かんちゃん 音楽のある日常

yaplogから移ってきました。日々音楽を聴いて思うことを書き綴っていきます。音楽評論、想い、商品としての音源、コンサート評、などなど。

東京の図書館から~府中市立図書館~:リリンクとシュトゥットガルト・バッハ合奏団によるバッハカンタータ全集19

東京の図書館から、62回シリーズで取り上げております、府中市立図書館のライブラリである、ヘルムート・リリンク指揮シュトゥットガルト・バッハ合奏団他による、バッハのカンタータ全集、今回は第19集を取り上げます。収録曲は第148番、第48番、第109番、第89番の4曲です。

カンタータ第148番「その御名にふさわしき栄光を主に捧げまつれ」BWV148
カンタータ第148番は、1723年もしくは1725年にライプツィヒで初演された、三位一体節後第17日曜日用のカンタータです。成立年に関しては二つの説がありますが、有力なのは1723年で、リリンクもその考え方に従っています。1723年であれば9月19日ですが、1725年であれば9月23日だったはずです。

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内容としてはいかにもキリスト教らしいもので、真理は神の真理なのだから、それに従ってというものです。こう書きますと確かにいや、真理は他にもあると考えがちなのですが、この考え方がどんな時代に出たのかを考えますと、それほどでもないなあと思います。これは歴史学だとよく言われることなのですが、現在の物差しで当時を語るなかれ、というものです。確かに現代においてはどうなの?という内容ではありますが、神という絶対的なものを上に置かないと、人々が抑圧される時代がキリスト教が成立した時代であったということなのです。

その意味においては、現代でこの曲を演奏する意義は、現代はあまりそうなっていないことを喜ぶべきである、そして一方でまだ同じような状況になっていないかと、自分で考えるきっかけにするということでしょう。リリンクはモダン楽器を選択しているわけなので、オペラティックな演奏になっており効果を上げていますが、それは私たちが現代という時代を生きているから、とも言えるのではと個人的には思いますし、リリンクがモダン楽器にこだわったのも、現代というタイミングを考えてだったのかもしれません。

とはいえ、楽器が合唱など声楽を邪魔していないのは他の演奏と同じであり、テクストをよく読みこんだうえで、モダン楽器の性能を考え抜いた演奏となっています。

カンタータ第48番「われ悩める人、われをこの死の体より」BWV48
カンタータ第48番は、1723年10月3日に初演された、三位一体節後第19日曜日用のカンタータです。ここで少し飛んでます。実は、仮に第148番が1723年成立と仮定すれば、第50番が演奏されたとされているのですが、リリンクは採用せず、次の第48番を持ってきています。そもそもが9月19日だったとすれば、2曲飛んでいるのですが・・・

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第50番は大天使ミカエルの祝日用とされているのですが、その日付は1723年9月29日とされています。仮にこれが正しければ、おそらく2日を一つにまとめたと考えるのが自然ですが、それでもリリンクは飛ばして第48番を採用しました。実は、第50番は1つの曲のみが伝わっており、全体がどのようか形だったかははっきりわかっていません。わかっているのは第50番の残された曲の編成のみで、演奏時間としては「バッハ事典」によれば4分。それだけとは思えないので、リリンクはあえて飛ばしたと考えるのが自然でしょう。それと、実は第48番は内容的に第148番と続くもので、聖書のエフェソの信徒への手紙から歌詞が採用されています。故に、第50番の全容が分からないことから、第148番の次に第48番を持ってきたと言えるでしょう。

神の真理に関する曲で、謙遜の気持ちが強い曲であることから、声楽がしっかり浮き出る必要がありますが、モダン楽器によって演奏されているのですがその点をしっかり踏まえた演奏になっています。故に心に響いてきますし、歌詞を見ながらだとなおさらだと言えます。

カンタータ第109番「われ信ず、尊き主よ、信仰なきわれを助けたまえ」BWV109
カンタータ代109番は、1723年に初演された、三位一体節後第21日曜日用のカンタータです。ここでもリリンクは一つ飛ばしていますが、バッハ事典の「教会歴順作品表」を参照しますと、第20日曜日は1716年に作曲された第162番がすでに存在するため、恐らくは旧作が演奏されたと考えていいでしょう。実際1724年にバッハは新しく第180番を、1726年に第49番を作曲しています。故に、作曲順で並んでいるこの全集において、リリンクは飛ばしたと言えます。

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単に曲を楽しむだけであれば順番が飛んでいることなどどうでもいいのですが、「教会歴では飛んでいるけど何故?」と考えるときには、やはり1723年において教会歴において新しい作品はどれだけあるのかを調べる必要があります。バッハのカンタータを演奏する時、意外と指揮者はそんなことも考えているということが分かりますと、聴く楽しみが一つ増えるのです。その意味でも、東京書籍の「バッハ辞典」は優れた書籍ですし、ネットで調べるときには教会歴ではどうなの?バッハはどのように作曲しているの?と考えて検索する必要があります。古いメディアも新しいメディアも使いようなので、妄信は禁物であるということを、リリンクは知っているかのようです。

曲の内容も、神の真理とヨハネによる福音書「貴族の息子の治癒」(ヨハネによる福音書4:46–54 )が一緒になっているテクストで、物凄くざっくり言えば「信じる者は救われる」です。妄信が危険である一方、信じれば救われることと思うことが大事でもある・・・このアンビバレントな二つを、どのように考えればいいのか。バッハのカンタータは常に材料を与えてくれます。演奏は「信じること」の大切さを切々と歌い上げますが、ここでも楽器が前に出すぎず、バランスがいいために声楽が強調され、心に訴えかけてきます。

カンタータ第89番「われ汝をいかになさんや、エフライムよ」BWV89
カンタータ第89番は、1723年10月24日に初演された、三位一体節後第22日曜日用のカンタータです。ここで教会歴としてはつながりました。

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この編集がなぜなされたかを考えるとき、バッハのキャリアというものに想いを馳せざるを得ません。バッハはついにライプツィヒでカントルという、教会音楽を統べる立場に立ったわけです。つまり、教会歴に従って曲を書き、演奏する権限が与えられたのです。それまではその権限がなく、教会歴において代打の形です。ですから用意されていない曲のほうが多かったわけで、ライプツィヒでトーマス・カントルになって初めて、教会歴に従ってすべての楽曲を用意し演奏する栄誉が与えられたと言えます。リリンクはさりげなく「ね、やっとバッハが教会歴にしたがってかけるようになってきたでしょ?」とウィンクしているというわけです。

テクストも、前週までは異なり、フィリピの信徒への手紙とマタイによる福音書の二つが採用されており、信頼と赦しがテーマになっています。重点が置かれているのは「赦し」だろうと思います。1曲目から暗い曲が始まっているためです。「信頼と赦し」というのはなかなか難しいテーマで、古今東西で扱われていると言えるでしょう。例えば仏教でもあっても、親鸞が開いた浄土真宗は「悪人正機説」を唱えて、悪人こそが救われる対象であるとしました。それは一種の赦しだと言えます。

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これは、阿弥陀仏衆生を救うとされていますが、それまでの平安仏教ですと、階級に分かれており、貧しいものあるいは悪人は救われないとされていたのを、救う対象だとしてひっくり返した思想です。親鸞自身が結婚をしており僧侶としてはふさわしくない立場だったからとも言えますが、のちに徳川幕府の成立後、幕府の統制の中で以外にも重要な思想に育っていきます。

リリンクが録音をした当時、実はキリスト教や仏教など、世界の宗教当事者が、核戦争の脅威に対して危機感を持っており、宗教会議が行われるなど、クロスオーバーの動きが出ています。リリンクはテクストから、第1曲目の不安に支配されているような様子を如何に描くかを重要視しているように思います。その表現として、モダン楽器だからこそ多少オペラティックな歌唱もいとわないのだと思います。むしろその歌唱が実に胸を打ちますし、また楽器とのバランスもよく考えられています。これも一つの神への捧げものと言えるでしょう。

こういうモダン楽器による演奏を持って、古楽演奏を卑下する向きもありますが、そもそも楽器の性能が異なり、歌唱法も実は若干異なるわけで、どこまで感情を込めるのかは、かなり難しいところなのです。21世紀になってようやく、バッハ・コレギウム・ジャパンの成長などで古楽演奏でもモダン楽器とそん色ない演奏が増えてきており、私たちはモダン楽器でも古楽演奏でもバッハの精神を味わえる素晴らしい時代に生きていると言えましょう。リリンクの演奏はどれも、そのきっかけを与えたという点で重要だと言えます。

 


聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
カンタータ第148番「その御名にふさわしき栄光を主に捧げまつれ」BWV148
カンタータ第48番「われ悩める人、われをこの死の体より」BWV48
カンタータ第109番「われ信ず、尊き主よ、信仰なきわれを助けたまえ」BWV109
カンタータ第89番「われ汝をいかになさんや、エフライムよ」BWV89
アーリン・オジェー(ソプラノ、第89番)
マルガ・ヘフゲン(アルト、第48番)
ガブリエーレ・シュナウト(アルト、第109番)
ヘレン・ワッツ(アルト、第89番)
クルト・エクヴィールツ(テノール、第148番・第109番)
アルド・バルディン(テノール、第48番)
フィリップ・フッテンロッハー(バス、第89番)
ゲッヒンゲン聖歌隊
フランクフルト聖歌隊
インディアナ大学室内合唱団
シュトゥットガルト記念教会合唱団
ヘルムート・リリンク指揮
シュトゥットガルト・バッハ合奏団
ヴュルッテンベルク室内管弦楽団

地震および津波、水害により被害にあわれた方へお見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方のご冥福と復興をお祈りいたします。同時に救助及び原発の被害を食い止めようと必死になられているすべての方、そして新型コロナウイルス蔓延の最前線にいらっしゃる医療関係者全ての方に、感謝申し上げます。