かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

神奈川県立図書館所蔵CD:ショパン ピアノ作品全集11

神奈川県立図書館所蔵CDショパンピアノ作品全集の今回は第11集を取り上げます。ようやく、ピアノ・ソナタです。

実は、この全集を借りたいと思い立ったきっかけが、この第11集で取り上げられているピアノ・ソナタ第2番なのです。某ピアニストの演奏を東京文化会館で聞いたときの衝撃は、いまだに覚えています(その時のカップリングが、ベートーヴェンのハンマークラヴィーアでした)。

ならば、いっそショパンピアノ曲を俯瞰してみる必要があるんじゃないかと考え、全集が聴きたいと借りたのがこのアシュケナージのものだったというわけなのです。

アシュケナージがここでようやく取り上げているということは、それまでの作品群の特徴を踏まえて聴いてほしいと思っているからにほかならないと思います。

まず、そのピアノ・ソナタ第2番です。1839年に完成していますが、第3楽章は1837年に完成していたようです。その第3楽章こそ、有名な葬送行進曲です。

ピアノソナタ第2番 (ショパン)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E7%AC%AC2%E7%95%AA_(%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%91%E3%83%B3)

この葬送行進曲をどうとらえるかで、古今のピアニストたちは苦労してきました。兎に角、この第2番はある意味「荒れ狂う音楽」と言っても差し支えありません。変ロ長調というおどろおどろしい調性と、それが紡ぎだす嵐のような音楽。その延長線上に、絶望感と青空とがまるで同居するような、この第3楽章が登場するのですから。

シューマンが語った以下の言葉も、至極納得です。

ショパンは乱暴な4人の子供をソナタの名で無理やりくくりつけた」
「田舎の音楽教師がソナタの名につられて、素晴しい古典だろうと思って楽譜を買い求め、いざ弾いてみて激怒する」

4楽章という点でまるで古典的なソナタのように見えますが、実際にはとんでもない代物ですから。楽章形式からすれば、ベートーヴェンだって思いっきり破壊者ですからねえ。恐らく、シューマンはそういったことも念頭に置いて、この言葉を語っていると思います。

次に、第3番です。これは1844年の完成ですが、第2番とは打って変わって、4楽章形式の上に非常に古典的な音楽を乗せています。しかし、ショパンの優雅さというものが散見され、その上で室内楽的なものも志向しているとても美しい作品です。

わたしはどちらかと言いますと、この第3番の方が好みです。もちろん、第2番の革新性は言うまでもありませんが、この第3番はマズルカを聴いてきますと、とてもショパンの内面が素直に出されているような気がするのです。

第2番はある意味、吐き出すといった感じに見えます。一方、第3番はとても自然な音楽となっています。その点を考えますと、むしろこの第3番の方がショパンは自分の気持ちに素直になって書いたように思います。

第3番は室内楽を指向したと説明にもありますが、できれば室内楽ヴァージョンなんかが聴けると面白いですね〜。ちょっと検索してみましたが、ジャズへの編曲はあるようですが、室内楽への編曲がないようです。ジャズも面白そうですが、まずショパンが目指したであろう、室内楽ヴァージョンのほうが私は面白みがあり、興味があります。

ピアノソナタ第3番 (ショパン)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF%E7%AC%AC3%E7%95%AA_(%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%91%E3%83%B3)

さらにショパンソナタを作曲したならば、今度はどういったものになったであろうと想像しますと、楽しいですね。まるで自分の気持ちが抑えきれずに爆発した第2番。真逆に素直に出せた第3番。もし、それが融合したら・・・・・

しかし、それはかないませんでした。もし実現できていたら、どんなにか素晴らしかったでしょう。

最後に集録されているのは、幻想曲です。ショパンには幻想即興曲はあっても幻想曲はこの1曲だけなのですが、これがとても哀愁を帯び美しい作品です。もし、第2番と第3番がもつ「内面」が融合したら、こういったものになっていたでしょうか。実際には1841年の作曲なので、必ずしもこの曲のような楽想にはならなかったと思いますが、それにしても示唆に富む楽想ではあります。

ショパンはいったいピアノ・ソナタを何曲書きたかったのでしょうか。今となっては知る由もありませんが、それを知りたくなるような作品であることは間違いありません。

そういった点を踏まえてか、アシュケナージはこの3曲ともとても丁寧に演奏しています。しかも、アシュケナージらしさというか、彼の現代的な視点というものも反映されていて、たとえば、第3番の第3楽章をウィキはこう説明しています。

「他の楽章に比べると冗長に感じられるが、旧世代のピアニストは中間部を速く弾くことで構成感を高めていた。」

この第3楽章はラルゴですが、アシュケナージはあくまでもラルゴとして弾くんです。決して途中で速くはしません。そのことが、第4楽章のプレスト、マ・ノン・タント〜アジタートを際立たせています。

アシュケナージは多分ですが、この第3番が室内楽を志向したものという側面を重視したのではないかという気がします。そのためにあくまでも指定重視の姿勢を貫いたのだと思います。そして、その効果は私は抜群だと思います。もちろん、昔風のも素晴らしいと思いますが・・・・・

ここまでアシュケナージが言わんとすることから考えますと、わたしはアシュケナージの姿勢を重視したいと思います。



聴いている音源
フレデリック・ショパン作曲
ピアノソナタ第2番変ロ長調作品35「葬送行進曲つき」
ピアノソナタ第3番ロ短調作品58
幻想曲ヘ長調作品49
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)



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