神奈川県立図書館所蔵CDのコーナー、今回はドビュッシーのソナタのアルバムを取り上げます。
ドビュッシーと言えば、先日まで取り上げてきたようなピアノ曲、或は牧神のような管弦楽作品が有名なわけですが、室内楽作品にも珠玉の作品を残しています。
その中でもソナタは、元々ピアニスト志望だったドビュッシーですから、かなり書いているかと思いきや、たった3曲しかないんです。
しかも、晩年、そもそもは6曲一組にする予定だったのです。それが今回の音源に収録されている「6つのソナタ」です。
チェロソナタ (ドビュッシー)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF_(%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC)
フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%80%81%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%81%A8%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%97%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF
ヴァイオリンソナタ (ドビュッシー)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF_(%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC)
作曲はこの順番でなされており、それぞれ第1番、第2番、第3番となっています。ですから当然ですが、第4番〜第6番も本来作曲される予定で、しかも編成まで決まっていました。
第4番 オーボエ、ホルンとクラヴサンのためのソナタ
第5番 トランペット、クラリネット、バスーンとピアノのためのソナタ
第6番 コントラバスと各種楽器のためのコンセール形式のソナタ
特に第4番が作曲されていたらと、私などは思います。ドビュッシーはラモーを尊敬し、作品にもクラヴサンの奏法を取り入れるくらいでした。そのドビュッシーが時代的にはピアノと他の楽器であるソナタを、バロックに様にクラヴサン、つまりチェンバロと他の楽器でとしたら、一体どのような音色に鳴るのだろうと思うと、ワクワクします。
それだけに、6つのソナタが半分の3つだけで終わってしまったのはとても残念ですが、それでも重い病の中、非常に透明で美しく、生命力にあふれている作品を残したことは、私たちにとっては奇跡であると言っていいでしょう。
ただ、この6つのソナタには、3つの作品でそれぞれ共通点があります。わかりますでしょうか。作曲された3曲はどれも基本古典派以降の編成、様式のソナタです。ところが、作曲されなかった、第4番から第6番は、バロックの様式と編成なのです。
勿論、和声がバロックと同じという訳はないでしょう。恐らく、ドビュッシーらしい印象派的でかつ象徴主義の影響をもった作品に仕上がったことでしょう。それが様式的にはバロック・・・・・もう、この作品ははっきりと新古典主義音楽として書かれる予定の作品たちだったと言っていいでしょう。それは書かれなかった第4番〜第6番ではっきりと打ち出されています。
ところが、残された第1番〜第3番は、比較的古典派あるいはロマン派の範疇を出ていないため、新古典主義音楽のように、ドビュッシーの愛国者(パトリオティスト)としての側面は殆ど表面には出ていません。新しい音楽の表現者としてのみの側面だけとなっています。
しかし、音楽の精神はラヴェル、プーランクと言った作曲家たちによって受け継がれ、磨き上げられ、後世の作曲家たちに多大な影響を与えたのです。もし第6番までが完成していたなら、新古典主義音楽はもっと世界で作曲され、多くの作品が残っていたことでしょう。そう考えると、現在の日本の社会状況を考えても、残念に思います。ナショナリズムのアンチとして、ドビュッシーは新古典主義音楽を、パトリオティストとして作曲しようとしていたはずだからです。
それだけ、第1次世界大戦はドビュッシーの魂を傷つけ、衰弱させたのです。愛国心が行きすぎて国家主義へとつながり、そのために一発の銃声から戦争が始まり、それまでとは異なるフェーズを目の当たりにして、精神が平衡を保てるほうが芸術家としては少ないかもしれません。最前線の兵士すら、精神的におかしくなったのですから。
その時代背景を知って聴きますと、特に第3番ヴァイオリン・ソナタでは哀しみも聴こえてきます。パトリオティストとしての悲しみを作品に埋め込むことを優先し、様式から愛国心をメッセージすることは後回しにしたと考えられます。それだけ、作曲当時のドビュッシーは疲労困憊だったと言えるかと思います。
演奏は実は比較的古いものをこの時借りてきており、ヴァイオリンはグリュミオーです。それだけに、艶と言いますか、悲しみすら伝わってくる作品でも色彩豊かであり、その色彩感で様々なものが表現されているのを、聴衆に想像してもらうことに成功しているように思います。
最後の収録曲「シランクス」はフルート独奏の作品ですが、まるで「牧神」です。印象派という側面がぴったりくる作品ですが、一方で「牧神」がドビュッシー象徴主義の代表的作品であることを鑑みますと、むしろ象徴主義の作品として聴く方が、様々な想像が働いて面白いと思います。演奏しているブルダンは、しっとりとすることに集中しており、幻想的でその中に描かれてるものの想像をかき立てる、荘重かつ生命力ある演奏をしています。
あまり聴いていない作曲家はまず室内楽からという私の法則が、このドビュッシーでも同じであったことが、私に取りましては幸運かつ素晴らしい経験となりました。室内楽の引き出しが増えたことで、オーケストラ作品だけでなく、他のジャンルも聴けるようになったことで、自分の魂が豊かになっているのを感じます。
聴いている音源
クロード・ドビュッシー作曲
チェロ・ソナタ ニ短調
フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ
ヴァイオリン・ソナタ ト短調
モーリス・ジャンドロン(チェロ)
ジャン・フランセ(ピアノ、チェロ・ソナタ)
ロジェ・ブルダン(フルート)
コレット・ルキアン(ヴィオラ)
アニー・シャラン(ハープ)
アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
イストヴァン・ハイデュ(ピアノ、ヴァイオリン・ソナタ)
地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。
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