かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

マイ・コレクション:BCJ バッハ カンタータ全曲演奏シリーズ8

今回のマイ・コレは、BCJのバッハカンタータ全曲演奏シリーズの第8集です。収録カンタータは第22番、第23番、第75番の3つです。

この第8集から、ライプツィヒで発表された作品が登場することとなります。そのうち、第22番と第23番はいわゆるトーマス・カントル採用試験用として、そして第75番から正式にトーマス・カントルとなって発表された作品となります。

そう、1723年という、バッハの生涯において記念すべき年の作品となるのです。

第1曲目の第22番と第2曲目の第23番はセットで説明したほうが分かり易いでしょう。どちらも1723年2月7日に初演された作品で、そしてどちらも翌年の24年2月20日に再演されているという、とても関連性がある作品群です。内容としてもキリスト教のコアな部分を切り取っており、第22番が最後の晩餐での弟子の無理解を、第23番ではそれに基づいて磔刑に処せられるキリストの「罪を背負った」ことへの感謝を表現し、そこからいずれも神への信仰を考えさせるという、いかにもカンタータらしい曲に仕上がっています。

どちらも5曲、4曲と少ない曲数になっており、いかにもためしで演奏させたような規模となっています。第23番に関してはヴァイマルで作曲された失われた受難曲がもととなっているようで、その後1725年のヨハネ第2稿に第4曲目が転用されてもいます。

合唱と二重唱など、構成的にも聴きどころ満載であり、だからこそ歌うほうの実力も試される楽曲でもあると思います。器楽は同じように音楽を奏で、そこに合唱と二重奏やアリアが乗るといった構成ですから、歌う方としては周りをよく聴いていませんと入れませんし、また器楽側もあくまでも淡々と演奏しなければなりません。その絶妙なバランスが聴きどころでもあるわけですから、それを保つためにはいわゆる「つられて」はならないのです。周りを聴きながら一方でつられてはならないわけですから、BCJがどれだけ鍛えられているかが分かります。

最後の第75番は1723年5月30日にライプツィヒで初演された作品で、バッハがトーマス教会の音楽監督に就任して初めての演奏となった作品です。それゆえ、規模も2部構成全14曲と大規模かつ堂々としており、途中シンフォニア(!)も入っているという構成です。これだけ見てもバッハの気合の入れようがとてもわかりますし、実際この曲は大変評判がよかったようです(東京書籍「バッハ事典」P.93)。

特にアリアは素晴らしく、冒頭合唱における4声のソリストによるフーガは、それに続く合唱への導入としての役割を持っていますし、また第12曲目のバスのアリアは、まさしくファンファーレであるトランペットとともに素晴らしい印象を聴き手に残すものです。

そしてこの第75番はソプラノのレチタティーヴォに、その後のカンタータや受難曲を予感させるような旋律があったりして、聴き手をさらに飽きさせません。そういえば、ヨハネ受難曲はほぼ一年後に初演されるのです。

内容としては、私利私欲に走ることを戒め、それは神のおぼしめしであると謙虚にふるまうことを求めるもので、そういったテクストにも、新任トーマス・カントルの気合いを感じます。

恐らく、この3曲はすでにヴァイマルで作曲されていたとされています。採用試験が2月、そして正式採用の初演が5月・・・・・そんな先のことまで考えて作曲をしていたのかと驚かされます。

以前、モーツァルト交響曲の時にも言及したかと思いますが、この時代の作曲家たちはとても忙しいので、きちんと準備ができていないとチャンスを生かすことは出来ないのです。それはおそらく、もっと忙しい毎日を送る私たち現代人にもきちんと通用する、一つのメッセージであるように、私には思われます。ライプツィヒに来ていきなり生み出したのではなく、すでに準備して演奏したということです。モーツァルトはその天才ぶりばかりがクローズアップされますが、こうバッハと一緒に語りますと、いかにモーツァルトが天才的に「準備」していたのかが分かります。

私はモーツァルトは作曲が主であったのに対し、バッハは息子への教育もしながらだったという点に、重要な点が潜んでいるように感じています。忙しさはモーツァルトの比ではないということなのです。バッハを語る時それが実は抜け落ちることが多いと思っています。特に日本人は「バッハよりはモーツァルト」が素晴らしい、進んでいる、だからモーツァルトの忙しさの方が大変だったのだとかんがえがちです。しかし、両者の忙しさを「分析」しますと、意外な結果が現われます。バッハのほうがモーツァルトよりも猛烈に忙しかったという事実・・・・・

そんな中での、作曲なのです。そして、モーツァルトはその足跡をたどる作業だったとしたら・・・・・

やはり、バッハの重要性はがぜん上がってきますし、なぜ古今の作曲家たちが大バッハへ尊敬の念とそれゆえに研究を怠らなかったのかが、見えてくる楽曲達でもあるのです。



聴いているCD
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第22番「イエス十二使徒を召し寄せて」BWV22
カンタータ第23番「汝まことの神にしてダビデの子よ」BWV23
カンタータ第75番「乏しき者は食らいて飽くことを得」BWV75
鈴木美登里(ソプラノ)
米良美一カウンターテナー
ゲルト・テュルクテノール
ペーター・コーイ(バス)
鈴木雅明指揮
バッハ・コレギウム・ジャパン
(BIS CD-901)



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