かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

友人提供音源:チャイコフスキー交響曲第1番他

今回の友人提供音源のコーナーは5枚組みのものからの4枚目、チャイコフスキー交響曲第1番他です。

実は、この音源をいただいた理由として、当時チャイコフスキー交響曲を全部聴きたいという希望を持っていたことです。その第一弾として確かいただいたと記憶しています。

当時交響曲全曲を持っていた作曲家はベートーヴェンブラームスだけ。いくらなんでもこれは寂しいと思っていました。ただ、当時やはりどうしても合唱曲を「聴かなければならない」立場にありましたので、自分が好みの作曲家の作品を集めるという選択肢から、チャイコフスキーを選択したものです。

チャイコフスキーで持っていたのは4番から6番までの3曲だけ。勿論、チャイコフスキーは6曲しか交響曲を書いていませんから半分は持っているわけですが、そののこりをそろえるのが非常に難しい・・・・・それなりに、店で選ぶことになりますから、その時間が必要だったからです。その時間がない。それと、金銭的な問題です。

ならば、いただくことでそれを補おうという、ある意味非常に虫のいい話なんですね。しかし、それを快諾していただき、今では本当に感謝しています。

実際、その方法でチャイコフスキー交響曲が全曲そろうという形になりましたが、第2番は保存状態が悪く泣く泣く捨てることに・・・・・CDを捨てることなどできない私が、唯一捨てたケースです。そのことが、やがて図書館で借りることへつながってゆくのですが・・・・・・

図書館で第1番と第2番を借りるときに、実は第1番はこれをもっているのがわかっていましたから、どうしようか悩んだのですが、第2番がないので、結局重複してもいいと思って借りたのを覚えています。今聴きましても、その図書館の音源に勝るとも劣らないアンサンブルで、非常にすばらしい演奏をいただいたなと感謝しております。

カップリングはシューベルト交響曲第5番とバーバーのエッセイ。いずれも今聴きますと私好みの曲なのですが、記憶がしっかりとなっていません。このチャイコフスキーしか記憶がないんですね。よほど当時このチャイコフスキーしか頭になかったかがよくわかります。

実は、バーバーももっていはいるんだけど・・・・・という作曲家です。映画に使われて有名になった作曲家ですが、もっと真剣に聴くべきなのではないかと今となっては思います。こういう曲をいただいているのに、当時はなかなか手が回らなかったんですね〜。

まあ、人生にはその音楽と出会う「時」というものがあると、私はここまで生きてきて思います。バーバーもそのうちの一人のような気がします。実際、バーバーは一枚だけ買って持っていますが、それ以来さっぱりです。それは多分、そのときはまだ聴くタイミングではなかったのだと今では思っています。

チャイコフスキーもそうだと思っています。実際、彼の交響曲を頻繁に聴きだしたのは図書館通いを始めた一昨年からです。ただ、そのきっかけを作ったのはこの音源であることは間違いありません。それはシューベルトに関してもいえるかと思います。これほどメロディアスで私好みの作曲家であるにも関わらず、じつはシューベルトも放りっ放しの作曲家です。いずれ、彼の交響曲も図書館でかりることになるはずですが、その前にショスタコになりそうな予感です。

恐らく、プロの批評家であっても、そのためにいろんな曲を聴くという作業をどこかでなさっているはずですが、その時期がその人にとってその「時」だったのではないかと私は思います。ですから、私は「この曲を聴くべきだ」とは言うつもりはありません。それを言わせたいのなら、私は自ら命を絶ちたいと思っています。それほど、私にとって出会う「時」というのは重要なもの、という意識があります。

この演奏を聴きますと、ますますその思いは強くなってゆきます。

私はこのブログではご紹介するだけ。後は、聴く人に任せるという姿勢を今後も貫き通してゆきたいと思います。私がそうであったように、私の言葉の何かがその人の心に響いていれば、時間がかかっても紹介した音楽にその人自らたどり着くだろうと信じているからです。



聴いている音源
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー作曲
交響曲第1番「冬の日の幻想」
シューベルト
交響曲第5番
バーバー
エッセイ第2番
※友人提供のCD-R、非売品