かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

今月のお買いもの:マルチヌー 交響曲全集3

今月のお買いもの、5枚目はマルチヌーの交響曲全集の3枚目です。第5番と第6番が収録されています。この一枚は初演がアメリカではなく、ヨーロッパでとなっています。

まず第5番ですが、1946年にニューヨークで作曲され、初演は翌47年プラハにおいて、クーベリック指揮チェコ・フィルの演奏により行われました。実はこれは、第2回「プラハの春」音楽祭においてなのです。

プラハの春音楽祭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E7%A5%AD

この音楽祭において初演されたということが、マルチヌーがこの曲に込めた想いというものを物語っているように思います。初演時には作曲者の名代として夫人が参加していますが、帰国後の自宅を検分するなど、当時のマルチヌーは帰国の念を強く持っていました。

第5交響曲 H.310 (1946/2-5)
http://www.martinu.jp/sym_the5th.html

この曲でも形式というものをしっかりと大事にしたうえで全体を構築しているのが特徴です。特に第4楽章は、レントを序奏とし、アレグロを主題としてとらえなおしますと、古典派の交響曲からの影響をも見ることが出来ます。実際、アレグロ主題は簡単なソナタ形式です。

不協和音が鳴りひびく表面的な印象だけで判断してはこの作品の価値を見誤るような気がします。

さて、この曲は3楽章ですが、この上記のサイトの説明からしますと三楽章ととらえるべきなのか、それとも第3楽章と第4楽章がつながっているととらえるべきなのか、判断が難しいと思います。ですので、ここでは私は楽章数だけでフランス風と判断するのはやめておきます。ただ、どちらにせよ、古典派、特にベートーヴェンハイドンといった作曲家へのリスペクトをわたしは感じます。第3楽章のレントで使った主題はチャイコフスキーの悲愴ですが、そのチャイコフスキーがそもそも古典派の作曲家たちをリスペクトしていたのですから。

次の第6番は、1951年にヨーロッパにかえってから作曲されました。目的としてはやはりそれまで活動の中心だったアメリカでして、ボストン交響楽団創立75周年の委嘱作品となっています。ただ、これはチェコで完成されることはありませんでした。残念ながらチェコは1948年に共産党政権が樹立されたため、マルチヌーは帰国できなくなってしまったのです。

そんな望郷の念が根底にあるのか、この曲は特に民族的な音楽となっています。引用されている楽曲はいずれも民族色の強いものばかりですし、独自の旋律もどこかチェコのコラールを思わせるようなものもあります。ウィキ、協会どちらのサイトでも幻想曲としての側面が強調されていますが(記述でより正確なのは私はさすが協会のほうだと思いますが)、それでも形式がしっかりと構築されている点は、現代音楽の中でも特筆すべき作品だと思います。

第6交響曲 H.343 (1951/4, 51/4)
http://www.martinu.jp/sym_the6th.html

交響曲第6番 (マルチヌー)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC6%E7%95%AA_(%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%8C%E3%83%BC)

特に現代の前衛音楽は、リズムを破壊したというより、否定したと言っていいと思いますが、マルチヌーの交響曲ではそれが一切ありません。その点が、一見すると聴きずらそうな曲が実はふくよかで多彩な表現を秘めている理由なのではないかと思います。

この曲においては、形式的にははっきりとフランス風と言っていいのではと思います。第3楽章のレントはあくまでも短い導入部になっているためです。その点が、マルチヌーがこの曲に込めた「想い」というものなのではないかと思います。民族色の強い旋律、そしてフランス風の形式・・・・・

祖国を想う気持ちが、わたしには伝わってきます。

演奏面では、全体的にアンサンブルの素晴らしさが見て取れると思います。基本的に旋律は不協和音が多用されているわけですから、周りをよく聴いていないと難しいわけなのですが、その点が抜群です。当たり前と言えばそうですが、それを実行できるかどうかが大事ですから。それゆえに、マルチヌーの音楽がきちんと浮かび上がり、私たちに作曲家の想いまで伝えてくれているようです。特に第5番第3楽章のシンコペーションは、ジャズ風にもなっている部分ですが、ここは難しいだろうなあと思います。しかもそれはアレグロ楽章において主題提示部と主題再現部なのですから、とても重要な部分になっています。それが美しいのは、オーケストラの力量の高さでしょう。

もちろん、そこを雑に演奏させないヤルヴィの統率力も評価していいと思います。どこが重要で決めなくてはならないのかが分かっている、つまり、スコアリーディングがしっかりと行われているという証明でもあるわけなのですから。

この全集をきっかけに、わたしにはまた新たに好きになった作曲家が一人増えたように思います。



聴いているCD
ボフスラフ・マルチヌー作曲
交響曲第5番
交響曲第6番
ネーメ・ヤルヴィ指揮
バンベルク交響楽団
(Brilliant Classics 8950/3)



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