かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:ベートーヴェン/リース ピアノ三重奏曲

今月のお買いもの、今回はナクソスから出ているベートーヴェンとリースのピアノ三重奏曲集です。ディスクユニオン新宿クラシック館での購入です。

さて、初めてきく名が出てきました。リースって、誰?

実は今、ネットでは話題の作曲家なのです。

フェルディナント・リース
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9

あまり弟子らしい弟子のいなかったベートーヴェンですが、このリースはれっきとした弟子であり、ベートーヴェンの研究になくてはならない著作を書いた人でした。勿論、私もその恩恵を受けております。

私自身、この人にあまり関心を寄せてこなかったなと顧みさせてくれたのは、ナクソスがネット上で連載した「ベートーヴェンと呼ばないで」という作品です。

http://naxos.jp/special/no_unmei

実際に、この作品を読んだわけではないんですが、かなり好評で、ツィッターでは話題沸騰だったのです。それで、興味を持った次第です。実際、公開されている6つだけを読んでみても・・・・・ぷぷぷっ!受ける〜^O~

え、こんなベートーヴェン、違うでしょ、っていう向きもあるかと思いますが、実際、ベートーヴェンの作品、特に中期以降の室内楽、もっと言えば弦楽四重奏曲とその周辺を調べてみると、実にベートーヴェンは人間臭い人なんですね。それを記録に残したのが、他ならぬリースであり、ナクソスの連載は基本、そのリースが残した回想録である「ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの覚書」に基づくのです。

ですから、勿論ギロチンチョップ!などは脚色ですが、ベートーヴェンの周辺に様々な「仲間」がいて、一つのサロンを形成していたことは史実であり、それが分かってくると、ベートーヴェンの音楽は全く異なったメッセージを私達に発するようになります。

このナクソスのアルバムは、そんなユニークすぎる人間ベートーヴェンと、普通の芸術家であるリースの作品の、しかも知られざる室内楽を並べた、素晴らしい編集です。

まず第1曲目が、他ならぬリースのクラリネット三重奏曲変ロ長調作品28です。この作品に最初に出会えたのは、私にとって幸運だなあと思います。知らない作曲家は室内楽からという私の方針が、間違っていなかった瞬間なので、嬉しいですね。

というのも、このクラリネット三重奏曲は、師ベートーヴェンだけではなく、むしろシューベルトなど、同時代の他の、しかもリースの年齢に近い作曲家たちの影響を色濃く受けている点にあるからです。特にこの作品ではシューベルトの影響が濃いと思います。どこか「ます」を想像するような明るさと楽しさがあり、まさしくこの作品がサロン用の室内楽であり、時代様式としては古典派とロマン派の間であり、ややロマン派へ寄っている作品であることを、まざまざと教えてくれます。

次のベートーヴェンクラリネット三重奏曲は1800年の作曲になるので、どちらかと言えば古典派的な作品です。もともとは七重奏曲作品20をベートーヴェン自身が編曲したものです。

七重奏曲 (ベートーヴェン)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2_(%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3)

ベートーヴェンにとって大衆迎合的であった七重奏曲が、クラリネット三重奏曲としても残り、さらに作品番号となっているのは興味深い事実です。なぜ、ベートーヴェンは七重奏曲をクラリネット三重奏曲へ編曲したのでしょうか。

実はベートーヴェンは初期から中期の作品を編曲していることがあるのです。例えばその筆頭が交響曲第4番で、ピアノ協奏曲へと編曲していますし、また自分の作品を引用もしています。そういった中での七重奏曲の編曲の意味を考えますと、そのキーワードは、編成の簡素化です。

かつてこのブログで、モーツァルトが自分のピアノ協奏曲をピアノ四重奏曲へ編曲したものを取り上げているかと思います。その時もCDはナクソスでした。

今月のお買いもの:モーツァルト ピアノ協奏曲第12番から第14番 ピアノと弦楽四重奏ヴァージョン
http://yaplog.jp/yk6974/archive/617

ベートーヴェンの時代になっても、上記エントリでご説明したような状況で、オケがどこにでもある訳ではありません。同様に、どこでも七重奏曲の編成ができるわけではないんです。どこでもみられるようになったのは市民革命以後なのです。ですから、ベートーヴェンの時代はその新しい時代がようやく来たという時期であり、まだまだ旧時代の情況のままであったわけです。それがようやく変わり始めたからこそ、交響曲を同じオケでも協奏曲にしてみるとか、モーツァルトではあまりやらないことをし始めるわけです。引用など使いまわしは同様ですが・・・・・

七重奏曲は、後にベートーヴェンがいやになるほど人気が出た作品ですから、当然ですが、簡単に演奏できるヴァージョンの要請があったであろうことは想像に難くないのです。ですから、作品番号のついた作品として作曲したと考えるのが自然です。

しかも、実は作品38は「ピアノ三重奏曲」のはずなんですが、ここではヴァイオリンの代わりにクラリネットで演奏されているんです。それでも全く遜色のない演奏が現出されていることが素晴らしいのです。そもそも、七重奏曲にクラリネットが使われており、ヴァイオリンをクラリネットにしても問題ないクオリティをそもそも持っているということを、私達に気づかせてくれる、素晴らしいヴァージョンだと思います。

どちらの作品も、クラリネットの暖か味が存分に押し出さていて、モーツァルトに次ぐ作曲家達であるということを教えてくれます。ベートーヴェンはしかもすでに番号が付いたクラリネット三重奏曲を作曲している大家ですし、リースも含め、モーツァルトともどももっと演奏されていい作曲家達、そして作品であると思います。

演奏は三人の独奏者がまさしく会話しているのがとても心地よいです。三重奏曲のようなまさしくサロンで演奏されたであろう作品を、真正面から軽めに演奏するのは、現代ベートーヴェン楽聖」伝説がある中で奇跡です。それもリースの功績であると言えるでしょう。リースが回顧録を残してくれなかったら、そしてそれが誠実なものであり、史料批判に耐えうるものでなかったとしたら、少なくともベートーヴェンの演奏は全く異なったものとなっていたことでしょう。リースの作品では、そんなリースにリスペクトするかのように、奇をてらわずただひたすらに軽めに、しかししっかりと演奏しているのが好印象です。

それでもしっかりと、聴き手には暖か味と誠実さが伝わってくるのです。作曲者のなのか、それとも演奏者なのかはわかりません。どちらもかもしれません。演奏が私に、リースの「真面目さ」を伝えてくるのです。

仲間がこんなところにいたのか・・・・・そう気づかせてくれた演奏です。感謝です。

それにしてもこのアルバム、「ベートーヴェンと呼ばないで」より以前の収録なんですね・・・・・さすが、ナクソスです。リースの協奏曲も聴きたくなってきました。子弟聴き比べ!なんていうのも面白いかもしれません。




聴いているCD
フェルディナント・リース作曲
クラリネット三重奏曲変ロ長調作品28
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲
クラリネット三重奏曲変ホ長調作品38
ユルゲン・デンムラ―(クラリネット
マルクス・ティリアー(チェロ)
ペーター・グラビンガ―(ピアノ)
(Naxos 8.553389)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。




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