだけでも十分だと思うのですが、一方で「唸っていないからつまらん」とかいう我が国のクラシックファンの声も聞こえてきそうです。ただ、私はそれには同調しません。それでもいいではないか、情熱的な演奏こそ小林研一郎の真骨頂であり、唸り声はその結果のついででしかないわけなんですから。唸り声があるのは楽しいですが、かといって演奏に必ずしも必要なものでもないですし、常にコバケンが唸っているわけでもないとすれば、情熱的な演奏を楽しめることで十分だと私は思いますし、唸らずとも情熱的で説得力のあるタクトを振るのが小林研一郎なのだと知れたこともまた、いい経験です。現代日本指揮者の巨匠のひとりと言っていいです、よね?皆さん。

 


聴いている音源
グスタフ・マーラー作曲
交響曲第1番ニ長調「巨人」
小林研一郎指揮
ハンガリー国立交響楽団

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