かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~小金井市立図書館~:武満徹 ミュージング・ゾーンⅡ

東京の図書館から、今回は小金井市立図書館のライブラリである、武満徹の作品を集めたアルバム「ミュージング・ゾーンⅡ」を取り上げます。

武満徹が戦後日本を代表する作曲家であることは、異論をもたないでしょう。ですがアルバム名は一見すると奇妙です。ミュージングって?

クラシック作品が収録されているのでつい音楽を意味する言葉なのかと思ってしまいますが、実は「深い」だとか「ひどく思慮深い」という意味を持ちます。

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けれども、そもそもの語源はmuseです。そこに音楽と言葉の意味をかけた、とすればこのアルバムの内容は腑に落ちるものとなります。

基本的には、武満が1980年代までに作曲した現代音楽が収録されていますが、聴いていて特徴的なのは、和楽器のテイストが強いということです。2曲目の「マスク」や3曲目の「ヴォイス」ではフルートがまるで尺八のように使われていますし、4曲目の「ディスタンス」はオーボエと笙のための作品です。「ディスタンス」は1972年と、武満が邦楽をクラシックと融合させることで日本的な前衛音楽を確立した時期にあたりますが、笙は省略可能とされています。しかしこのアルバムでは省略されることなくオーボエとセッションしています。

最後のオーボエ弦楽四重奏のための「アントゥル・タン」(1986年作曲)以外は主に1960年前後~70年代にかけて作曲された作品で、まだそれほど和楽器を取り入れていた時代ではないのですが、映画音楽などでの経験なのか、とても和楽器的な響きを感じる作品ばかりです。しかしその和楽器的なテイストが、アルバム名にもなっている「非常に思慮深い」ような雰囲気を醸し出しているのもまた事実です。

武満は政治的なスタンスとしては左だったと言えるでしょうが、しかし日本の伝統的音楽感覚をクラシック音楽に取り入れ、見事に前衛音楽として成立させて見せた「温故知新」を大切にした作曲家だったと言えるでしょう。葬儀の時、右翼である黛氏が武満の作品を歌ったというエピソードは、武満の深い日本の伝統音楽への愛情と造詣があったればこそだと思い、ほほえましい限りです。私とすれば、「現代日本ドビュッシー」だと言えるかと思います。なぜなら、ドビュッシーはフランス・バロックに範をとったからこそ、印象派の扉を開ける象徴主義を確立させたのですから。武満も同じように、日本の伝統音楽に範をとり、それを前衛音楽として成立させて見せた、と言えるでしょう。だからこそ、右翼であった黛氏は左翼であった武満氏への惜別の歌として「MI-YO-TA」を歌ったとすれば、腑に落ちます。

演奏を聴いていますと、特にフルートはフランス人ピエール=イヴ・アルトーであるにもかかわらず、嬉々として演奏している様子が音だけでも伝わってきます。またその質の高さゆえに、邦楽器が室内楽作品にもフィットするものなのだということをまざまざと見せつけてもいます。そもそも、朝廷においては合奏など特別な時しかありません。それ以外はむしろ独奏や室内楽編成のほうが圧倒的に多かったのです。いま手許の講談社学術文庫有職故実」を確認できる環境にないのですが、おそらく武満は有職故実を確認したうえで作曲をしたと推測されます。「ヴォイス」は「声」という日本語の題名のほうが人口に膾炙していますがまさに、平安時代の邦楽器がそうであったように、人間の声を補佐するものとして、いや西洋楽器がそうであったように、補佐するだけではなく声そのものとして、オーボエと笙という編成があるのだという宣言すら聴こえてきます。

例えば、今年のNHK大河ドラマは「鎌倉殿の13人」ですが、ある回で源義経の妾であった静御前が捕えられ、頼朝の御前で舞を披露するという有名な場面が描写されました。史実では鶴岡八幡宮だったともいわれますがいずれにしても、あの時の編成はとても小編成で、むしろ打楽器中心であったことを、見た方は覚えておいででしょうか。あの舞は「白拍子」と呼ばれるものですが、その舞、つまり舞踊音楽でも平安時代から鎌倉時代においてはそれほど小編成だったのです。ということはそもそも、邦楽器を西洋音楽室内楽に使ってもなんのそん色もないことを意味しているのです。「ヴォイス」は明らかにそういう歴史、あるいは朝廷の「有職故実」に基づいていると判断することができるのです。

そういう、武満が範をとった我が国の歴史や文化に、演奏者が共感をしている様子が色濃く演奏に表れています。ここに収録されている作品は、武満の我が国の歴史や文化の延長線上としての、「武満の前衛作品」というクラシック音楽につながっているという理解を共通認識として、楽しんでいる様子が生き生きと演奏でもって描かれています。その演奏者たちの愉悦は、不協和音が鳴り響くにも関わらず、私の魂を喜びで満たしてくれるのです。

 


聴いている音源
武満徹 ミュージング・ゾーンⅡ
武満徹作曲
海へ~アルト・フルートとギターのための
マスク~2本のフルートのための
ヴォイス~独奏フルート奏者のための
巡り~イサム・ノグチの追憶に~フルートのための
ディスタンス~オーボエと笙のための
アントゥル=タン~オーボエ弦楽四重奏のための
ピエール=イヴ・アルトー(フルート)
佐藤紀雄(ギター)
ジェフリー・クレリン(オーボエ
宮田まゆみ(笙)
アルディッティ弦楽四重奏団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。