かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:ウェーバー クラリネット作品集

今月のお買いもの、平成29年8月に購入したものを御紹介しています。今回はウェーバークラリネット作品集です。ディスクユニオン吉祥寺クラシック館での購入です。

ウェーバークラリネットで優れた作品を残しており、このブログでも協奏曲を取り上げたこともありました。そんなウェーバーの、今回はクラリネット作品集という切り口で、室内楽を取り上げたアルバムです。ナクソスから出ている、それもかなり初期のアルバムです。

ナクソスはある時期から帯の記載が変っており、その初期ヴァージョンになっています。ピアニストにはイェネ・ヤンドーも名を連ね、リストの全集も進行していた時期に近い時期に録音されたものでしょう。

ウィキで、ウェーバー室内楽を引きますと、まず第1曲目に収録された、クラリネット五重奏曲がヒットします。

カール・マリア・フォン・ウェーバー
室内楽
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC#.E5.AE.A4.E5.86.85.E6.A5.BD.E6.9B.B2

クラリネット五重奏曲 (ウェーバー)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E4%BA%94%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2_(%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC)

作曲当時のヴィルトォーソ、ハインリヒ・ヨーゼフ・ベールマンのために1811年に作曲が始められた作品です。丁度ベートーヴェン交響曲を存分に書いていた時期です。古典派の交響曲がその頂点を極めようとしていた時期に、この美しいロマン派の作品は生まれました。

こういったウェーバーの作品を聴きますと、ベートーヴェンが生きた時代とは、ある意味バッハに良く似ていると言えるでしょう。バッハが生きた時代はバロックとは言え、その人生の後半生は実は多感様式、つまりギャラントの時代です。前古典派とも言える時期だったのです。ベートーヴェンも古典派において、バッハと同じ立場だったことが。こういった作品から如実に判るのです。

ですから、一方では、ウェーバーの作品は古典派的な要素もあるわけです。さて、このクラリネット五重奏曲は、まさに古典派的な作品だと言えるでしょう。なぜならば、この作品は協奏曲的要素があるから、です。

私は聴いていて、これはモーツァルトの踏襲だと感じました。モーツァルトも自身のピアノ協奏曲第14番、第15番、第16番をそれぞれピアノ四重奏曲バージョンへと編曲しています。以前、これもナクソスで取り上げているかと思いますが、それは作曲当時、オーケストラがメジャーではなく、だれでも楽しめるというものではなかったからです。

ですから、オケ版の他に、室内楽版を作曲することもしばしばだったのです。後期ロマン派に突入するまでは、それはごく当たり前な編曲だったのです。

その上で、このクラリネット五重奏曲を聴きますと、協奏曲的であり、かつ室内楽である、と言えるでしょう。それはおそらく、献呈がヴィルトォーソ、ベールマンだったと言うこともあるでしょう。この協奏曲、室内楽曲どちらの側面もある一見すると複雑な作品を吹きこなすのに、ぴったりな様式を持ってきたのでしょう。もしかすると、ネットでは拾えませんでしたが、ベールマンへは協奏曲を献呈したかったのかもしれません。然し都合がつかなくて、この作品だけはこのように二つのジャンルが混然一体となった様式になったのかもしれません。

実際、2つのクラリネット協奏曲はともにベールマンへ献呈されており、それぞれヴィルトォーソを意識した作品です。しかし、オケだといろんな場所での演奏が難しいので、今回は室内楽曲で、と言う事だったのかもしれません。いずれにしても、ロマン派の香りの中に古典派がしっかりと息づいている、素晴らしい作品です。

2曲目の「クラリネット弦楽四重奏曲のための序奏と主題と変奏」は遺作ですが、のびやかで美しい作品です。クラリネット四重奏曲を作曲したかったのかもしれません。その終楽章に使いたかったのでしょう。

3曲目の作品48は、偽作説もある作品だそうですが、ウィキには一応偽作という説明は出てきません。ただ、ソナタとしての様式が濃いこの作品も。協奏的な作品です。献呈はベールマンではなくヨハン・ジモン・ヘルムシュテット。ウィキの説明ではソナタの色が濃いとありますが、確かにそれは間違いではないです。しかし、言わばコンチェルト・グロッソのロマン派ヴァージョンという側面も充分ある作品です。

協奏的大二重奏曲 (ウェーバー)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%94%E5%A5%8F%E7%9A%84%E5%A4%A7%E4%BA%8C%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2_(%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC)

というのも、この作品、3楽章制で、急〜緩〜急となっているんです。ソナタでこのような様式はあまり取りません。ウェーバーが明らかに協奏曲を意識していることが明確です。意欲作だったと言えるでしょう。

最後のシルヴァナの主題による変奏曲は、これも協奏的な要素がある作品である上に、変奏曲となっており、それまでの古典派の範疇から明らかに逸脱した様式を試しています。前期ロマン派勃興期における、意欲作だとこれも言っていいでしょう。

演奏は、クラリネットがカールマン・ベルケシュ。時に暖かく、時に壮快で、美しく、流麗です。イェネ・ヤンドーのステディなピアノと、アウアー・クァルテットのこれまたステディかつ豊潤なアンサンブルと相まって、まるでベルベットのような肌触りのような、柔らかくかつ力強い生命力のある演奏を聴かせてくれます。しかも、音がごちゃごちゃせず、くっきりと一音一音浮びあがっているのに、教科書的に全く聞こえず、自在な演奏になっているのはもう唸るしかありません。何度も何度も聴いているうちに体が動いていて、スウィングしているのが時分でもわかるんです。

え、クラシックでスウィングですかって?素晴らしい演奏は魂を刺激して、体をスウィングさせるものです。それは何もジャズに限った話ではないと思います。もっと私たちはクラシックを聴くときにスウィングしていいと思います。生命力のある演奏はつまり、リズムがしっかりと刻まれているってことなんですから、スウィングしないほうがおかしいと考えてもいいと思います。

是非とも、この演奏は美しさに耽溺しつつ、はっきりと刻まれるリズムに合わせ体をスウィングしていいと思います。




聴いているCD
カール・マリア・フォン・ウェーバー作曲
クラリネット五重奏曲変ロ長調作品34J.162
クラリネット弦楽四重奏のための序奏と主題と変奏
クラリネットとピアノのための大協奏的二重奏曲 変ホ長調作品48J.204
シルヴァナの主題による7つの変奏曲 変ロ長調作品33J.128
カールマン・ベルケシュ(クラリネット
イェネ・ヤンドー(ピアノ)
アウアー・クァルテット
(Naxos 8.553122)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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