かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

マイ・コレクション:カラヤンのドイツ・レクイエム

今回のマイ・コレは、ブラームスドイツ・レクイエムです。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィル他の演奏です。

すでに三大レクイエムを集めてしまっていた私ですが、もう一つ聴きたいなと思った曲が、このドイツ・レクイエムでした。ブラームスの名を一躍有名にしたこの曲は、特に合唱好きの人たちの間では有名でした。

ドイツ・レクイエム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%A0

このウィキの冒頭にもありますが、この曲は宗教曲でありながらキリストの復活の場面などがない(というより、レクイエムにはもともとありませんが)ため、「演奏会用として製作され、典礼音楽として使うことは考えられていない」音楽なのです。

それだからこそ、日本の特にアマチュア合唱団には好まれてきたという経緯があります。それゆえか、あまりプロオケの演目には乗らない曲です。

しかし、そんな曲を、カラヤンは振っているのですね。しかも、カラヤンをはじめ多くの指揮者が振っています。このあたりが、日本と本場の決定的な違いと言えましょう。

さて、そのカラヤンの指揮はウィーン・フィルだからなのでしょうか、アプローチがかなり個性的です。ロマン派の音楽でありながら古典派的なアプローチをしている部分が散見されます。特に、リフレインを弱くしたり、盛り上がっていくときにフレーズごとに大きくしているといった点は古典派の音楽を振る時に行なうやり方で、ロマン派の音楽ではめずらしい点です。

クレッシェンドしていくときに、ロマン派ですとなだらかな曲線を描くように盛り上がっていきますが、古典派ですと実は階段状に盛り上がっていきます。そういったことをカラヤンはやっています。それが本当に心を熱くするのです。

全体的には静謐な音楽を形成しながら、部分的には古典派的なアプローチを仕掛けているこの演奏は、カラヤンの遺言か?と見まごうばかりです。

ヘルベルト・フォン・カラヤン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%A4%E3%83%B3

彼の死は1989年ですが、この演奏はその6年前にされています。まだまだ死を意識することはなかったでしょうが、しかし晩年の時期に当たり、自分の人生が長くはないことは悟っていたでしょう。そんな想いが、そういったアプローチから感じられるのです。

ブラームスの音楽もさることながら、自分の美意識といったものの集大成といった点も、この演奏にはあったのではないか・・・・・今聞きなおしますと、そんなことも感じられます。それは購入当初のただ単に「聴きたい」といったレヴェルでは気が付かなかったと思います。いろんな演奏の知識がついて初めて、カラヤンが伝えたいことが分かってきたような気がしています。

それは、ウィキのこの説明に集約されているように思います。

ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院とウィーン音楽院で学んだ」

この点は意外にもいろんなカラヤンを述べている著作などでも抜け落ちている点ではないかと思います。つまり、カラヤンの近代的な美意識は意外にも古典派の時代の美とは何かという点から発している・・・・・

例えばその一つが快速でしょうし、その一つがこのドイツ・レクイエムでは階段状に盛り上がっていく点だと思います。

このカラヤンが遺した「彼の美意識」という遺言を、大事にかみしめていきたいものです。

この演奏、そしてこの曲は書こうと思いますといくら紙面があっても足りませんので、今回はカラヤンの美意識だけに触れるにとどめて終わりたいと思います。また、語る時もあるでしょう。特に、この曲はドイツ語であるということも重要な点なので・・・・・



聴いているCD
ヨハネス・ブラームス作曲
ドイツ・レイクエム 作品45
バーバラ・ヘンドリクス(ソプラノ)
ホセ・ファン・ダム(バリトン
ウィーン楽友協会合唱団
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(ドイツ・グラモフォン POCG-1100)

地震および津波により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。同時に原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方に、感謝申し上げます。