東京の図書館から、2回シリーズで取り上げています、小金井市立図書館のライブラリである、ラ・ストラヴァガンツァ・ケルンによるヨハン・セバスティアン・バッハの管弦楽組曲を取り上げていますが、今回はその第2回です。
この2枚目には、第3番と第4番、そしてシンフォニアとしてカンタータ第146番の第1曲目が収録されています。実は・・・・・
これは1枚目でも一緒だったのですが、このシンフォニア、単なるカップリングとして収録されているわけではありません。このカンタータのシンフォニアを真ん中において、管弦楽組曲をまるで鏡像カンタータのように置いているのです。
第3番の2曲目は「G線上のアリア」として編曲されてもいますが、そんなことよりも!管弦楽組曲を鏡像カンタータのようにしているその収録内容!これぞ特徴です。
そんな内容を楽しんでいるかのように、ラ・ストラヴァガンツァ・ケルンのメンバーたちは演奏しているように聴こえるのです。だから「G線上のアリア」にこだわっていませんし、だからと言って一つ一つの曲がおざなりにもなっていないんです。持っている精神が、魂に響いてくるんです。
もしかすると、実際にコレギウム・ムジクムで演奏した時には同じように途中にシンフォニアを入れながら、まるで鏡像カンタータのように演奏していたのではないかと思わんばかりです。となると・・・・・
偽作と現在は判定されている、第5番がなぜ作曲されたのかが、推理できるように思います。つまり、第3番を真ん中として管弦楽組曲だけで鏡像カンタータのように演奏できるように「誰かがした」、ということです。そんなことができるのはやはり、フリーデマン辺りではないかという気がします。
その意味では、第5番が現在解説等でも抜かれているのは当然だともいえるだろうと思います。しかしもし第5番の作曲がフリーデマン・バッハだったとすれば、それは時代の流れに沿ったものでもあったはずです。「歌」がない管弦楽だけの「鏡像」を、父が作曲した作品で示したかった・・・・・そう思うと、フリーデマンの気持ちもわかるなあという気がします。
こういう収録もいいなあと思います。その意味では、そりゃあ日本コロンビアとしては「悲しい」だろうなあと思います。
ハイレゾ相当で聴きますと、空気感も素晴らしいですし、録音もいいのだと思います。生命力はあふれてこぼれていますし、聞いていて本当に楽しいですし、また魂が喜んでいるので勇気すら湧いてきます。バッハが生きた時代と自らの人生が反映されたのが管弦楽組曲だとすれば、楽しそうに見えて実は魂に響くものをもつ精神性の高い作品だと言えるのではないでしょうか。その証拠がこの演奏だと私は判断しています。
聴いている音源
ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲
管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068
カンタータ第146番「我らは多くの艱難を経て」BWV146よりシンフォニア
管弦楽組曲第4番ニ長調BWV1069
有田正広(フラウト・トラヴェルソ)
クリストフ・レーマン(オルガン)
アンドルー・マンゼ指揮
ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン
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