かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:メシアン トゥランガーリラ交響曲

今月のお買いもの、7月に購入したものをご紹介しています。今回はメシアン作曲のトゥランガーリラ交響曲を取り上げます。チョン指揮、パリ・バスティーユ管弦楽団他の演奏で、ディスクユニオン新宿クラシック館での購入です。

さて、コアなクラシックファンであればその名は知っているというのがメシアンですが、実際どんな作曲家で、どんな作品を書いており、その作品がどんなものであるかは知らない人が多いのではないかと思います。

私自身、名前だけは知っていましたし、どんな作品を書いているかまでは知っていました。学校の音楽の時間で音楽史を学ぶ時に出て来るからです。しかし、その作品がどんなものかは、聴かないと分からないのです。しかし、たいてい彼がどんな音楽家であるかの説明でまず挫折するのが通常ですし、私もそうでした。

オリヴィエ・メシアン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3

まず、ドイツ音楽を中心に鑑賞の時間で据えている日本の文科省の指導要領を忠実に習ってそれがすべてであると思いこんできた人(それは高校時代までの私がそうでした)は、まず「フランス人」ということで避けます。フランス音楽なんて、と。さらに、時代的に現代音楽なのです。しかも、私が高校生の時はまだメシアンは同時代人として生きているんです。

え〜、そんな音楽わからないよ〜となるのが、通常です。大抵、後期ロマン派から現代音楽なんて、かなり駆け足で教えますから、中学生や高校生に理解できるわけがありません。理解するには、やはり後期ロマン派から国民楽派象徴主義印象派、そして新古典主義音楽を「系統だててきちんと」教えないと、難しいと思います。

ただ、日本の学習指導要領では、現代音楽の作曲家としてたいていこのメシアンが取り上げられるんですね。メシアンだけが現代音楽の作曲家ではないはずなんですが・・・・・しかも、ドイツ後期ロマン派の音楽からいきなりフランス音楽へ飛ぶという、今の私からすればかなりエキセントリックな教え方です。その間の作曲家としてフランス音楽で教えるのはせいぜいドビュッシーで、それも印象派として教えるんですね(しかし、これは今や世界的な潮流としては象徴主義となっているのでそれもエキセントリックです)。

フランスの作曲家としては、古くはバロックの時代に幾人かの素晴らしい作曲家がおり、それはバッハも参考にしているくらいです。実際、クーラントという舞曲はバッハのどの組曲にも何度も登場しますが、それはもともとフランスの舞曲です。しかし、それは教えられることはありません。たとえばリュリですとか、クープランがそうですが、音楽史では触れはしますが試験で出ることは稀です(抜かしていいことになっていますから)。ところが、メシアンは出るんですよ、これが。同時にドビュッシーもですが。

実はメシアンドビュッシーもですが、日本に関係が深いことにきがつきます。文科省は巧妙ですねえ。ドビュッシーが日本で印象派として認識されることが多いのは、前奏曲集第1巻の初版の表紙が北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖」がつかわれたからです。そして、メシアンが現代音楽かとしてことさら取り上げられるのは、彼が親日家であり訪日もしている点と、東西冷戦があったことは間違いないでしょう。実際、私が高校時代はショスタコーヴィチはほとんど取り上げられることはありませんでした。同じ時代であればメシアンシベリウスです。

こう、文科省が「愛国少年」を産み出そうとした指導要領にも拘らず、メシアンだけは不人気です。それは明らかに、現代音楽の歴史を「東西冷戦に影響されて」系統だって教えていないことが原因ではないかと思います。

標題曲、トゥランガーリラ交響曲を説明することでご理解いただけるものとして、曲の説明をしたいと思います。この曲は1948年11月29日に完成し、その後1990年に改訂されました。その改訂はウィキにも記述があり、それがまさにこのCDなのです。

トゥーランガリラ交響曲
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%A9%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2

この作品にはどうしても必要な楽器があります。それは、オンド・マルトノという楽器です。

オンド・マルトノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8E

所謂電子楽器の一つですが、これが曲中で面白い効果を生み出しています。さらに、スネアドラムやタムタムなど、通常は使わない民俗的な打楽器が多く使われます。その点に注目しないと、実はこの曲の魅力に気が付かないのです。

ウィキの記述にあるように、トゥランガーリラというのは二つのサンスクリットからなる造語で、「トゥランガ」が主に時間を指し示す意味の言葉で、「リラ」が主に遊びや動作と言った意味の言葉です。さらには「また13世紀の理論家の命名による、インド芸術音楽の120種のリズムパターンのうちの33番目のものの名でもあり、加えて女性の名としても存在する言葉である」(ウィキ)とも言われます。作曲者は「愛の歌である」と述べていますが、それを甘い恋の歌と勘違いしてはこの曲の意味が分からなくなってしまいます。このもともとのサンスクリットやインド芸術音楽で言われる言葉の意味を考えながら聴きませんと、この曲の本質が分からなくなってしまい、「わからないからやーめた!」となってしまうかと思います。

この曲の中心をなす音楽は、「愛の歌」と「トゥランガーリラ」の二つで、最初の旋律が再び使われる、実は「循環形式」を持ちます。これはサン=サーンス(この作曲家も保守である割には日本では教えられることが少ない作曲家です)が歴史の表舞台に引っ張り出した形式ですが、それを踏襲しています。音楽が無調であるだけです。

そもそも、循環形式はリストが作りあげたとされていますが、さらにさかのぼればルネサンス期のミサ曲、たとえばジョスカン・デ・プレなどに辿り着くわけです。その意味においては、この作品は新古典主義音楽とまでは言えませんが、その影響を受けた作品とは言えるでしょう。少なくとも、形式の点においてはフランス音楽の伝統に立脚した作品であることは明らかです。

その上で、描かれている内容は、キリスト教というよりはヒンドゥー教や仏教の影響が強く、神秘主義的です。以前、スクリャービンの「法悦の詩」を取り上げた時に、歓喜天のようだと述べましたが、このトゥランガーリラ交響曲ではその傾向がさらに顕著です。

神奈川県立図書館所蔵CD:スクリャービン 交響曲第2番・「法悦の詩」
http://yaplog.jp/yk6974/archive/734

今月のお買いもの:スクリャービン 神聖な詩、法悦の詩
http://yaplog.jp/yk6974/archive/751

特に、二つ目のエントリで、両界曼荼羅を例示していますが、そんな世界をよく表現しているのが、オンド・マルトノなのです。しかも、初演時はその音に連動して光を放つようになっていたとか。実は、その演奏をN響がやっており、今年の春、番組最終時期のN響アワーで放送されました。

それを見て、私はこの曲をきちんと聴いてみたい!と思うようになったのです。スクリャービンの音楽以上の神秘性、循環形式という形式重視。それでいて、無調の音楽。心をわしづかみにされました。

編成を見ても、たとえばピアノを取り入れていたり、現代音楽における交響曲を意識もしています。それでいて、けっして交響曲とは言えない様式。しかし、交響曲と呼んでも差し支えない多様な楽器が織りなす色彩。10楽章ということはベートーヴェンの田園の倍であるという点からしても特に珍しいことではないことなど、特にサン=サーンス以降の作曲家の音楽を丹念に聴きますと、この作品の魅力が自然と浮かび上がってきます。

ですから、この作品がいきなり理解できるのは難しいでしょう。まずはスクリャービンシマノフスキなど、現代音楽の歴史をなぞるように聴いて行った結果、たどり着くのが一番いいと思います。出来れば、東洋美術、インドの神々や日本の仏教美術に触れておくとさらにわかりやすいのではないかと思います。

オンド・マルトノが織りなす音はまるで妖怪が楽しそうに飛び回るような感じです。あるいは、私には両界曼荼羅が絵を飛び出し、まるで目の間に立体的な蓮華蔵世界が迫ってくるような気すらします。映画のワンシーンを見ているかのようです。

フランスのオケだからアンサンブルは駄目でしょうという声がドイツ音楽が好きな人からは聞こえてきそうです。私も以前はそう考えていた一人ですが、そんな点は全くありません。むしろ、ソリストへの尊敬の念もあるのか、オケは素晴らしいアンサンブルです。実は、ピアニストはメシアンの二度目の奥さんですし、オンド・マルトノを演奏しているのは彼女の妹で、実はメシアンファミリーなのです。

イヴォンヌ・ロリオ=メシアン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%AA%EF%BC%9D%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3

そんな点も、この演奏を引き締まったものにしています。長い演奏があっという間に過ぎていきます。現代音楽史が俯瞰できるようになれば、78分もの長さはあっという間に過ぎていくでしょう。その点では、聴きたいと思うまでに時間がかかる楽曲だと思います。しかし、粘り強く現代音楽を聴き続けますと、この作品の面白さが分かって、何度でも聴きたい!と思うようになるでしょう。

私は、この曲に大学時代出会っていればなあと悔やんでいます。学祭におけるサークルの発表会ではスライド展示も行うんですが、私は2年間仏像の班だったのです。学祭における自分の班のスライド発表をするにおいて、クラシックでいい音楽はない?と振られて困った経験があるのです。もし当時、現代音楽史がきちんと俯瞰でき、かなりの作品を聴いていて、この作品を知っていたら迷わず「トゥランガーリラはどう?」と提案していたことでしょう。チョンと晩年のメシアンとが心血を注いで録音したこの演奏は、私の古美術、特に仏像への造詣をさらに深める方向へと導きそうです。



聴いているCD
オリヴィエ・メシアン作曲
トゥランガーリラ交響曲
イヴォンヌ・ロリオ(ピアノ)
ジャンヌ・ロリオ(オンド・マルトノ
チョン・ミュンフン指揮
パリ・バスティーユ管弦楽団
(ドイツ・グラモフォン POCG-7111)



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